見出し画像

会話の反応が上手い奴って疑心暗鬼になるよな【深夜ラジオnote】

これさーぼくだけなのかな。
妙に会話の反応が上手い奴っているじゃん。

「まじすか!!!」
「だーはっはっは(腹抱えて笑う)」
「もう最高っ😆😆」

こういう奴。

こういう奴と話すとめっちゃ気分いいわけよ。
もうベラベラ喋っちゃう。マシンガントーク。
反応がいいもんだから、ついつい、もっともっとと欲張ってしまう。
ああ楽しかった。ありがとうね。解散。

こうして帰路に着くとぼくの疑心暗鬼モードが始まる。
暗雲立ちこめる。

「あいつ、いい反応だったなー。
あんなに驚いてくれたり、笑ってくれるとまた会いたくなるなー」

こんな感じで浮かれてる。
でも、次の瞬間イヤなこというおれが登場する。

「あの反応は、最適化されたアルゴリズムなんじゃねえか?」

そう思い返せば返すほど、
反応の数々が意地悪な、デフォルメを帯びて想起される。

「まじすか!!!」
「だーはっはっは(腹抱えて笑う)」
「もう最高っ😆😆」

あれだよな。
完璧な反応されちゃうと疑いたくなるのが、人間というもの。

そして、こう思う。
いや、待て待て待て。それはない。安心しろ。
おれがあんな面白いわけない。
こんなにウケるわけがない。
こいつの反応がいいだけなんだ。
あまり過信するな。おれは大して面白い奴じゃない。
「面白い」みたいな事実とはまた別の軸として、あいつは笑い上戸で反応がよく、いい奴だ。
だから、ぼくは決して面白いわけじゃないんだぞ。
こういう帰結に陥る。

そして、帰り道の最後らへんはもう完全に静まり返っている。
ああ、またぼくはお客さんになってしまった。
楽しませるつもりが、楽しませてもらってしまった
人をもてなせない人間は、いつまで経っても狭い視野の世界に閉ざされている。自己中で最低だったな。
気を使わせてしまっていただろうな。
無理させてしまっただろうな。
つまらない話に付き合わせてしまったな。
ごめんね。

こんな感じになって、すっかり落ち込んで帰宅することになる。

困らせてる。
もてなされてる。
気を使わせている。

こんな気持ちが募ってくる。
そして、さっきまでごきげんになっていた自分を今度は罵るおれが出てくる。

ぼくの中ではこうした悪循環がある。
ハイとロウを繰り返すのだ。
その周期が長い時もあれば、短い時もある。
こういう高低差が行ったり来たりする。
これらのテンションがごちゃ混ぜになり、怒りっぽくなったり、感極まったり、散財してしまったりする。これには実は診断名がある。

双極性障害

ただ、ぼくはぼくの主治医があえて使っていた躁鬱病という言葉を採用したい。
なぜなら、わかりやすいからだ。

ぼくの中には、躁くんと鬱ちゃんが住んでいて、それぞれがそれぞれの理由で交互にぼくの精神をジャックする。無防備なぼくの精神は、躁と鬱の交互の訪問を招き入れるしかない。
こう考えている。
そして、この病気は薬によってある程度コントロールできることも知った。
しかし、どうしてもそうする気にはなれない。
というのも、理由がある。

躁も鬱も「変な状態」ではあるけれど、いいところもあるからだ。

たとえば、躁はぼくにハイテンションで居続けさせてくれる。アップ系の音楽が流れっぱなしのKing Gnuのライブのような頼もしさがある。そして、なにより無限にアイデアをもたらせてくれる。
「ジョブズでも村上隆でもないのに、アイデアなんて言葉使うなバカ」と思うかもしれないが、ぼくのnoteの執筆は、躁に支えられている。躁な時に書く文章は、なんというか乗っかる。
鬱は少し厄介だ。これは完全に聞き分けの悪い女の子のような性格で、一日中寝ている。そして、布団の中では涙を流している。ひどい時は自殺衝動だって起こる。何もしたくない。死にたい。こんな気持ちになる。
しかし、この鬱ちゃんにもひとつだけいいところがある。
本に集中できるのだ。
読んでいるとぐんぐん頭に入ってくる。
この子は、厄介だけど素直でいい子だったのだ。

ぼくは、躁鬱病だ。
そして、両者の性質をうまく利用し、躁鬱病をエンジンに執筆を続けている。
躁鬱気質は苦しいものだけど、躁のときの清々しい気持ちと高揚感はやっぱり捨て難いし、
鬱の時の、冷静に俯瞰に見つめる感じも捨て難い。
だから、ぼくは精神の中で飼ってる2匹の尾獣だと思って向き合っている。
このアプローチは、医学的には非推奨らしいけど、精神分析学的にはありっちゃありの試みらしい。

でも、自分の中の一部が「いなくなる」ってすごく寂しくない?
薬によって抑え込むって、出てきたい人格が飛び出せなくするってことじゃないのか?

そんなふうに思ったりする。
あ、馴れ馴れしいのは、ぼくの中の躁くんのせいです。
そして、たまになぜかすげーよそよそしくなり、テンションがダダ落ちするのは、ぼくの中の鬱ちゃんのせいです。


ぼくと関わっている人は心当たりがあると思う。

以上!30年間で気づいたぼくの精神の仕組み。

ラジオnoteたのしー!!

【関連記事】

この記事が参加している募集

自己紹介

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?