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直島への旅 2017

 2010年に瀬戸内国際芸術祭を訪ねて以来、またゆっくり瀬戸内のアートの島を巡りたいとずっと思っていました。芸術祭の合間のしかも冬の閑散期が狙い目じゃないか?ってことで、訪ねて来ました。実は、2004年に直島を訪ねています。地中美術館が建設されオープンする直前…。今回、2泊3日の旅で訪ねるのは、直島、犬島、そしてリベンジの豊島です! 

地中美術館 

 初日は、直島の新しい美術館、「地中美術館」と「李禹煥美術館」を訪ねます。どちらも安藤忠雄建築の、空間自体を芸術体験にするような美術館。無機質なグレーのコンクリートの壁が、この直島にあっては、すごく暖かみがあって自然と共生していることを改めて認識しました。
 地中美術館は、文字通り地中に埋められたロケーション。コンクリートのトンネルを抜け、コンクリートの壁に切り取られた空間に植物を見て空を見上げる。日常とは違う空間に足を踏み入れるワクワク感に充ちてくる。ここでは、3名のアーティストの作品が空間を贅沢に使って展示されています。

 B1Fには、クロード・モネ「睡蓮」のお部屋。部屋の入口に立つと、「あっ」と思わず声が出てしまう。自然の柔らかい光に満ちた部屋の正面に幅3mの作品が。展示されている5点の睡蓮のために設計された部屋。作品はどれも晩年描かれたもので、色の乱舞がけっこう激しいのだけど、やはりそこはモネ、少し距離を置くと揺れる水面や柳が見えてくるから不思議。ずっと見ていたくなる心地良さ、それでいて神々しい空間。
 B3Fは、ウォルター・デ・マリアのお部屋。この作家の球体の作品は、島の海岸にも設置されています。ピカピカに磨き上げられた直径2.2mの花崗岩の球。階段状にしつられられた展示スペースは、まるで神殿か教会のよう。まわりを飾っている金色の柱状の彫刻も荘厳さを醸し出している。この部屋にも天上からは自然光が差し込んでいて、どの角度から眺めても、長方形に切り取られた空がこの磨き上げられた球体に映り込む。この安藤建築に、本当にマッチしている、と思いました。
 そしてB2Fには、ジェームズ・タレルの作品が。光と空間をテーマにした彼の作品は、その場所に行って体感してこそ。ここで体験することのできる「オープン・スカイ」という作品は、金沢21世紀美術館でも見られた、天井を四角く切り取った作品。ベンチに腰掛けて雲の流れる空を見上げます。そしてここで、ナイトプログラムが開催されるとのことで、日没後に再び出かけることにしました。(要予約です)

 次に訪れたのは、李禹煥美術館。安藤建築による美術館は、李さんのシンプルで強さのある思索的な作品の特徴を際立たせていました。マイミュージアム(わが心のふるさと的美術館)の滋賀県立近代美術館の所蔵品と同様の「点より」、そして筆跡の美しい「線より」も良かったです。めちゃくちゃ巨大な筆跡の絵の具の生々しさ!物質なんだけど、込められているいろいろなものを想像させるのは、筆だからこそ?近年の「もの派」たる石や鉄板の作品も、美術館の中では瞑想的な空間を生み出していましたが、青空と風のもとでは、素顔を見せているような自然な佇まいが素敵だと思いました。

 そして、夕方になり、いよいよジェームズ・タレル「ナイトプログラム」へ!光と空間を題材に、興奮の視覚体験をもたらしてくれるアーティスト、ジェームズ・タレル。ググってみたら、世界中に美しい作品があるようですね~。彼の名前を知ったのは、前回、直島へ出かけた際に、「南寺」の作品で。全然内容を知らずに参加したものだから、最初はわけがわからなくて、そして興奮の体験が!…と、これはぜひ現地で体感していただきたいので、多くは語りませぬ。そして、金沢21世紀美術館の「タレルの部屋」、四角く切り取られた天井から、空を眺める「Blue Planet Sky」という作品。そのアイデアの斬新さが面白く、じっと空を見上げました。広い空を見ている分には気付かない、雲の流れによる画面の移り変わりは、見ていて飽きません。
 今回、直島の地中美術館の「オープン・スカイ」も同様の作品なのだけど、違っているのは、お部屋の壁にLEDが仕込まれていること、そして、ナイトプログラムがあること!

 ナイトプログラムは、毎週金・土曜日のみ、しかも完全予約制で定員も限られているので、今回、参加することができて、ラッキーでした。「日没に合わせての45分間の特別プログラム」ってことですが、あまりよくわかってなくて、日が沈んでいく光の変化をみる…だけなのかナ?と思っていましたが、まさにその通りでした!ところが、それが、すっごくおもしろかった!
 スタートは日没後。なので季節によって開始時間が変わります。冬至も近づく12月ですから、集合は16時半です。参加者は、けっこう外国の方が多かったです。空がパッカと開いたスペースですから、皆、しっかり防寒しています。17時前に、スタッフに引率されて、もう真っ暗になったコンクリートのトンネルを抜け、「オープン・スカイ」のお部屋へ。そしてぐるりとベンチに腰掛けます。
 「お静かに」と言われ、観客は息をひそめて空を見上げます。日が沈んだとはいえ、空はまだ水色。薄い雲が流れるのが見えます。じっと眺めていると、だんだん夜の暗さが覆っていく様子が見えます。そこで視覚を攪乱するのが、壁に仕込まれたLED電灯。ピンクとか、グリーンとか、壁全体の色味が変わることによって、空の色がどんどんと変化して見えます。実際に空の色が変化していくのと、壁の色の変化で見え方が変わる視覚マジックに、すごく不思議な空間に身を置いているような気がして、みんな、あんぐり(口は開けてない)空を見上げて、45分間の色彩のステージを堪能したのでした。そんな不思議空間なのに、風が吹くと、ザワザワと音がして、自然の中にいる、という感覚が呼び戻される。もうすっかり闇となった空に、小さく星が見えた気がしました。壁の色合いが変わっていくとき、一瞬空の色と一体化して、空間の真綿にくるまれているような感覚を味わいました。めっちゃ、おもしろかったです。おすすめです。

