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雨に恋い焦がれていた時期がある



今から10年ほど前、私は雨の日を心待ちにしていた。

日本人女子って、世界でもトップクラスに雨に敏感なのではないだろうか。
雨が降る=湿度が高い。

つまりいくらヘアセットを頑張ったところで、外に出て髪の毛が湿度に触れた瞬間に、鏡の前の苦労は無に帰す。
無駄な時間を過ごした……と後悔するので、いつからか雨の日はヘアアイロンを使わなくなった。

洋服だって、晴れの日のようにはいかない。裾が長いワンピースやコートは泥の跳ね返りの格好の餌食だ。
よって私の雨の日の定番は、パンツスタイルにレインシューズ。
コートが必要な場合は、なるべく雨を跳ね返す素材でショートジャケットに限る。

雨が降ると知ったその時から、おしゃれどころではなくなる。
雨対策がメインに変わってしまうのだ。
これきっと、私だけじゃないはず。
ただでさえ湿度大国日本に生まれた日本人女子にとって、共通して雨はテンション萎え~の対象なのである。

そんなにっくき雨だが、実は、私には雨に恋い焦がれていた時期がある。
今から10年くらい前、20代前半の私は、雨が降るたびに傘を持たずに家を飛び出していた。

モラトリアムと称し、フランスのトゥールという田舎町に一年ほど滞在していたことがある。

60代のアリスという女性と、レオというミックス犬がいる家にホームステイしながら語学学校に通っていた。
フランスでの生活は、箱入り娘だった私にとって刺激的なものばかりだった。
その中でも、雨の日の過ごし方はトップスリーに入るカルチャーショックだった。

よく小説や映画に出てくる、フランス人は傘をささないの描写。
あれ、誇張でもなんでもない。
もちろん個人差はあるが、本当なのだ。

前述したとおり、雨の日はテンション萎え~の日本人女性に生まれた私にとって、そこそこのザーザー降りでも雨をささない(もしかして持っていなかったのかも……?)アリスは異常に感じられた。

我が家では雨が降ると犬の散歩はおあずけだが、アリスとレオは嬉々として出かけて行った。
シャカシャカ素材(レインコートではない、これ重要)のフード付きコートを着込み、長靴を履いて、足取りは軽い。
びしょ濡れで帰ってきても、コートを脱いで外套掛けに吊るしたら、何事もなかったかのようにご機嫌でお茶を飲む。

アリスだけではない。
ロワールの庭、と呼ばれるその地域は、天気が変わりやすかった。
夕食を食べながらアリスとニュースを見るのが日課だったが、天気予報で明日は雨と報道されていたところで、大半のフランス人の服装に変化はなかった。
私を含む留学生たちばかりが、折りたたみ傘を準備していたように思う。

半年ほど経ったある日、日本から持参した折りたたみ傘が壊れた。
傘を買いに行こうとする私に、アリスはシャカシャカコートを勧めた。
傘は当時5~10ユーロ前後で、シャカシャカコートは安くても30ユーロとかそのくらいだったように思う。圧倒的に傘のほうがお手軽かつ利便性にも富んでいるのに、私はアリスに促されるままにシャカシャカコートを購入してしまった。

ちょっと言葉が通じるようになってきていて、フランスの人みたいになれて浮かれていたんだと思う。
ちょっととした若気の至りというか、フランスにかぶれてみたかったのだ。

いざ、雨の中を傘なしで歩いてみると、意外にも心地よかった。
フードに落ちる雨の音が、両耳の横でダイレクトに響く。
傘に遮られていた視界が開けていて、歩きやすい。

シャカシャカ越の雨がいつも聞こえている生活音をシャットアウトしてくれて、世界を独り占めしているかのような気持ちになった。
それに、よく見たら葉っぱを流れる雨の雫って美しいのだ。
雨は透明だけど、着地したものの色を取り込んで、色を映す。
雨が降り注ぐ様子って、今まで見ているようで見ていなかったのだと気がついた。

そうすると、あら不思議。
私は雨嫌いが一転、雨を心待ちにする女に早変わりしてしまった。

帰国後しばらくは、日本でアリス仕込みの雨の過ごし方を楽しんだ。
雨の日は99.9%の国民が傘をさす日本では浮いていたかもしれない。
すれ違う人からは「あのこ、前日から雨予報だったのに傘忘れちゃったのね……」とかかわいそうに思われていた可能性もある。

家族に怪訝な顔で見られても、私は雨の日を楽しんだ。
傘をささず、シャカシャカに身を包み、雨を感じることがアリスと暮らした絆のようにも感じていたのかもしれない。

ちなみに、今の私は100%傘をさす。

シャカシャカコートは変わらず心地いいが、雨でずぶ濡れになったコートの処理は面倒なうえ、不便なのだ。
水が滴るシャカシャカコートではお店に入れないし、電車にも乗れない。
電車で通勤する私には、傘のほうが都合がいい。

女子らしく、雨の日はヘアセットがうまくいかず途方に暮れるし、服も制限される。
でも、昔ほど雨を疎んではいない。
だって、雨の日は雨の日で楽しいと知っている。

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