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ピース又吉直樹が仕掛ける笑いとクリエイティブの融合、異端YouTubeチャンネル「渦」

 ピース又吉直樹氏によるYouTubeチャンネル「渦」が面白い。

 今年の春からYouTubeチャンネルを開設する芸人さんが増えた。ゴッドタンでも「YouTube芸人サミット」なる企画が行われ、かまいたち、さらば青春の光、ダイアン、ニューヨークが芸人YouTubeに関するメソッドについて語るなど、いまやYouTubeチャンネルを持っていない芸人さんのほうが少ないのではないかと思うほどの普及ぶりだ。

 ピース又吉さんの「渦」は、芸人YouTubeチャンネルのなかでもかなり特殊だ。又吉さん自身が芸人であり芥川賞作家というかなり特殊な肩書きなので、当然と言えば当然なのだけれど。

 又吉さんいわく、「渦」の発端は「誰にも相談したことがないような、僕がずっとやりたかったこと」を信頼している演出家やマネージャーに話したところから。そのあたり詳しくは下記動画にて。

 このチャンネルの異端ポイントはいろいろあって、まずひとつは「シリーズものの企画で構成されている」ということ。

 週3回アップされるなかで、「髑髏万博先生のインスタントフィクション」「ジョギングマイレージ」「いきなりやけど聞いてみよかな?」「百の三」「山に海を見せたい」「渦×実験の夜」といった企画が日替わりでシリーズとして展開される。アップ曜日になると「今日はどのシリーズかな?」とわくわく待つのも楽しみのひとつである。

 異端ポイント2は「後輩芸人がランダムでレギュラー参加している」こと。芸人YouTubeはコンビや個人でチャンネルを持つ人が多く、ガーリィレコードチャンネルジュニア小籔フットのYouTubeといった別コンビで運営するチャンネルもメンバーが固定であることが主流。だが「渦」は固定メンバーがいながらも、又吉さんを軸に流動的な印象を与える。

 「インスタントフィクション」は又吉さんとサルゴリラの児玉さん。「山に海を見せたい」は又吉さんとそれ以外のレギュラー陣。「ジョギングマイレージ」と「いきなりやけど聞いてみよかな?」は全員。「百の三」は又吉さんソロ。「渦×実験の夜」は月1コントライブの映像なので、レギュラー陣以外も多数参加する。

 そのメンバーにとらわれていないという自由度の高さが、企画一つひとつをより効果的に映し出している。「ジョギングマイレージ」はリモート収録で、「いきなりやけど聞いてみよかな?」はLINE画面という、見せ方が変わるところも面白い。

 異端ポイント3は、1と2も含まれることだが「企画のすべてがYouTubeのセオリーを完全に無視し、独自の道を貫いている」こと。YouTubeのセオリーに沿って動画を展開していく芸人さんが多いなかで、渦は「渦でやりたいこと」の一点のみに集中し、センスの光るクリエイティブな企画を突き詰めている。まるで休み時間にみんなが運動場へ遊びに行っているのに、ひとり教室の隅で爛々と輝く目で黙々と消しゴムハンコを作っているような孤高さと勇敢さを感じる。

 昨日アップされた「山に海を見せたい」なんて、又吉さん、児玉さん、スパイク小川さんで30分間ひたすら八王子で20kgの石を運び続けている映像が収められている。こんなYouTube観たことない。

 そのなかで険悪なムードになったりしつつ、謎の団結力が生まれたりしつつ……というドラマが生まれているところに、芸人さんのポテンシャルを感じる。やはり芸人とは、身ひとつでドラマを生み出すという意味での表現者。それぞれの個性がピンボールのようにぶつかって弾けて、ひとりでは作れない火花が生まれるのだろう。

 おまけに渦のレギュラー陣は全員ちょっといびつで、素直な人たちだ。スマートに進行していく人はおらず、それぞれ自分のテンポを持っている。その5人が合わさって企画が進んでいく様子は、マスロックのアンサンブルにもよく似ている。一般的な感覚からちょっとズレたセンスを持った人たちがひとつの物事に取り組むと、こんなにも個性的で愛らしい世界が生まれるのだ。

 異端ポイント4は「コストがかからないのに映える企画力の高さ」。YouTubeではお金を掛けてアイテムを用意したり、TV番組なら大掛かりなセットを用意したりロケに出たりなど、動画や番組作りには大きなお金を掛けることが多いだろう。だが「渦」は、ほとんどが身体ひとつでできることばかりだ。

 「百の三」はひたすら又吉さんが頭と心を使って、百の回答を絞り出す。「ジョギングマイレージ」は5人がウォーキングやジョギングをして結果を出し、それを手持ちのパソコンorスマホでリモート収録する。「いきなりやけど聞いてみよかな?」はLINE大喜利。「インスタントフィクション」も会議室で完結するし、インスタントフィクションを書くのも読み解くのも特別な道具は必要ない。

 「山に海を見せたい」もロケに出ることはあれど、演者たちが自ら身体を使ってじっくりと企画を進行していく。「渦×実験の夜」も大掛かりなセットはない。人間は身体ひとつと知恵があれば、こんなに面白くてクリエイティブなことができるのだと面食らった。

 すると視聴者(というかわたし)はこう思うのだ。「わたしでもやれそうだな」「わたしもやってみようかな」と。

 「インスタントフィクション」の影響から気軽な気持ちでインスタントフィクションを書き始め、意識的にいろんな想像を膨らませるようになり、昔読んだ町田康や太宰治、芥川龍之介、中島らもの本を引っ張り出して読むようになった。

 「ジョギングマイレージ」で5人のウォーキングエピソードを聞いているうちに自分もやりたくなってきてウォーキングを始めた。「百の三」の影響でひとつの物事に対していろんな可能性を考えるようになった。

 「いきなりやけど聞いてみよかな?」は一緒に大喜利をやってくれる友達がいたら確実に真似していただろう。ただ、山に海を見せようとはまだまったく思っていないけれど。

 それぞれの企画が絶妙に絡み合うところは、ドラゴンボールにアラレちゃんが出てくるようなパラレル的な面白さがあるし、すべてのシリーズを観ている人間からするとお得感があってさらにのめり込んでしまう。笑いとクリエイティブが混ざり合った空気感は、物事の境界線が曖昧で非常に心地がいい。どの動画もにやにやしながら観てしまう。

 渦を観ているときは時間を忘れる。路地裏にひっそり佇む、ちょっと日当たりの悪い、だけど風変わりなセンスを持った喫茶店に迷い込むような感覚に、いつも胸をときめかせている。シリーズごとに映像作品にしてほしいくらいのクオリティだ。

 人間って身ひとつでこんなにいろんなことができるんだ、とあらためて気付かせてくれた。なにもない自分でも、なにか少しでも、微かでも生み出すことができるんじゃないか――「渦」に飲み込まれてから、生活に新しい巡りが起こっている。

 そして曲がりなりにもカルチャー系のライターとして10年活動してきて、主に音楽について論じている人間としては、「インスタントフィクション」の髑髏万博先生の突飛でいて納得させられてしまう解釈が非常に刺激的だ。

 もともと音楽について論じるときに、作者のなかの正解を見つけようと思ってはいなかったけれど、髑髏万博先生の解釈を聞くたびに「こんなふうに音楽について想像を巡らせられたら面白い批評ができるだろうな……」と唇をかみしめる。ライター人生10年を迎え、より知性と感性を磨こうと背筋が伸びた。

 というわけで「渦」おすすめです。山に海を見せたいという境地にはまだ至ってないけど、石の思い出はあります。


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