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#5 【コラム2】ブンチャー アメリカ大統領も食べたハノイの絶品B級グルメ

リングにあがった人類学者、樫永真佐夫さんの連載です。「はじまり」と「つながり」をキーワードに、ベトナム〜ラオス回想紀行!(隔週の火曜日19時更新予定)

朝はフォー、昼はつけ麺

 ベトナム料理といえば、フォーを連想する人が多いかもしれない。とくに「北」の人が朝よく食べる。だが意外かもしれない。ベトナム暮らしが長い日本人でフォー好きを公言する人は少ない。もっとも人気があるのはブンチャーではなかろうか。
 ブンチャーは一言で、つけ麺だ。ご存じのとおり、フォーは米粉でつくった、きしめんみたいに幅が広い麺だが、ブンは断面がまるくて細い。フォーの食堂ならブンはふつうあるが、ブンチャーはない。ブンチャーが食べたければブンチャー専門店だ。
 ブンチャーも「北」の料理だが、フォーやブンとはちがって主にランチに食べる。店先では、かならず店員がさかんに金網で肉をあぶり、春巻きを揚げている。

ハノイでブンチャーといえば、長い間ハン・マイン通りのこの店だった(2015年、ハノイ)

ブンチャー・オバマ

 ハノイでブンチャーといえば、ながいあいだ、旧市街のハン・マイン通りにある老舗ブンチャー屋だった。しかし、2016年に訪越したオバマ大統領が行ったのはそこではなかった。レ・ヴァン・ヒュウ通りにある「ブンチャー・フオンリエン」だった。以来「ブンチャー・オバマ」として、ハノイの人なら誰でも知っている有名店になった。
 ブンチャー・オバマはいつも繁盛している。だが長時間待たされることはない。ウナギの寝床のように奥行きがある4、5階建てののっぽな建物一棟がまるごとお店なので客席は多いうえ、メニューもブンチャーと揚げ春巻きだけだからだ。
 入店すると壁面に、オバマ大統領が食事している写真が大きく引きのばされて貼ってあるのが否応なしに目に入る。ベトナム戦争で「北」はアメリカ相手にたたかったが、一般的にいってベトナム人はアメリカが好きだ。わたしの友人のハノイの女性も、2000年に訪越したクリントン大統領を遠目にみただけでキャアキャア喜んでいた。

店先では、常に春巻きを揚げ、炭火で肉や豚肉のつくねを焼いている(2005年 ハノイ)
揚げ春巻きは庶民的なベトナム料理で、外国人にも人気がある(2014年、ハノイ)
ベトナムの春巻きの皮(ライスペーパー)は、中国のと異なり米から作られ、円形だ。
町外れで網代に干しているのを見かける(2004年、バクニン省)

注文も食べ方もかんたん

 注文はいともかんたん。ブンチャーと春巻きの数を告げるだけだ。店頭で店員さんが煙まみれ、汗だくになって、ひたすら炭火で焼き続けている肉がほどなく運ばれてくる。
 真っ白なブンの束が山盛りの平皿、ブタの焼き肉とブタミンチのハンバーグがのった皿、生の香草で山盛りの皿、漬け汁の入った鉢が、狭い食卓のうえに並べられる。ヌオックマム(魚醬)ベースのつけ汁には、細切りにしたウリの浅漬けが入っていて、そこにお好みでトウガラシの輪切りや、ニンニクを加える。
 食べ方もかんたん。箸でとりやすいようにあらかじめはさみでジョキジョキ切断されたブンの塊、香菜類、肉を、つけ汁の鉢にひたして一緒くたに食べる。肉の代わりに揚げ春巻きを漬けてもいい。
 「ブンチャー・オバマ」の春巻きは太くて具だくさんなのが売りだ。客たちはせまい座席で威勢よくビールを飲んで、しゃべりまくり、がっつり食べ、最後に楊枝をくわえ、いずれも短時間で去って行く。

これでブンチャー2人分。いっしょにつける葉野菜はおかわり自由
(2005年 ハノイ)

関連リンク▼
・水上人形劇
「主役は人形なのか、 人なのか?―ベトナムの水上人形劇」『月刊みんぱく』2014年5月号、14-15頁
「鳳凰」『月刊みんぱく』2008年12月号、11頁
・ハノイの交通
「(異文化を学ぶ)いきいき五感力(7) 初級・ハノイの道路の渡り方」 毎日新聞夕刊(2006年5月24日)に掲載

樫永真佐夫(かしなが・まさお)/文化人類学者
1971年生まれ、兵庫県出身。1995年よりベトナムで現地調査を始め、黒タイという少数民族の村落生活に密着した視点から、『黒タイ歌謡<ソン・チュー・ソン・サオ>−村のくらしと恋』(雄山閣)、『黒タイ年代記<タイ・プー・サック>』(雄山閣)、『ベトナム黒タイの祖先祭祀−家霊簿と系譜認識をめぐる民族誌』(風響社)、『東南アジア年代記の世界−黒タイの「クアム・トー・ムオン」』(風響社)などの著した。また近年、自らのボクサーとしての経験を下敷きに、拳で殴る暴力をめぐる人類史的視点から殴り合うことについて論じた『殴り合いの文化史』(左右社、2019年)も話題になった。

▼著書『殴り合いの文化史』も是非。リングにあがった人類学者が描き出す暴力が孕むすべてのもの。


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