#7 【コラム3】フランスパン 頭の上から「はい、どうぞ」
「バインミー・ノン・オーイ!」
底の深い大きなザルを頭上にのせ、こんな声をあげて通りや路地を歩く女性をハノイでよく見かけた。
「あったかいパンだよ!」と、フランスパンを売り歩いているのだ。
よびとめると、頭からザルを地面に下ろす。そのとき、頭とザルのあいだに座布団状の布をかませていたのがわかる。褐色のぶ厚く粗い麻布をめくると、うすい焼き色のついたパン。20年前は1個10円もしなかったが、物価が高騰したから、今なら20円以上するかもしれない。ちなみにバインミーとは、字義どおりにはパンの意味しかなく、「北」ではふつうフランスパンを指す。
2002年にパン売りの女性たちに声をかけて聞き取りしたところ、そのほとんどが、ハノイから南へ数十キロのハナム省の農村からの出稼ぎだった。頭上運搬もその地域の習慣ではなかろうか。ちなみに、キン族によるステレオタイプ化されたイメージでは、中部の山地民が頭に竹の器などをよくのせている。しかし頭上運搬が特徴的な少数民族をわたしは知らない。そもそも平地に適応した運搬法だ。
彼女たちは同じ道具を、同じ市場で買いそろえ、早朝に同じパン工場に足を運んでフランスパンを仕入れ、市中へと散らばり売り歩く。このように同郷同族の者同士が身を寄せあってハノイで共同生活しているのだそうだ。家族や親族のつながりを信用と信頼の基本とするベトナムで、いかにもありがちな身の守り方だ。
ハノイ駅舎前での彼女たちは、往来の激しいレ・ズアン通りに向かってカゴを地べたに置いてしゃがみ、横一列になっておしゃべりしながら客待ちしている。汽車の乗客が車内での空腹にそなえ、あるいは田舎へのおみやげとしてよく買いに来るのだろう。わたしにとってパン売りの女性たちはハノイ駅前の風景の一部だ。だが2019年もかつての風景のままなのかどうかは確認しにいけなかった。
フランスパンは本場のものとは異なり、ふわふわと弾力があって柔らかく、スカスカで食感も軽い。小麦粉だけではたりないから米粉で補っているとも聞くが真偽はたしかでない。わたしはビナミルクという国営企業のチーズを間にはさみ、カフェオレを飲みながらよく食べた。ふつうにおいしい。
このフランスパンにバター、ハム、マヨネーズ、野菜、チーズなどを挟んだ「バインミーパテ」(パテはもちろんフランス語起源)を売るスタンドの売店が、都市なら昔からどこにもあって、子どもたちにも人気だ。
食べるとおいしいのだが、バターはまっ黄色い謎のねりものみたいだし、マヨネーズもハムもケミカルでヤバそうな色をしている。材料をいつも出しっぱなしなのがまたこわかった。
最近、この手のが「南」ではバインミーで、これが日本でも「バインミー」として知られるようになった。さすがメイド・イン・ジャパンは見かけからして洗練されていて、衛生的にも安全そうだ。