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うたいおどる言葉、黄金のベンガルで#1 (映像作家・佐々木美佳)

映画『タゴール・ソングス』監督であり、「ベンガル文化」「タゴール・ソングス」などをテーマに撮影、執筆、翻訳などを幅広く手がける佐々木美佳さんによる新連載「うたいおどる言葉、黄金のベンガルで」。ベンガル語や文化をとりまく、愉快で美しくて奥深いことがらを綴るエッセイです。第1回は、言語学習の強い味方「タンデムパートナー」について。


#1 永遠のタンデムパートナー・スディップ

 tandemというスマートフォンアプリをご存知だろうか。語学学習を目的とした言語交換のアプリである。wikipediaの定義を見るとこう書かれている。

「言語交換、あるいはタンデムにおいては、ペアとなる2名それぞれが、パートナーが学習中の言語を母国語として話すことを前提に行われる。各自が目標の言語を学べるよう、各言語での会話をそれぞれ平等に行うというものである」

 そのアプリに手を伸ばした時、私には英語で話さなければならない仕事が一つあった。これなら無料でスピーキングスキルが高められる! と、藁にもすがる思いでアプリをインストールし、mikaという名前で登録した。

 アプリを始めたはいいが、誰だかもわからない他人に私のプロフィールを一から説明するのは面倒だった。そして見ず知らずの人に一からhiとメッセージを打って友達になるというのも、初対面の人と口頭で会話すると汗が流れてくる私には参入障壁が非常に高い。結局、人生の中で話慣れているインド人に「こんにちは」とメッセージを送っている自分がいた。世界中の人と言語交換できるアプリなのに、なぜかインド人と会話をしてしまうジレンマ。

「ドキュメンタリー映画を作っていて、ベンガル語を学んでいて、タゴール・ソングの映画を作った」
 我ながら、わけのわからないプロフィールである。見ず知らずのインド人アビシェーク氏に説明し始めると、画面の向こうにいるはずの彼は「ま・じ・か」と、もはやドッキリ企画並みに驚いている。ブッダガヤに住むというその青年に親しみを覚えたから、清水の舞台から飛び降りる気持ちで「電話してもいいですか」と依頼した。なぜなら私は1週間後、英語でレクチャーをしなければならないからだ! とにかく英語をその前に話しておきたかった。コロナの引きこもり生活でなまりになまった言語感覚を復活させなければ。
 冷や汗を流しながらメッセージを打つ私とは打って変わって、アビシェーク氏は即答でもちろんOKだよと電話を了承してくれた。タゴール・ソングの歌詞の内容を英語で解説してタンデム学習を行った。会話の最後、アビシェーク氏は、
 「君の仕事がうまくいくことを祈っている」
と、私の背中を押してくれた。こんなコロナの時代にも、良心に出会うことがあるのだな。タンデムパートナーに出会ったなあという気持ちになった。

ハウラー駅に向かう、黄色タクシー車内

コルカタ市内を走るタクシー

 その英語を使う仕事がひと段落したせいか、アプリはあまり使わなくなってしまった。ふとアプリをたちあげた時、少しいたずら心が芽生えた。自撮り写真の髪をAIアプリでロングにし、化粧加工を施した。個人情報保護は完璧だし、なんだか見栄えがいい私になった。するとメッセージ量が数倍に増えた。これだけでメッセージがたくさん来るのかと呆れた。アプリが少し馬鹿馬鹿しくなり、アプリから一旦離れることにした。

 言語交換するパートナーを見つけるというのが、これほど難しい作業であるということを私は知らなかった。tandemというのは二頭が縦並びになった馬車のことを指す言葉だったらしい。tandem cycleといえば二人乗りの自転車のことだ。いずれにせよ、生き物一人だけではその乗り物は動かない。二人が協力しなければ、言語学習も成り立たない。継続的なタンデムパートナーを見つけるのは、お互いの語学学習に対するモチベーションがなければ難しい。レッスンであればお金を払うことで、その分は取り返してやろうというモチベーションが生まれる。しかしタンデムパートナーは無料。いつでも2人乗りの自転車から降りることができる。ましてや直接会ったこともない他人、2人を縛るものは何もない。

