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『穏やかな庭先の、夢を見て。』

『穏やかな庭先の、夢を見て。』


夢を見たの。

穏やかな庭先で、膝の上に乗せられて

私の頭を大きな手が撫でている夢。


私はその手をよく知っている

ずっと、つかめずにいた手だったから


手の持ち主は上から覗くように 

何かを語り掛けていて、

それに応えようと口を開いたのだけど


言葉を失くしていて

喉からはただ、鳴き声が ひとつ


そんな夢。


もう、アナタの名前、呼べないのね。

だから、ワタシは忘れることにしたの

昨日までのカタチを


毛皮ひとつ、長いしっぽ

暗がりも見通せるガラス玉ふたつ。

ザラついた舌と転がる喉を 受け入れて……。


にゃあ


私の名前を呼んで

アナタのつけたその名前で


赦すまでは、手を伸ばさないで

触れて欲しい時に、その手をひらいて


いつかの話は嫌いだから

今の、話をするの


空腹よ、退屈よ、ほら早くなさって


白痴の様に、舌足らずに、その指が擽れば(くすぐれば)

喉の音を聴かせてあげる




気が向かない時は、求めてないから

放っておいてね。わかるでしょう?


寒い風が吹く夜は

側に居てあげるから


腕の中に入れてちょうだい

そうしてアナタが寝息を立てるころ


いつかの話はきらいだけど

少しだけ、いつかの話をしてあげる


もしもの時は アナタを平らげられる様に

横たわる身体の 長さを計りましょう


血の一滴も、無駄にしないよ

だから安心して眠ればいいよ


でも、安心しないでね。

いつだってその腕をすり抜けられる


だから離さないでいてね


いつか

私が暗い穴にさよならする時は、

私はアナタにあげない、そしらぬ顔をして、

この庭から出て行こう


アナタがどんなに探しても

アナタが名前を呼んだって

声も顔もだしてはあげない


さよならなんて、言わせてあげない。


そうしたら、忘れられないでしょう?

忘れないでね。


でも、ずっと悲しんで欲しいわけじゃないの

わかるでしょう?


だから、放っておかないでね。

さよならまでは、側においてあげる


喉が渇いたわ

おなかもすいた

なんの話をしていたかしら?


もう朝だから

早く、起きて、支度をして頂戴


穏やかな庭の夢を見る

外側から昨日までのカタチが

恨めしそうに眺めている


目が覚めなければ

この大きな手は私のものなのに


でも、またアナタの名前を呼びたくて

いつもの寝床で目を覚ます


身体を丸くして

口惜しそうに 「にゃあ」と鳴く


ああ、爪が伸びている

白い三日月が体積をふやしている


尾骶骨に、しっぽはもうない

二足歩行の身体を伸ばし


朝日の射す、窓の前で

アナタの名前を呟いて、今日も心臓が動き出す。


生活が回り出す中

私はまた夢想する


いつかの私がケモノになって

穏やかな庭先で、愚かな女になる夢を

いつか、いつの日か見ることになるのだろうか。


どちらが本当は夢なのだろうか?


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2023年5月21日
カフェあめだまparty⑬ 上演作品
演者:桑鶴麻氣子

大切なお時間をありがとうございます! 少しでも、心に何かを残せたなら幸いです。 少しでも良いと思って頂けたら他作品や、イベント、カフェあめだまをチェックやスキやサポート頂けたら嬉しいです(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎) 全て活動に還元し、また何か作品をお届け致します。