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短編 ある日の彼女の話

 春の日差しが優しい日だった。私は異性愛者なのか、同性愛者なのか、はたまた人を好きになれないのかそんなことをぼんやりと考えていた。
 この頃自宅にこもって昼過ぎまで寝ていた。
起きてから映画を1.2本観てぼんやりしながらshort動画を消費する。気がついたらもう空は薄暗くなっていって、空虚な夜が始まる。いわゆるニート。自分は何のために生きているのか。わからなかった。
 時間だけ消費していく毎日に嫌気がさしたある日。自宅から電車に乗って上野公園まで足を伸ばした。季節はもう春が近づいていた。外国人観光客と幼な子を連れた家族連れが大半だった。パーカーにズボンを履いたかわいくもない格好で1人で歩いた。1人上野公園のスタバに寄ってコーヒーを一杯買った。外のテラスが空いていたので座った。そこからぼんやりと行き交う人を眺めていた。たしかその時だった。彼女と出会ったのは。彼女は私の数メーター先で解けてしまったスニーカーの靴紐を結んでいた。しゃがみこむ彼女の薄桃色のスカートの裾は柔らかかった。なぜだろうか。ただそれだけなのに、他の人がそんなことをしていても惹かれることはないのに、彼女は美しかった。靴紐を結んだ彼女はまた歩き出した。彼女の瞳に映りたいと思った。彼女を追いかけて、名前を知りたい。声を聞きたい。そう思った。
だが、こんなよくわからない女に声をかけられるのは迷惑だろうと思って彼女を見送った。
「さようなら」
そっと呟いた。春は苦手だ。

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