 人間関係の諸行無常を感じながら、私はベンガル人の大切な友人、スディップのことを思い出した。彼こそが、永遠のタンデムパートナーなのだ。

「久しぶり。時間のある時に話したいことがある」
かれこれ五年くらい付き合いのあるベンガル人、スディップから珍しい連絡があった。スディップは日本語の言語学を研究する学生で、インド・シャンティニケトンで博士論文を執筆している。コロナウイルスが地球上に蔓延してからはや一年、インドとの往来がいつ元通りになるかわからないタイミングでの連絡だった。

 スディップからの久々のメッセージにはどこか緊急性を感じたから、私はすぐに「わかった、今夜連絡する」と返事をした。仕事を終わらせた夜、恐る恐るスディップに電話をかけた。
「コロナのせいで、気が狂いそうなんだ」
 何事…? と思いながらその続きの言葉を聞く。
「大学も始まらない。将来の計画も立てられない。おまけに仕事もない。コロナのせいでコルカタに行くことも難しい。わかるミカ……この感じ?」
「ああ、つまり『পাগল パゴル』になっちゃいそうってこと?」
パゴルとはベンガル語で直訳すると「狂人」の意味だ。
「そうそう! 理解してくれてありがとう。で、僕は正気を保ちたいし、これ以上時間を無駄にしたくないんだ……だから日本の文学の翻訳を始めようと思っている。」

 タゴールの創った学園で学問を修める人は発想が違うのだろうか。正気を保つために文学の翻訳を行うとは。スディップの家族に何かあったとか、学費が底を尽きたとか、もっと深刻な相談をされるのかと思っていたから、腰が抜けた感じは否めないのだが。しかしこの空白期間を有意義に使おうとする彼の前向きさに私は心を動かされた。
「すばらしいね! 私にできることがあったらなんでも言ってね」

 数日後、短編小説の翻訳途中でわからないところがあるんだけれど、とスディップからメッセージが入り、以下の文章が届いた。

その鈴の傍そばに八幡宮と云う額が懸かっている。八の字が、鳩が二羽向いあったような書体にできているのが面白い。そのほかにもいろいろの額がある。たいていは家中のものの射抜いた金的を、射抜いたものの名前に添えたのが多い。たまには太刀を納めたのもある。
(夏目漱石、『夢十夜』)

「この文章、言葉の意味も、状況もよくわからない」
「なるほど……」
 八幡宮という額も、鳩が二羽向いたような書体も、金的も、私にはすぐにイメージが湧くものではなかった。夫の無事を祈る母子が御百度参りした際の風景描写なのだが、翻訳するにあたってこれらの単語はベンガル語に相当するものがあるのだろうか。何からアドバイスしていいか正直わからない。私の編集仕事の納期直前に質問がきたということもあって、『夢十夜』の一夜分の夢すら熟読しようともせず、単語の意味をgoogle検索でとにかく調べた。「八幡宮の額ってこんな感じじゃない!?」とか、「金的はきっとこれ」という風に、ヒットした画像をスディップに送り返した。須賀敦子先生に聞かれたら幻滅されてしまうような態度だ。「なるほど、ありがとう!」と彼からメッセージが届くが、こんな雑な対応でよいのだろうか……と若干の後ろめたさを感じた。

