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うたいおどる言葉、黄金のベンガルで#3 (映像作家・佐々木美佳)

映画『タゴール・ソングス』監督であり、「ベンガル文化」「タゴール・ソングス」などをテーマに撮影、執筆、翻訳などを幅広く手がける佐々木美佳さんによる新連載「うたいおどる言葉、黄金のベンガルで」。ベンガル語や文化をとりまく、愉快で美しくて奥深いことがらを綴るエッセイです。第3回は、いま南アジアでいちばんアツい「ベンガル語ラップ」について。

#3 歌物語は今日も生まれる ベンガル語ラップ

学習した外国語は使わないとその「筋力」がどんどん衰えてしまう。外国語学習者として恐れている事態が、筋力の低下。日々の生活に流されているとこのような事態が多々発生する。衰えた筋力でベンガル語ラップを聞くと、極端な話だが以下のように聞こえる。

お母さんtjklsサリーgjggskdl
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一人のベンガル語学習者、佐々木美佳 a.k.aこの連載の執筆者は途方に暮れていた。ベンガル語ラップを日本語で歌詞を交えて紹介するという任務を遂行できる人間は限られている。この連載のなかで、日本語の世界にベンガル語ラップの世界をひらいていかねばならない! 野心に燃える佐々木。その一方で己の筋力の低下という問題に直面して頭を抱える。
「昔は聞き取れたのになあ…」
佐々木は学生時代を懐かしんでいた。大学の廊下をウロウロすれば先生や先輩をひっ捕まえて、質問し放題だったのに…だが下を向いていても始まらない。限られた条件下で闘うしかない。佐々木はyoutubeで永遠にリピートさせているベンガル語ラップを聴きながら、頭を捻った。シャンティニケトンにいるスディップはラップは好みではないから質問しづらい。では、誰に聞けば教えてくれるのだろうか。
「そうだ、たまたま知り合ったバングラデシュ人がラップ好きだったから…ダメもとで彼に質問してみるか…」

私は最近知り合った若者代表・ナズムル氏に日曜の昼下がり、電話した。
「今日暇? ちょっとラップについて教えてもらいたいんだけど」
「今起きた。暇。いいよ〜」
なんとフットワークが軽いのだろう! 今日暇? と忙しい日本人に聞いたら少し怒られてしまいそうだが、こういう具合に気軽に質問に付き合ってくれるのが本当にありがたい。Reebokのロゴの入ったTシャツとダメージジーンズで現れた彼はラッパーのような雰囲気を醸し出しているが、本業はエンジニアだ。ラップは好きで聞いているとのこと。本人とwifi完備のカフェで落ち合い、3時間越えの質問攻めに付き合ってもらった。センキュー! お礼はベンガル語ラップを日本語で伝えることで返すぜ。

ところでラップミュージックは軽刈田凡平が述べるように、今南アジア世界でいちばんアツい音楽ジャンルだろう。ラップのルーツは60-70年代のアメリカ・ニューヨークでのブロック・パーティーと言われている。ベンガル人が最初にラップした時はギャングスターを模倣することから始まったが、ベンガルという土地でその音楽が耕されるにつれて、一つの「歌」のジャンルとして、独自の形でしっかり根を張りつつあるように思う。

ベンガルの歌の伝統として、吟遊詩人バウルの音楽は民衆に親しまれ続けているし、ヒンドゥーの神様への祈りは歌でもって捧げられる。ベンガルの大詩人タゴールが創った歌や、バングラデシュの国民詩人ノズルルの創った歌はベンガル語のクラシックミュージックのような形で歌い継がれている。大河のように流れる歌の伝統の中で、ラップが育まれるにつれて、ラップはベンガル独自の形にトランスフォームしつつあるのだ。ここで、今アツいベンガル語ラッパーたちをバングラデシュ・インドから紹介したいと思う。

