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普遍性と個別性とブックオフ

アミノバイタルを飲まずに寝た次の朝はやっぱりつらい。
体がだる重い。
飲んで寝ると割と体が軽くて、その分気分も爽やかな目覚めでベッドからもすぐに出られるんだけど、飲まないとだるい。
できれば毎日飲みたいけど、高いのだ。アミノバイタルは。
だから次の日特に予定がない夜は、飲むのを躊躇してしまう。そして飲まない。そして予定のない日はだる重い朝から始まる。

元気でいること、健康でいることにお金がかかることがなんとも恨めしい。
お金がかかるだけでなく、健康でいるためには健康が必要なことも、それに輪をかけて恨めしい。
健康でいるための栄養たっぷりの料理を作るためにも、体力づくりのための軽い運動にも体力と健康がいる。
虚弱体質デフレスパイラルよ…。
と、考えだすとメンタルまでどんどん下降していくので、ベッドから軽やかに出ることは諦めて、しばらく本を読むことにした。

読み始めたのは、好きな書評家さんで著作も連載もTwitterもブログも楽しみにしている三宅香帆さんが、ついこの間出したエッセイ『それを読むたび思い出す』

ブックオフで一〇五円の文庫本を買うことは、勉強と部活とそれに伴う人間関係でいっぱいいっぱいだった中高時代の、小さな、大切な隙間だった。
だから高校二年生が終わっていよいよ受験生になったとき、隙間時間も勉強するようになって、ブックオフに行かなくなった自分が、自分でないような気がした。
こうして人は年齢を重ねるごとに忙しくなり、人生の暇を失っていくのだ、本を読めなくなるのだ、と高校三年生のときに気づいた。ちょっと泣きそうになった。いや、一度号泣した。

誰かの本にまつわる思い出の話を読むのが好きだ。
子供の頃から本を読んできて、本と共に生きてきて、たくさん本との思い出がある三宅さんが書くエッセイなのだから、と期待して読んだけどやっぱり良かった。

しかし読書家のエッセイでこんなに堂々とブックオフの話が出てくるって珍しいけど、親近感が湧いて嬉しい。

古本屋さんというと、ブックオフみたいなチェーン店じゃなくて個人経営のセレクトショップみたいな古書店がいきつけですって言った方が箔がついてかっこいいとか思ってた時期もある。
今思うとちょっと恥ずかしい。

三宅さんが書くブックオフやチェーン店の話を読んでいると、この店でしか手に入らないものと出会えることが豊かさだと思いがちだけど、みんな誰でもどこの地方でもそこに行けば同じものが手に入る方が万人に開かれた豊かさで、そっちの方が豊かかもしれないなぁ、と思えてくる。

それに、古書店で本を買ったというより、ブックオフの◯◯店で買ったと言われる方が、普遍性(ブックオフ)と個別性(◯◯店)を兼ね備えた情報でわくわくする。

大学生の頃、家の最寄りにある大きなブックオフにも通ったし、学校と家の最寄り駅の間にある駅にもあって、わざわざ途中下車して通ったな、とか私とブックオフにまつわる思い出も蘇ってくる。

西加奈子さんの本で初めて読んだのは『きいろいゾウ』で、たぶん途中下車して通ってたブックオフで買ったやつだった。
出会いは古本だったけど、そのあとファンになってすごい課金してるし、ブックオフは作家の利益にならないから悪!とは私も思わない。

本好きな人のブックオフにまつわる思い出話をもっと聞きたくなった…。

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