 スディップと出会ったのは、彼が研究生活を過ごしているシャンティニケトンだった。タゴールが1901年からこの地に学園を創り、初等教育から高等教育までがタゴールの学園で行われている。私は初作品であるドキュメンタリー映画『タゴール・ソングス』の取材でどうしてもこの学園を取材したかった。教師と子供たちが菩提樹の木の下で歌を学んでいる写真がとても素敵だったからだ。
とっかかりを何か見つけなくてはという思いから、インドに縁がある知り合いに色々どうしたらいいかと聞き回っているうちに、彼の名前を何度も耳にした。「日本語がすごくできるスディップという学生さんがいるから、連絡してみたらいいよ」という複数人からのアドバイスのもと、私は彼に連絡を取った。「タゴール・ソングのことを取材するのは素晴らしいですね。是非、僕に協力させてください」礼儀正しい日本語で送られてきたメッセージの返事として、私はシャンティニケトンへの到着日時を伝えた。

 シャンティニケトンまでの道のりは、それなりに果てしない。パッケージングされた海外旅行では味わえないような面倒さがそこにつきまとう。一例として、私がたどった経路を以下に記しておく。

シャンティニケトン学園への向かい方 ※バンコク経由
・11/1 17:20-22:00 成田-バンコク
・トランジットのために空港で時間を潰します。
・11/2 5:00-6:00 バンコク−コルカタ
・プリペイド式のタクシーで空港から市中に移動しましょう。野良タクシーはやめておきましょう。黄色いタクシーがずらっと並んでいます。
・コルカタに到着したら市中で1泊くらいして体を休めましょう。
・シャンティニケトンエクスプレスの乗車チケットは、ホテルの受付に交渉してなんとかしてもらうとか、地元の旅行代理店に頼むとか、知り合いのインド人にお願いするとか、ハウラー駅の窓口に行ってみてゲットするとか、なんとかしてみましょう。
・11/3 旅行日程が決まったら、早朝に起床し、10時発のシャンティニケトンエクスプレスに間に合うようにハウラー駅に移動しましょう。
・駅は迷いやすいので時間に余裕を持って到着しましょう。どれがシャンティニケトンエクスプレスかは案内が不十分なので、近くのインド人に質問して探しましょう。

ハウラー駅

ハウラー駅


・2時間程度の鉄道旅行を満喫しましょう。停車駅のアナウンスはありませんが、あなたも乗っているエアコン付きの車両の乗客は、ほとんどシャンティニケトンを目指しています。心配なら近くのインド人にいつ到着するか質問してみましょう。
・皆がソワソワ降りる準備をしはじめるのに乗じて、あなたも降りる準備を始めましょう。人の波に乗ってボルプル駅を降りましょう。
・ボルプル駅を降りたら”toto”と呼ばれる電動オートリクシャに乗って、あなたの予約したホステルに向かいましょう。
・ホステルで荷解きしたら、とりあえず今日は近所を散歩しながらよく寝ましょう。翌日、タゴールの学園に移動しましょう。
・11/4 シャンティニケトンを散策しましょう!

 私は旅行会社で働いたこともない素人なので、上記の日程はあくまでも参考程度に読んでいただきたい。イメージしながら、我ながらなかなか骨の折れる旅路だと思った。ここまでの日程を一人でこなすのは正直心が折れる。私の場合はスディップ氏とボルプル駅で落ち合って、それから目的地を目指した。

 メガネをかけたスディップ氏は文学青年らしい雰囲気だった。奥ゆかしい微笑みを浮かべながら、長旅大変だったでしょうと、気遣ってくれた。電動オートリキシャ、通称”toto”に乗りながら簡単にお互い自己紹介をする。
「日本語のオノマトペを研究しています」
と彼は自分の研究分野について端的に説明した。日本語のオノマトペを研究しているベンガル人がいる! 驚いた私は、
「なぜ日本語のオノマトペを研究しているの!?」
と思わず質問した。
「ベンガル語にもオノマトペって沢山あるんですよ。例えば水の流れは日本語でなんと言う?」
「『サラサラ』かな」
「そう、日本語では『サラサラ』でも、ベンガル語にもこの水の流れのオノマトペが存在する。それは『কলকল kolkol』と言う言葉」
「へえ!面白いですね。つまり、あなたの研究では、日本語とベンガル語のオノマトペを比較していると言うこと?」
「まあざっくり言うとそんな感じ。それは永遠に尽きることのない興味関心です。だから僕は研究しています」
不思議な人もいるものだ……と、タゴール・ソングの映画を作ろうとしていた私はオノマトペを研究しているスディップ氏と不思議な邂逅を果たした。

