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【発売中】ギリシャ神話を大胆に語り直す『覚醒せよ、セイレーン』訳者・小澤身和子さんコメント、書店員さん感想全文

ローマ神話を描いた、ラテン語古典文学の最高峰である『変身物語』を大胆に語りなおした短編集『覚醒せよ、セイレーン』(ニナ・マグロクリン/小澤身和子訳)。神々に蹂躙される女性たちの視点から、怒りと希望、そして未来への祈りを掬い上げて描いた本作は、フェミニズム文学としても注目されています。訳者の小澤身和子さんと、プルーフをお読みいただいた書店員さんからのコメントを公開いたします。

『覚醒せよ、セイレーン』書影

『覚醒せよ、セイレーン』訳者 小澤身和子さん

ただ生きていただけなのに、標的にされ、傷つけられ " 変身 " した者たちの悲しみと怒りの叫び。時間と経験によって " 変身 " する女たち。マクローリンが描く強烈なサバイバルの物語は、神話の「お決まり」 として語られ、婉曲表現に隠されてきた痛みを掘り下げ、問いかける。
あなたはどこまで知りたいですか?と。


書店員の皆様からのご感想

紀伊國屋書店新宿本店 近江菜々子さん

『変身物語』といえば、神々がやりたい放題、人間のように嫉妬して欲情して怒りのままに人を動物に変えてレイプする、やけに人間臭い(けれど人間以上に己の欲に忠実すぎる)神たちとそれに翻弄される人間たちについて淡々と語る物語としか思っていなかった私は、大きな衝撃を受けた。本当に、耳をすませれば彼女たちの声はたくさん聞こえてきたはずなのに、なぜ私は気づかなかったのだろう。

 読み進めれば進めるほど、女性たちの「痛み」が伝わってくる。原作を読んでいた時には一度立ち止まって想像することすらしなかった彼女たちの怒り、悲しみ、嘆きに気づいた瞬間から、変身物語が違った様相を帯びてきて、鳥肌が立った。

 この本は『変身物語』の女性たちの痛みを描いた物語ではあるけれど、読んでいて辛いだけではない。

 ローマ神話に出てくる人々がコンビニへ出かけたりジムへ通ったりメールをやりとりする姿には私たちと同じ日常を生きるリアルさに思わずにやりとしてしまうし、本当ならばピグマリオンの理想の女性像であるはずのガラテア=アイボリー・ガールが彼の悪口を言う場面はあまりに痛快で気持ちが良かった。苦しい場面も多いけれど、どの物語でも、女性たちには確かに命が吹き込まれていて、その声にはエネルギーが満ちている。原作では封印されていた、彼女たちの叫び、訴え、笑いが、本の中から溢れてくる。物語全体にみなぎるパワーが、読んでいるこちらにまで伝染する。

 もっと耳をすませたい。見過ごしてしまっている様々なこと、見て見ぬふりをしている様々なことをきちんと知りたいと改めて思った。

「みんな知りたがるのに、そうかと思えば、知りたくないと言いはじめる。そんなことばかりですよ。…考えなくていいのなら楽なものです。知らないほうが、ずっと楽ですよね。…でも、こんなだとは思っていなかったって? じゃあいったい何を期待されていたんですか? いや、ほんとうに、何を期待されていたのでしょう?」
 
 この本を読み終えてから、ツバメになったプロクネの言葉がずっと頭から離れない。

 時代の移り変わりの中で、ひとつの物語の受容のされ方が変化し、新たな意味を持ちはじめ、語り直され、古くて新しい物語になる。そんな翻案小説が私はとても好きだけれど、この本の最終章を読んで、これもまた「変身」のひとつかもしれないと思った。

*****

ジュンク堂書店池袋本店 市川真意さん

「ラテン文学の最高峰」の名のもとで、そこに登場する女性たちに起きていたこと。神話という聖域の中に閉じこめられて声を上げられずにいたセイレーンたちが時を越えて覚醒した今、現代に生きる私たちにこんなにも勇気をくれる。女が死ななくても済む文学が、2000年後くらいには沢山あるからねってセイレーン達に伝えたい。

*****

紀伊國屋書店 販売促進本部 佐貫聡美さん

私たちはこの痛みの記憶を共有している。
不当に傷つけられ、償われず、無かったことにされた記憶。
私たちは確かにこの「痛み」に覚えがある。

暴力被害の経験がないのに、そんな風に感じてしまうのは何故だろう?

それは日常の中で軽んじられ黙殺された経験が確かにあるからだ。
そしてそれを当然の事として受け入れさせられた記憶があるからだ。

変身するのはなぜいつも「私たち」なの?
なぜいつも被害者の方が罰せられ、姿を変えさせられるの?
怒りや悲しみ、やりきれなさで読み進めるのが苦しくなる一方で、
「私たちは不当な扱いに怒って良い」「こんな思いはもうたくさんだ、と声を上げて良い」
…そんな風に鼓舞される読書体験でもありました。

虐げられた者の「沈黙」に耳を傾ける。
もしかしたらそれは記憶の奥底に深く沈めた、自分自身の声なのかもしれない。

語られなかった声、沈黙させられてきたすべての人々の声に私たちは耳を傾けなければならない。
もう聞こえなかったふりをする事は出来ない。
そう胸に突きつけられた気がしました。

圧巻なのはやはり「プロクネとピロメラ」でした。
読後しばらく茫然自失に陥りました。
ここまで強烈な「声」が今まであったでしょうか?
「あなたはどこまで知りたいですか?」「あなたはこの物語を誰の目で読みますか」という問いかけが忘れられません。

この本を紹介するために多くの言葉を尽くしたいのですが、
一方で何も語りたくない、未読の方に一切の先入観を与えたくないという気もします。

*****

梅田 蔦屋書店 河出真美さん

物語を語るのは、力を持つことだ。
だから彼女たちは語りなおす。奪われてきた力を取り返すために。
これこそが今、古典の語りなおしが求められる理由だ。
もっと早くに来るべきだった彼女たちの時代が来たのだ。


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覚醒せよ、セイレーン
ニナ・マグロクリン/小澤身和子訳

四六判並製368ページ/本体価格3000円+税
ISBN:978-4-8652367-9 2023年6月5日から全国書店にて発売予定


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