見出し画像

大阪 16世紀をめぐる旅 堺・千利休編

千利休ゆかりの地へ。堺編

千利休邸跡

さかい利晶の杜の隣にある利休邸跡。中は井戸が残っているだけです。ちょっとよくわからないのですが、どうやらこの辺り一帯が利休の土地ではあったが、ここがピンポイントで邸跡かと言うとそうでもないとか、なんとか・・?今度またいってみたら色々聞いてみます。となりの利晶の杜も絶対見たかったのですが時間がなくていけず・・次回は必ず!

南宗寺


南宗寺

三好長慶が父の供養のため作ったお寺で利休居士が修行したと言われています。大坂の陣で一度焼失しましたが、沢庵和尚が再興に尽力を尽くし今の場所に再建されたそう。中は撮影禁止なので入口だけ。利休の墓もあります。

ハゼが紅葉して綺麗でした

見どころの一つは、織部好みと言われる枯山水の庭。静かでとても気に入りました。ついでにこの庭の横に水琴窟もあります。水琴窟を最初に発案したのは、三大茶人の一人小堀遠州と言われています。

和菓子


千利休が広めた茶道によって和菓子も開発されていったそうで、堺は和菓子の老舗がいっぱい

ケシ餅


堺には本家小嶋と小島屋というケシ餅の老舗があって、本家小嶋さんは室町時代に菓子屋としてオープン、小島屋さんも江戸時代初期に創業!本家の方はお休みでしたので、小島屋さんにいきました。こちらはネットでも通販できます。美味!

南蛮人の器

かん袋


こちらは1329年、鎌倉時代末期創業の老舗。
最初は和泉屋という名前で、その後秀吉に命名されてかん袋になったそうです。もとは違う通りにあり、江戸時代にこの場所に移動したとのこと。

店先の南蛮人の人形

くるみ餅が有名。室町時代中期に5代目の主人がくるみ餅の原型をつくったそうです。ナッツのくるみではなくて、餅をくるんで食べるので「くるみ餅」。当時は砂糖が普及していないため塩味が効いたもので、その後ルソンから砂糖が輸入されるようになってからは、現在も同じ味を引き継いでいるそうです。

テイクアウトにしたので映える写真が撮れなかったのですが、これまた美味しい。しかもここでしか買えない和菓子です。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?