 シャンティニケトンの学園内は、広大な敷地でまさに学園都市という雰囲気だ。それもそのはず、シャンティニケトンはベンガル語で「平和の住処」という意味だ。タゴールの父親が瞑想するのに気に入ったこのエリアは、学園都市を一歩出れば広大な荒野が広がっている。開校時代からの教育方針として、詰め込み教育ではなく、個々人の個性を育てるような自由な教育がベースとなっている。この学園で大きくなる子供たちは、タゴールの歌を歌い、タゴールの劇を演じ、工芸に触れながら育つ。それぞれの興味関心を思う存分伸ばすことができるからだろうか。この学び舎からは、ベンガル映画の巨匠サタジット・レイや、ノーベル経済学賞を受賞したアマルティヤ・センが輩出されている。そういう独創的な教育環境で育ったスディップは、生涯の研究テーマとして、日本語のオノマトペを選んだ。

シャンティニケトン日本語学科

シャンティニケトンの日本語学科


 スディップの誠実な水先案内も虚しく、大人の事情でシャンティニケトンでの撮影は難しくなってしまった。「また助けられることがあったら連絡して」と言ってくれるもんだからすぐに、「映画の翻訳を一緒にして欲しい!」と彼を共同翻訳者としてスカウトした。

 撮影から帰国して映画の編集が始まると、私はタゴール・ソングの翻訳と格闘しなければならなかった。映像素材の下訳はできる限り私がやって、難しいパートは彼にお願いする。これは当時の私にとってはなかなかチャレンジングなことで、一人で翻訳しているとちんぷんかんぷんなことが多かった。詩の翻訳は言語学習の醍醐味なのだが、いかんせん外国語学習者にとってはそのハードルが高すぎる。そんな時はスディップに逐一連絡して、「ここの意味はどういうこと?」と質問をする。
「『満月の夜 人々は皆行ってしまった 森の方へと』って、この歌は言っているけど。満月の夜、なんで森へ行くのかな」
「ハハ、ミカは面白いことを質問するね。なんと説明したらいいかな……例えば、シャンティニケトンを思い出して欲しい。日本は夜も明るいでしょ? でも、シャンティニケトンは田舎だから、夜は暗くなって歩くのが大変だったと思う。それを思い出してほしい!」
「ああ、そうか! いつもは暗いけど、満月の夜は明るそうだね。そしたらみんな、ウキウキしちゃって外に出たくなるかも。その続きの詩は『春の甘い風に吹かれて』と言っているけれど、天候が良くお月様も出ていたら、外に出て行きたくなっちゃうのかな。そういうこと?」

 こんな調子で、意味がわからないと思うことを一つずつ彼に質問して、タゴール・ソングを翻訳する。出来上がった歌の訳はこんな感じである。

満月の夜 人々は皆行ってしまった 森の方へと
春の甘い風に吹かれて
でも私はついていかない
家で静かに待っていよう
春の甘い風が吹いても
家を美しく整えて
いつ来るか分からないあなたを
眠らず待ち続けよう
春の甘い風が吹く夜に
私のことを思い出してくれるのかは 分からないけれど
満月の夜 人々は皆行ってしまった 森の方へと
春の甘い風に吹かれて

「で……、なんでこの人はみんなについていかないの? 待ってる『あなた』って誰なの?」
しつこい子供のように質問を繰り返す。
「タゴール氏の頭の中は、我々よりもはるかに複雑だからね……あまりにも深くて、一般人には理解できないこともある。ミカは、この歌のあなたは誰を待っていると思う?」
スディップはワケありの雰囲気を醸し出す。
「そうだね、例えば、大切な人のことかな? でも、待っていてもいつ来るかわからないんでしょ」
「そう、だから『あなた』とは、もしかしたら永遠に姿を現すことのない神さまかもしれないね。家を整えるのも、神さまのためかもしれない。タゴールの詩はいろいろな風に解釈できるというのも、面白いよね」

