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出版の可視化対談 青銅×古川(1)

今回の本『一千一ギガ物語』はどんないきさつで出版にいたったか。ひとり出版社「猿江商會」の社長・古川さんを訪ね、アレコレと話してみました。その前編。

★出会いは「オードリーのオールナイトニッポン」

青銅  古川さんは、ひとり出版社「猿江商會」の社長さん兼編集者兼営業担当兼宣伝担当兼経理担当なんですよね?
古川 兼業主夫でもあります。
青銅 「兼」が多いなあ。
古川 そもそも青銅さんとの出会いは2011年まで遡ります。当時、在職していた大修館書店がオードリーのオールナイトニッポン開始時(2009年)の冠スポンサーになっていたからです。番組本『オードリーのオールナイトニッポン 一年史』出版の時ですね。
青銅 ぼくはその番組の作家でした。番組本ってのは、ふつうもっと軟派な出版社から出すけど、大修館というのは辞書で有名なお堅い会社ですからね。よく社内で企画が通ったなあと思いましたよ。
古川 少子化で学習辞典の需要が減り続けていますから、なんとかこれまでとは違う宣伝の方法を模索していたんですよね。もちろん社内で賛否はありましたけど(苦笑)。結局、スポンサーは1年半くらい(?)で降りてしまったんですが、その後に創刊したPR誌『辞書のほん』で、再び青銅さんと出会うことになります。
青銅 声かけてもらって嬉しかったです。
古川 『辞書のほん』というPR誌は、どこにでもある辞書という存在にあらためて光を当てることを目的としていまして……
青銅 やっぱり、お堅いなあ。
古川 まあ僕は軟派な出版社からの転職組でしたから、できるだけ「堅く」装う必要があったというか……。その中で、「辞書」をテーマとした掌編小説を色んな方に書いてもらうという企画を立てたんですね。
青銅 「いまどき、お金かけた贅沢なPR誌だなあ」とビックリしました。評判よかったんでしょ?
古川 新しいことをやるんなら中途半端じゃ意味ないですからね。もちろんこちらも社内で賛否が轟轟でしたけど(涙)。とはいえ、大修館書店は文芸の実績が全然ありませんでしたので、誰に原稿を頼んだものやらとなりまして……。そこで青銅さんの「第一回星新一ショートショートコンテスト」入賞という肩書を思い出したわけです。そして、その企画の栄えある(?)最初の執筆者となったのが藤井青銅さんだったと。
青銅 あれ、初回だったんですか?
古川 はい。これが2011年の秋ですね。ちなみにその時の「占い」という作品は今回の『一千一ギガ物語』にも収録しています。
青銅 さすが「兼宣伝担当」!

★ひとり出版社を立ち上げる

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古川 その後、僕はなんの因果が2014年に大修館書店を退職。翌2015年に猿江商會という「ひとり出版社」を創業しました。最初に勤めていた光文社という出版社を丸8年ほど、大修館書店を丸9年ほどで辞めているので、なにをやっても10年は続かない計算になります(苦笑)
青銅 そのあいさつの時のことをよく憶えてます。あれは渋谷の喫茶店でした。まず「へえ、ひとり出版社っていう形態があるんだ。面白そう」と興味を持ちました。そしてもう一つ、「20年近くやったら独立できるくらいの業界じゃないと、どんどん斜陽になっちゃうと思うんですよ」とおっしゃったんで、「カッコいい!」と思いました。
古川 そんな「カッコいい」こと言っていながら、実際はまだまだ食べていけるだけの売上もなく、実質的に家計を支えているのは妻なので、じつはかなり「カッコ悪い」んですけどね。
青銅 いつか、そのひとり出版社で本を出してみたいなとヒソカに思ってました。
古川 この猿江商會もなんとか今年で7年目を迎えているわけですが、創業から4年くらいで、売上面とは別の観点で、困った状況に直面してしまいました。
青銅 なんですか?
古川 「出したい本」がなくなってしまったのです。
青銅 え! どういうこと?
古川 そもそもが書籍畑ではなく雑誌畑の出身なので、なんでも広く浅くが体に染み込んでいましたから、恥ずかしながら一冊の書籍にするほど深掘りできるテーマがすぐに枯渇してしまったんですよね。そこで原点回帰というわけでもないんですが、あらためて「なんで本をつくる仕事がしたかったんだろう」と考えたわけです。45歳の自分探し。
青銅 遅れてきた青春!

