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AIがもたらすヒューマンドラマ

2020年3月、DeepMind社が "AlphaGo" のドキュメンタリー動画を無料公開しました。最近知って、さっそく観てみました(日本語字幕はありませんが、Youtubeの自動翻訳でほぼ理解できますよ)。

AIは”意志”を持てるのか?

日本で初めて開催されるデモクラシーフェスティバルで「AIは”意志”を持てるのか?」というテーマで対話を行うことになり、その参考資料を検索していた時にヒットしました。

AlphaGoがプロ囲碁棋士イ・セドルに勝利したのは2016年。これはその5番勝負を記録したドキュメンタリー映画です。AlphaGoは、その後、2017年に人類最強の棋士・柯潔にも勝利します。このニュースは、10年はかかるだろうと思われていた囲碁でのAIの勝利として衝撃的に報道されました。

AIは”意志”を持てるのか?

この問いに対して、何かヒントが得られるかな、と思って観ていましたが、私は全く違う視点で惹き込まれました。

対戦相手のイ・セドルの動揺がリアルに描かれているのです。

これまで、映画”Most Likely To Succeed"の上映会をやりながら、将来的に仕事の半分がAIに置き換わっていく、チェス、クイズ番組、囲碁において人類はAIに勝てなくなっている、という事をテーマにして、これからの社会で必要とされる力について対話を行っていました。AIが様々な分野で人間に勝った、技術的にAIが指数関数的に進化している、という側面ばかりに注目していました。

AIに負けた人に意識が向くことが無かったんです。

この映画では、AlphaGoに4敗するイ・セドルの心の動きにどんどん惹きこまれていきました。

この勝負は5戦に及びます。イ・セドルは、自分が5戦全勝で勝つと思っていました。1戦目、イ・セドルはAlphaGoに優位に試合を運ばれ、完敗します。映画では、試合中の彼の表情、仕草がリアルに表現されています。

通常の囲碁の試合では、対戦相手の心理的な変化を読みながら手を打っていきます。相手の心理を揺さぶるような手を打って、そのインパクトで次の手を考えることもあると思います。囲碁のようなゲームは戦略的な心理ゲームでもあります。

ところが、相手はAI。心理的な動揺はありません。イ・セドルの手を受けて、淡々と計算結果に従った手を繰り出します。その手の中に、人間では出さないような手が現れます。この手を受けて、イ・セドルが動揺します。

AIが”意志”を持つかどうかには関係なく、対面する相手の”意志”には影響しているんだ、ということに気付きました。

4勝したAlphaGoに感情はありません。世界トップレベルの棋士に圧勝してもガッツポーズすることはありません。AlphaGoを開発したDeepMind社の開発メンバーは歓喜しましたが、彼らはAlphaGoがなぜイ・セドルを打破する決定的な手を繰り出したのかは理解できません。

『ホモ・デウス』の中で著者のハラリ氏は、自由意志は虚構にしか過ぎず、生物はアルゴリズムである、としています。AlphaGoは明らかにアルゴリズムですが、AlphaGoが創り出すアルゴリズムを正確に把握できる人間はいないのです。

AIの知能はどこにあるのか?

AlphaGoは世界最強の棋士になりました。そして、囲碁から「引退」しました。この記事によれば、AlphaGoの学習に用いられた対局の一部は公開されたようです。

https://wired.jp/2017/05/28/future-of-go-summit-day5/

では、AlphaGoの棋士のとしての最高の知能はどこにあるのでしょうか?

イ・セドルは第4戦で勝利します。映画では、彼の普段の指し方とは違う位置に石を置いたと解説されていました。彼は、AlphaGoとの3戦を経て、棋士とのしての能力を向上させることが出来ました。

AlphaGoにしかわからない世界がある。人類には理解できない囲碁の世界があるということです。

天才は良き指導者にはなれない、と言われます。天才にしかわからない感覚を伝える手段がないからだと思います。DeepMind社は、AlphaGoの「考え方」を囲碁に活かすツールを開発するという事なので、何らかの手法でAlphaGoの知能の伝授は行われるのでは、と期待します。

AlphaGoを超えるAIが出てきたとき、AI同士での囲碁対戦の世界が広がっていったときには、AIの知能はどこにあり、誰が所有するものなのでしょうか。人類には理解できない知能がサイバー空間に拡がる、という状況は映画『her』でも表現されています。

AIが人類を超える

『AlphaGo - The Movie』で、囲碁という世界で一人の人間がAIに超えられるときの葛藤、恐怖、甘受を垣間見ました。マクロではAIによって仕事の半分は置き換えられる、と言われていますが、ミクロでは棋士イ・セドルに起きたようなドラマが存在するわけです。

囲碁のような娯楽の世界では、勝負だけではないヒューマンドラマ自体が人を惹きつける面があると思います。AlphaGoが引退しなくても、AI同士の囲碁対局を楽しみにする人はあまりいないかもしれません。

これが、効率が最優先される分野、エラーが許されない分野であれば、確実にAIに置き換わります。そこには個々の人間がAIに超えられてしまうドラマがある、という事に今さらながら気付きました。

イ・セドルはAlphaGoとの対戦の中で、自分のメンタルモデルをアップデートしました。彼のように直接的にAIと対峙する人は少ないかもしれません。ですが、AIがある分野で人間の能力を超えていく時に、その分野で専門的に活躍していた人が自分をどう変えていくことが出来るのか?これが人類に突き付けられる変化なのではないでしょうか。

AIによって仕事が置き換えられていく、という予測は、技術的側面、社会的側面から語られることが多いです。ですが、そこには一人一人のヒューマンドラマがある。そのとき自分がその立場だったらどう感じるのか?

イ・セドルの姿は、近い将来、様々な分野で起きるだろうヒューマンドラマを見せてくれたのではないでしょうか。

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