レペゼンコルカタ、cizzy@india

借り物のラップではなく、コルカタのアイデンティティを芸術的な形で歌い上げることにcizzyは成功した。自身のことを中産階級と歌っているcizzyは、音楽一家の生まれである。父親も音楽関係者であり、母親の一族はエスラジ(ベンガル地方で使われる擦弦楽器)奏者の家系だ。幼い頃からcizzyはヒンドゥスターン古典音楽やタゴール・ソングなどの手解きを受ける。ベンガルの音楽一家で育つにつれて、「自分の心の声を言葉に乗せたい」という欲求が溢れてきて、ラップの方向へシフトしていったそうだ。「ベンガル人は言葉を話すために生まれてきた(笑)」 と冗談混じりでインタビューに答えるcizzyの心は本気だったのだろう。cizzyがラップに興味を持ち始めた当初は、そもそもベンガル語でラップしている人が見当たらなかったそうだ。インド人のラップも英語ばかりのタイミング、cizzyは英語ではなく自分の母語であるベンガル語ラップを作り出すことにチャレンジし始める。まさに、西ベンガル州のベンガル語ラップシーンを切り拓いたパイオニアとも言える。
彼のラップスタイルは、ベンガル文学の伝統とともにある。詩作をする上で影響を受けたと答えるのはベンガル語児童文学の王者とも言われるSukumar Rayだ。児童文学のリズミカルな言葉の連なりと比喩を参照しながら、cizzyはベンガル語ラップを創作し始めた。「レペゼンコルカタ」をテーマに彼は曲をいくつか作っている。その中でも『Change Hobe Puro Scene(全てのシーンは変化する)』という楽曲の、cizzyのベンガルへの愛が伝わってくる歌の抄訳を紹介したい。

ベンガルには6人のノーベル賞
クリケットのノーベル賞はGangli
信号待ちで音楽鑑賞
死ぬまで毎日チルしよう
喫煙はパパに内緒
スタジアムで絶叫
俺の魂はBengali
歌を聞けばわかる
エンジニアコース
ベンガルミディアムで受講

全てのシーンは変化する
明日は新しい1日
楽しい夢を見る
色とりどりの!
新しい光を浴びて歩く
心が希望に満ちる
美しいばかり!

「死ぬまで毎日チルしよう」という歌詞を体現するように、cizzyたちは「コルカタ・サイファー・プロジェクト」を立ち上げ、日曜日にノンドン・パークと呼ばれる公園で誰でも参加可能なラップの実践の場を開いた。筆者も映画『タゴール・ソングス』の撮影で、日曜日の公園サイファーを見学させてもらった。ラップというコミュニティには宗教のちがいは関係ない。ヒンドゥーも、ムスリムも、クリスチャンも、各々の言語を駆使してそれぞれの日常や日々思うことをラップしていた。公園といった極めてパブリックな空間で、今もシーンが生まれつつあるのだろう。
インドのヒンディー語ラップヒット曲の一億超えといった再生回数と比べると、cizzyのベンガル語ラップは完成度が大変高いのに、10万回と再生回数が低いようにも思える。あくまでも彼はベンガル語で、コルカタで生まれ、コルカタで生きる仲間のために歌っている。いつかその努力が大きなうねりを生むようにと願いを込めて、『Change Hobe Puro Scene(全てのシーンは変化する)』と楽天的にcizzyは歌うのである。


ストリートに目を向けろ! @bangladesh

西ベンガルの州都コルカタから、バングラデシュの首都ダッカの距離はおよそ300km。東京ー名古屋が少し縮んだくらいと説明するとわかりやすいだろうか。元はといえば同じ国であったが、1947年のインド・パキスタン分離独立から異なる歴史を歩んだ。バングラデシュは2021年が独立50周年という節目だ。独立から半世紀たっていない若い国は、発展途上の最中で、「最貧国」から脱しつつある。急速な経済成長により首都ダッカには高層ビルやメトロ等の建設が進み、富裕層は高層マンションで暮らす。
一方で急速な経済成長は、路上生活者や児童労働といった問題を置き去りにしている。富裕層は地上から離れた高層マンションに暮らし、移動には自家用車を用いるから、スラム街や屋根のない場所で暮らす人々と出会うことはないのだろう。分断されていることが当たり前の社会で、Tabib Mahmudと少年ラッパーRanaはラップする。

俺はラナ
ダカイヤのガリーボーイ
金持ちの子どもはおもちゃで遊んでいるが
ボロボロのズボンで俺は歩いている

俺の望むことは学校に行って 
お腹いっぱい食べること
新しいズボンを買って
お母さんにサリーをプレゼントすること
今はこの夢は胸の奥にしまっておこう
それより毎日お腹がペコペコなんだよ