 確かにこの歌は、恋人を待つ人の歌かもしれないし、神を待つ人の歌とも読める。読む人の心に合わせて、タゴール・ソングは形を変える。タゴール・ソングの翻訳を誰かとともに行うということは、相手の心の形を知っていく行為でもあった。タゴール・ソングの翻訳を通じてやりとりしているうちに、二人の距離は少しずつ縮まることもあったが、研究のために来日していた彼はそのうち帰国し、私たちのやりとりは次第に減っていった。そうしているうちにコロナが流行りだし、私は彼からの突然の連絡を受け取った。最初は驚いたが、コロナの中でも時間を有効に使おうとする前向きな姿勢に、むしろこちらが随分と励まされた。


 コロナが始まってから相談を受けた彼の翻訳プロジェクトは着実に身を結び、つ
い先日、fecebookの投稿で翻訳集が出版されたことを知った。「先生だなんて言われて、ファンが沢山できたらどうする! サインを求められるかも」私たちの言語学習にはユーモアが混じりあう。こんなご時世、笑いあっていないとやっていけない。先が見えない私たちの将来を嘆くのではなく、お互いがお互いを褒めちぎって、高めあう。そうやって士気を保ちあう私たちは、日本語とベンガル語を交換し合う「永遠のタンデムパートナー」なのだ。「永遠の恋人」という日本語よりも、確実性のありそうな何かだ。
私たちが交わした「『永遠的』に繋がっていられる関係でいられたら嬉しい」という約束を、タンデムパートナーという形であればきっと守ることができる。怠惰で飽き性な言語学習者である私を繋ぎ止めるのは、こうした約束なのだ。

スディップの役所

『夢十夜』の収録されているスディップの『翻訳集』

 この原稿を書くにあたって、夏目漱石の『夢十夜』を読んでみた。一夜ごとに幻想的な夢が広がっている。夢の中では時空が歪み、「私」はさまざまな夢を見る。夢の中ではどこにでも旅ができるし、何にでもなれる。ベンガル語で翻訳されたそれは、ベンガル人の夢にどのような影響を及ぼすのだろうか。今は、日本との自由な行き来が難しいベンガル人読者の夢に、日本が現れるかもしれない。その夢に導かれるようにして、コロナ後、日本を旅する夢を抱く一人の若いベンガル人読者を私は想像する。

 彼の奮闘を受けて、私も何か翻訳がしたくなった。『タゴール・ソングス』を制作していたときは怒涛の勢いで翻訳に取り組んでいたものの、今はなんとなくその熱が薄れてしまっている。しかし、言語は使わないと鈍る。と言っても何から始めようか。ああ、仕事の締め切りがやってくる! また明日考えよう……。映画制作と言語学習、この2つが重なりあうことがあるのか心許ないこともある。しかしタンデム自転車から降りることはしないだろう。「『永遠的』な約束」を私は守りたい。亀の速度の学習者として、兎にも角にも学びを続けていこう。言語学習は継続が一番の近道。醜態を晒しながら、少しずつ学んでいけばいいのだ。


佐々木美佳(ささき・みか)

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映像作家・文筆家。福井県出身、東京外国語大学ヒンディー語専攻卒業。
在学中にベンガル語を学び、タゴール・ソングに魅せられてベンガル文学を専攻する。「タゴール・ソング」をテーマにドキュメンタリー制作を始め、2020年に映画『タゴール・ソングス』を全国の劇場で公開する。

映像と言葉を行ったり来たりしながら、自分以外の世界に触れることの喜びを紡いでいきたい。
ホームページ Twitter

Photo: tonakai


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