三浦コウさん ピアノリサイタル "SONGS"ツアー at 名古屋
2023年8月5日(土) 15:00~
場所は「ヤマハ名古屋ホール」
■ヤマハ名古屋ホール
今回、横浜から名古屋まで、初の遠征をさせてもらった。
名古屋駅から乗ったタクシーの運転手さんに「ヤマハ銀座店へ」と言って笑われた。習慣というのは恐ろしい。気をつけよう。
終演後に型番を聞こうと思って失念してしまったが、ピアノはフルコンだった。ヤマハ特有の、低音のビリビリ感が心地よく感じられた。
選ばれしピアニストさんを除き、私たち一般のピアノ弾きの耳というのは、長年かけてヤマハの音でもって仕上がってきていることが多い。
大きな国際コンクールなどでも、ヤマハでの演奏を聴くと、無意識に親しみを持つものだ。
今回も、出だしからそんな心地で、リラックスして聴くことができた。
昨年の名古屋公演は C3X espressivo だったとのこと。以前試弾したことがあるが、あのピアノもまた素晴らしい。
■プログラム&レビュー
全曲オリジナルのプログラム。
オリジナル曲でもって一本のリサイタルを成立させるピアニストさん。何度も言うけれども、他に類を見ない。
過去に曲のレビューは重ねてきたため、今回は印象的だった曲や場面をいくつか書いてみたい。
love is
前回のリサイタルレポで、曲名があえての小文字である理由とは…?なんてことを書いた。
その後のコウさんの配信ライブで、視聴者にSONGSへの質問を募る企画があったため、アルファベットの大文字小文字の選択基準について訊いてみた。
「その都度しっくりくるものを選んでいる」
という回答だった。なるほど。
何か基準があるわけではなくて、いくつかのパターンの中から、その曲に最適なものを選ばれているのだろう。
そんなこともあってか、今回の love is は、尖ったところのない、フラットで軽やかな演奏に聴こえた。あくまでも私の耳には、だが。
この曲は、聴き手の心理状態によって聴こえ方が変わるように思える。
風の便り
日本の夏は年々暑くなっている。
春と秋が短くなり、四季が二季へと移行する可能性を論じる記事も目にした。
リサイタル当日も焼け付くほどの暑さ。久しく風らしい風を感じていない身に、コウさんの「風の便り」がとても涼やかに感じられた。
何度も言うが、自然現象を曲にさせたら、コウさんの右に出る人はいない。
6℃
今回はコウさんの手が見える席だったので、手の交差をじっくり拝見させてもらった。思わずため息が漏れるほど素晴らしかった。
メロディーラインを左右の手で交互に弾くのだが、こういった奏法には、技術に加えて、心理面の思い切りの良さが求められる。一瞬でも戸惑えば、もうそこでメロディーはしぼみ、途切れてしまう。
前回のレポでも少し触れたが、エチュード要素の高い、大変美しい曲だ。聴く度に好きになる。
想い
前曲の「しゅわしゅわ」が終わると、会場スタッフの方が何か運んできた。
小型のテーブルに黒い布がかけられている。白い鳩が飛び出すマジックショーで使われるアレだ。
照明が落ち、そこへコウさんがランタンを置いた。動画で見たことのある世界観。
「眠っちゃうような時間があってもいいかなと思って」とのこと。なんと寝かしにかかってきた!
ただ演奏するだけでなく、観客と共にある空間に変化を持たせる試み。コウさんのサービス精神が感じられる。
場の雰囲気は一変した。そして私は困った。
この「想い」という曲は、私の心の琴線をガシガシと揺さぶってくる。聴く前から身構えておかないと、心がどこか見知らぬ場所へ飛ばされてしまう感覚があるのだ。それほどに美しい曲。
ランタンに照らされたコウさんの影が、ステージ正面の壁に揺れ動いている。あぁ負けた…と認めた瞬間、大粒の涙がボロボロとこぼれた。完敗。
song
前回リサイタルはピアノソロだったが、今回はなんと、観客が歌で参加!
「は〜れの日に〜歌を歌う〜♪」
皆さんとてもお上手だった。
私は仕事柄、日々ドレミやリズムを歌っているが、世の大半の方々は、なかなか歌を歌う機会は無いと思う。幼児期〜高校まで、音楽の授業や学校行事で歌い続けたはずなのに。それ以降はせいぜいカラオケで歌うくらいだろう。
極上のピアノ伴奏で歌う歌。何とも貴重な機会だ。今後もチャンスがあるようなので、楽しみに待ちたいと思う。
生きる
個人的な話だが、前回リサイタルから今回までの期間中に、人生の根幹を揺るがすような出来事があった。子供が嫌な事件の被害者となったのだ。
あの時に自分がこうしていたら、あの日仕事がなかったら、もっと早く帰ってきていたら、あの子がもっと良い母の元へ生まれていたら、そもそも私など存在していなければ…人間というのは、精神が底へ落ちるととんでもないことを考える。
しかしそれでも、翌日も陽は昇る。
どんな状態であれ、生きている以上は、服を着て、飲食をして、夜は眠らなければならない。
「生きる」を再び聴けるようになるまで、正直少し時間を要したが、今回生演奏が聴けて本当に良かった。
生きていれば色んな事がある
それでも生きていかなければいけない
光の射す方へ
コウさんのおっしゃる通りだと思う。
音でもって納得させてもらった。
■まとめ
昨年の名古屋リサイタルは、コウさんにとって不完全燃焼な部分があったそうだが、今回のリベンジは成功!だったのではなかろうか。
同じ場所で、今度は全曲オリジナルのプログラムで挑むという、コウさんの攻めの姿勢が素晴らしい。あれこれ理由を探して逃げないところが、実にコウさんらしく、ますます応援したくなる。
初めて地方で聴いたコウさんの演奏は、特別感に満ちて、今も耳に残っている。
■これから
8月20日(日)の札幌公演で、SONGSツアーは終了。その後は10月8日(日)に、オペラシティでのリサイタルが控える。
ここでも観客は歌えるだろうか?コウご期待だ。
■おまけ
長いこと生きてきたが、名古屋の地に降り立ったのは初めてだった。
私の遠征計画を知った、名古屋在住のフォロワーさんが根回ししてくれて、菊川本店でひつまぶしをご一緒した。その後はカフェでお茶をして喋り倒し、名古屋名物のお土産も頂き、自分もあれこれ買い込み、耳もお腹も心も大満足な日帰り遠征となった。
遠征をしてまで聴きに行きたい!と思わせてくれるピアニストさんは稀有だ。コウさんの楽曲、演奏は本当に素晴らしい。
色んなことがあるけれど、またリサイタルに行けることを楽しみに、今日も、明日も生き抜こう。
というわけで…
個人的主観満載の記事、最後までお読み頂きありがとうございました。