ダッカ大学に入学したTabibは、学内でRanaと出会った。花を売り歩いていた彼と仲良くなる。ある日「バイクに乗りたい」とRanaから頼まれ、Tabibはバイクのうしろに彼を乗せる。ドライブ中に「歌ってみてよ」と冗談混じりでリクエストしたのがきっかけで、少年の隠れた歌の才能を発見した。Ranaは富裕層のストリートダンス教室を道端で見つめているうちに、hiphopに興味を持ち、耳コピして歌を覚えていたのだ! 詩人でもあるTabibは彼と一緒にラップを作ることを決意する。
映画『Gully Boy』からインスパイアを受けた2人は、バングラデシュの路上で生きるために稼ぐRanaの物語をラップすることを思いつく。ところでラップといえば若者の歌と捉える大人たちは多く、「あれは趣味が悪い」と頑なに聞くことを拒む人すらもいる。子どもの切実な声に耳を貸そうとしないお偉いさん(borolok: বড়লোক)に向かって、Tabibはラップで語りかける。

お偉いさんは物乞いされても、ラナを叱るだろう
叱った後に、モスクに行って
偉そうな顔でマイクの前で説教をする

BBCや国内の大手メディアに取り上げられる。さらにテレビやステージの仕事を通じて、バングラデシュのガリーボーイラップは社会現象となる。『ガリーボーイラップ』第一話リリースから約2年たった今、再生数は合わせて1000万回を超える。youtube等で稼いだラップマネーで、Ranaは学校に行く夢を叶える。最高のサクセスストーリーだ。彼はメディアの取材で「僕の夢はラッパーもしくは医者になること」と語るが、是非とも2つの夢を同時に叶えてほしい!
Tabibは関心ごとである「教育」の分野に裾野を広げ、Ranaとの独自のラップコラボシリーズを続々と発信し続けている。コロナ禍の真っ最中には「手洗いうがいが大切」という素直・かつ誰にとっても必要なメッセージをラップしている。識字率が約7割のバングラデシュでは、音でわかりやすくメッセージを発する事が情報保障にも繋がっているはずだ。出版会社の仕事と思われるコマーシャル・ラップでは、世界の通過を延々とラップする楽曲も彼の思想が反映されているようで面白い。
Tabibのインタビューの語りを見ていると、自分たちの音楽を「歌」というベンガル語で言い表している。「歌」がメッセージを遠くまで届ける最強の手段であると、自然の理として理解しているのだろう。Tabibというラッパーは、バングラデシュの社会を歌で変革していくのかもしれない。

kolkataのフィメイル・ラッパーたち@india

「女性」として生きることは、バングラデシュ・西ベンガルのどちらでも困難なことだ。レイプやセクシャルハラスメント、性産業従事者に対する差別。それらはニュースの目次欄を追っていれば、ベンガル語圏でも頻繁に起こっていることが推察される。西ベンガル州のフィーメル・ラッパーRialanは、女性に対する性暴力が繰り返される現実に対して、『Meye na(娘ではない)』というラップをリリースし、静かに訴える。

その人は私の娘ではない
その人は私の妹でもない
その人は私の知り合いでもない
私には関係ない

「その人」というのは、レイプなどの被害にあった女性を指すのだろう。Rialanはyoutubeの説明書きに、「被害者そのものを非難する人々、及び、自分の家族に被害がなかったため、大きな事件が起きるまで、存在すらにも気が付けなかった人に、この歌を贈る。」と綴っている。女性に関係する無数の暴力事件に対して、人々が自分ごとであると考えていれば、暴力の連鎖は断ち切られていたはずなのに。Rialanは無数の沈黙に対して批判的だ。
 ところで、再生回数で歌を評価することはできないが、世間への認知度とそれは比例すると感じる節がある。Rialanのラップは2021年10月段階で3万弱。しかしここに、フォーク・ソングというベンガル人の老若男女が聞くジャンルが融合すると、たちまち再生回数が伸びる。Tina Ghoshalの『Tumi Bonomali』というラップは、ラーダーとクリシュナの神話を歌うベンガルの民謡がベースになったラップ・ソングだ。歌のはじめ、「クリシュナよ、生まれ変わったら私(ラーダー)になって 悲しみの花輪を首にかけ 私のように燃えるがいい」と、ラーダーの狂おしいほどの愛と信仰が歌われるお決まりのフレーズを歌う。「いつものフォークソングか」と思ったリスナーの意表をつくように、突然ラップが始まる。ラップの中でラーダーの苦しみと女性としての苦しみを重ね合わせる。聖俗を併せ持つ女性を賛歌しながら、都合の良い女性像を押し付けようとする社会の矛盾を告発するのだ。