ラインナップ

古川 すると、その答えは意外なほどすぐに見つかりました。というか、ほんとは最初からわかっていたんですけど、あえて目を背けていたんですよね。僕が作りたい本は、ずっと前から小説だったんです。
青銅 遅れてきたぶん、答えにたどり着くのは早いんだ。
古川 やっぱり出版社に入ろうと思う人の多くは、ご多分にもれず「文学少年」だった過去があるわけです。青臭い話ですけど。そして、僕を「文学少年」へと導いてくれた作品はなんだっただろうかと考えたときに思い至ったのが、これまた王道ですが、志賀直哉の「小僧の神さま」でした。
青銅 ああ、むかし教科書だか問題集だかで読んだことがある。
古川 極限までそぎ落としたストーリーに隠された伏線と、意表をつくオチ。これこそまさに僕に小説を読む楽しさを教えてくれた作品だったんです。だとすれば、現在の小学生や中学生、もしくは高校生でもいいと思うんですが、まだ「小説」の面白さに出会えていない若い人たちに、そのきっかけを提供できるような本をつくればいいんだ! こう思ったわけです。これが2019年の秋頃。
青銅 へえ、そうだったんですか。同じ頃ぼくは、前に中高生ぐらいに向けて書いた沢山のショートショートを、もう一度まとめたいと思ってました。というのは、星さんが亡くなって20年以上経つわけですけど、今も星さんの作品は若者が小説の面白さに出会う入り口になっている。これはなぜだろう? と。

★読書体験の入り口としてのショートショート

青銅 ぼくは長く小説を書いたり、ラジオドラマを書いたりしてきたけど、その実感で「中高生くらいの感覚は、昔も今も変わらない」と思ってるんです。評論家はすぐに「デジタル時代は違う」なんて言うけど、そんなの嘘だと思ってまして(笑)。
古川 そうですか? ちょっと意外に感じますがどういうことでしょう。
青銅 40年前も30年前も20年前も今も、同じセンスで書いたことは同じように受けるんですよ。これは実際に書いた者としての感触です。だって、考えてみれば「15歳とは、オギャ―と生まれてから15年たった人間」という事実は同じでしょ。人の心の成長曲線は、そう変わらないんですよ。思春期になって、親離れをしたいと思ったり、大人の世界に憧れたり、汚いと思ったり、自分は何をしたいんだろう? と悩んだり…。
古川 たしかに。そういえば、僕が前職時代に企画した学習辞典の書店フェアも「15の春応援キャンペーン」という名称にしてました。
青銅 ぼくが書くショートショートは星さんテイストのオーソドックスなものが多い。それは選んでもらった経緯からも当然。で、星作品が今も読まれているのなら、ぼくの作品もいけるんじゃないかと思ってました。星新一の世界には時代を越えた普遍性があるから。ただ、唯一の問題は「星さんの世界にはスマホが出てこない」ということ。
古川 21世紀を見ずに亡くなっていますからね。
青銅 評論家の言う「デジタル時代は違う」というのは、そういう意味では正しい。つまりインターネットのない時代と現代は違う、ということ。でもそれは人の心じゃなく、環境とかガジェットの変化にすぎない。なら、その要素だけプラスすれば、星新一テイストで十分いけると思ってました。
古川 そんなこととは知らず、連絡をしたのが藤井青銅さん。極度に短いストーリー。周到に隠された伏線。そして、その伏線を見事に回収する結末。これってよく考えると「ショートショート」そのもので、だとすると僕の目の前にはじつは10年近く前からもっとも適した著者がいたわけですよ。「第一回星新一ショートショートコンテスト」入賞者が(笑)
青銅 ぼくも、そんなこととは知らず、「あ、そうだ。ひとり出版社の古川さんならなんとかしてくれるかもしれない」と思って会いました。
古川 新橋の喫茶店で会ったんですね。
青銅 そう。で、ぼくは用意した過去の作品のコピーを渡して主旨を説明し、さあ、これからプレゼンしようと身構えたら、あっさり「出しましょう」と。
古川 はい。あっさり「出しましょう」と。
青銅 あまりに簡単にOKが出たので、「え? 本当に?」とこっちが心配になって、「でも、帰っていったんよく考えた方がいいんじゃないですか?」って。
古川 そんなこと聞かれましたっけ?
青銅 そしたら古川さん、「私が出すと言ったら出すんです。ひとり出版社には『上に聞いてみます』というのがありませんから」と。ぼくはまた、「カッコいい!」と思いました。
古川 たしかに「カッコいい!」。でも、上はいませんけど、帰って妻に相談したら「やめておけ」と言われた可能性は大いにありますね(笑)
青銅 上はいないけど、妻がいた!

後編に続く→

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ヨドバシ.comでも! けっこうあちこちのnet書店で買えるんですね。

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