福太郎の去り、次郎長の涙
弘化二年。また夏がやって来た。次郞長は清水に戻って一家を構えている。「あすこン家は姐さんがいい。お蝶さんがいい」ってんで旅人がひっきりなしにやって来る。
「お控えなすって。手前、生国と発しまするは……」
ってアレである。それはやくざの親分としてはいいことなのだけれども困った事があった。というのは。そう、旅人が米の飯を食う、という一事であった。
次郞長方には毎日数十人の旅人が来て、次郞長一家では日に三斗の飯を炊いた。その米代をいったいどうするのか。
「はは、米屋をしていた