私は何?私は誰?
私は女 私は娘
私は娼婦 私は母

生理の血は不浄でも
私の血は何よりも清浄

夜のクラブに
ミニスカートで繰り出す女は
薬と酸漬け
レイプされて
井戸にポイ捨て

私を苦しみから救ってよ
それが目指すべき道(destination)
私が死んだらメディアが報道する
それが私への祝福(celebration)

西ベンガル州は女神ドゥルガーの信仰が篤いが、女性への抑圧が続く矛盾した状況にある。『Tumi Bonomali』は、ベンガルの大衆に受け入れられるフォーク・ソングの形をとりながら矛盾を歌うことに成功している。歌のタイトルだけでいえば、慣れ親しんだラーダー・クリシュナのラブソングと思いきや、途中からシンガーのTina自身がリリックを綴った強烈なラップが始まる。700万回再生に近づきつつあるこの曲を教えてくれたのは、冒頭に登場したバングラデシュ人エンジニア・ナズムル氏であった。この歌が国境や宗教を超えてベンガル語の歌謡世界に広がっていることが推察されるし、男性からこういう曲を薦めてもらえることが、そもそも嬉しい。

〜まとめ〜

さて、ここまで読んでいたいた読者はベンガルのラップ・ソングの旅を西へ東へ、楽しまれたのではないだろうか。長旅にお付き合いいただきありがとうございました。体調はいかがですか? 胸焼けしてないといいんですが。言葉は時空を超えた手紙のようだから、コロナでベンガルに行くことが難しくても、歌を通じて今のベンガルを感じられるからとってもいいですね。今のベンガルというよりも、もしかしたら未来を先取りしたベンガルなのかもしれないけれど。

初めに言(ことば)があった。言は神と共にあった。言は神であった。

 変革の時代の混沌の中で、旗を掲げ人々導くのは言葉であったと示すような聖書の一説がある。バイデンが大統領に就任したとき、アマンダ・ゴーマン氏が民主主義を重んずるアメリカの再来とその未来を言祝いだのは記憶に新しい。歴史の潮目、混沌のさなか、詩人は進むべき方向のイメージを言葉でもって私たちに問いかける。ベンガルの詩人タゴールも、政治運動に関わっていた際には人々を励ますう歌を創り、独立した国家のイメージを言葉で描いた。独立運動関連で作詞作曲した数々の歌はタゴールの死後、インド・バングラデシュの独立に伴い、国歌として採択された。
 伝統が脈々と歌を育んできた土地で、今新しく生まれつつある歌を聞くと、国の未来を形作る若者の考えに触れることができる。何を大切に想い、どのような未来をつくっていきたいのか。ラップを通じて私は彼らの言葉に耳を澄ませることができる。コロナ禍であってもその魔法の手紙を開封することができるのだ。ラップを通じて見えてくる今のバングラデシュと西ベンガル州を、読者の皆様にも触れていただけたら幸いである。
 今を生きるラッパーたちは、社会に向かって自分の言葉を歌いつづける。腐敗した政治に向かって、女性の人権に対して、声をあげる。私たちの国では今選挙の真っ只中だ。真実の言葉を語るのは誰だろうか。今の私には、熱のこもった街頭演説がストリートラップに聞こえてきてならない。

執筆後記
 軽刈田凡平さんと登壇した「世界探訪#4 バングラデシュの詩とラップ」(@としま未来財団)という講座が、ベンガル語ラップの世界を散策するキッカケとなりました。記事執筆最中にはSKY-HIさんのラジオ番組でベンガル語ラップについてお話する僥倖に恵まれ、執筆にあたってのエネルギーをもらいました。(J-WAVE「IMASIA 」11/7(日)10:40-10:50 放送予定です) これからももっといろいろな曲を紹介・翻訳できるよう精進いたします! としま未来財団さんとSKY-HIさんに、そして連日の如く面白いベンガル語ラップをともにdigしている軽刈田凡平さんに、この場を借りて御礼申し上げます。



佐々木美佳(ささき・みか)

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映像作家・文筆家。福井県出身、東京外国語大学ヒンディー語専攻卒業。
在学中にベンガル語を学び、タゴール・ソングに魅せられてベンガル文学を専攻する。「タゴール・ソング」をテーマにドキュメンタリー制作を始め、2020年に映画『タゴール・ソングス』を全国の劇場で公開する。
映像と言葉を行ったり来たりしながら、自分以外の世界に触れることの喜びを紡いでいきたい。

ホームページ Twitter
Photo: tonakai

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