豊島美術館

 さて、2日目は、豊島・犬島へ。今回の直島への旅を2泊3日にしたのは、このふたつの島も訪ねてみたかったから!特に2010年の芸術祭で行けなかった豊島美術館には焦がれてました。映画『あえかなる部屋 内藤礼と、光たち』で堪能した静謐な空間を、ぜひとも体験したくって。

 まずは宮浦港から豊島へ、船で約20分間です。お昼には豊島から犬島に向けて船が出ますので、時間の節約のために、家浦港から美術館まで電動自転車を借りることにしました。約30分の道中はけっこうアップダウンが激しく、電動とはいえ、なかなか大変でした…。そして、ついに眼の前に白い繭のようなドームが。お~、これぞ母型、感激だ!

 豊島美術館は、このドームの中だけではなく、まわりの環境も含めて鑑賞です。良いお天気で、空気の冷たさも気持ちの良い中、ゆっくりと小道を歩いて、ついに美術館の入口にたどり着きました。そこで室内履きに履き替え、いよいよ中へ…!床も壁も一面白い内部は、本当に繭の中に入り込んだよう。なだらかな曲面を描く材質はコンクリートとのことだが、表面は漆喰のような暖かみがあります。
 天井にはふたつの大きな開口部があり、暖かな冬の光が差し込んでいる。そこからは風にそよぐ木々が見える。吊るされているヒモがふわりと揺れて風の存在を感じさせる。そして、床にはそこここに小さな穴があり、水が少しずつ湧き出して、ついに美しい水の玉となって、床をツーところがっていく。水は寄り集まって水たまりになる。観客は誰も大きな声を発することなく、静寂を楽しんでいる。差し込む光の中に座り込んで水の動きをじっと眺める。プクン、ツー、コロコロ、コロコロ。その動きがあまりにおもしろく美しく、ずっと見ていても飽きない。
 スタッフの方にひそひそ声で尋ねてみると、この水の出方は、アーティストがすごく緻密に計算し、設計されているとのこと、それでもその時々の光や風によって、日々違う姿を見せてくれるそうです。まさに自然とともにある、得難い体験としてのアート。あ~、とっても良かったです。今思い出しても、心が暖まるような。

 豊島美術館でゆっくりと時間を過ごし、急いで港に引き返して次に訪れたのは犬島。ここの最大の見どころは、明治時代の終わり頃につくられた銅製錬所が廃墟として残る跡地を利用した「犬島製錬所美術館」。三分一博志の建築は、風の流れや太陽光など自然のエネルギーを活かした設計。銅製錬の過程で生まれるスラグという素材を使ったカラミ煉瓦の保温効果の話はすごいな~と思いました。子供の頃はその上を裸足で走り回ってたと、地元のガイドのおばあさんが話してくれました。
 美術館の中で展開されているのは、解体された三島由紀夫のお屋敷の家具や建具を生かした柳幸典さんのスケールの大きな作品。廃墟として残る近代化産業遺産に重なる三島のイメージ…。屋内の半円の大きな壁のまわりからは光が漏れ、さらにそれが床に敷かれた水に映って日輪のように円を描いているさまは、ものすごく美しかったです。

 美術館を出て、跡地をぐるりと巡ることができます。当時の煙突が数本残っており、うち何本かは今にも崩れ落ちそうで、廃墟感たっぷりです。ひえ~。 製錬所美術館のほかにも、島には集落の古い家屋(跡)に作品が展示されている「家プロジェクト」が展開されています。そこで、なんと!発見!「石職人の家跡」で、淺井裕介さんの作品を、初めて直接見ることができました! 敷地いっぱいを埋め尽くす淺井さんの絵。細部のひとつひとつがかわいいし、引いて眺めると、そこに壮大な物語が繰り広げられているようで。ほんとに魅力的な作品でした。今年はかなわなかったけど、来年こそは土で描かれた絵を見てみたい!!

アート待つ島

 今回の旅で特に楽しみにしていたのは、ベネッセハウスに宿泊すること。ベネッセホールディングスの福武總一郎氏が、直島を「現代美術によって世界中から人が集まる国際的な文化の島にしたい」という熱いで想いで安藤忠雄氏に依頼したプロジェクト、その最初の建物がこのベネッセハウスミュージアムです。島の南側、瀬戸内海に面したゆるやかな岬の斜面に建てられており、高台から空と海を臨む景色が抜群に素晴らい!

 ここは宿泊施設でもあり美術館でもある、館内にはたくさんの作品が展示されています。杉本博司さんの「海景」の写真作品がレストランの窓から見える屋外に展示されていたり、バスキアやサイ・トゥオンブリーの作品が、日光が差し込んで屋外に出られる扉がついている部屋に展示されてたりして、「い、いいのか…?」と思ってしまうぐらいの贅沢空間。何といっても、夕食も終わって就寝までのひと時を、ゆっくり美術作品を見て回ることのできる心豊かな時間よ!(宿泊者は22時まで鑑賞OK!)あ~、幸せでした。

 再訪となった直島、3度の「瀬戸内国際芸術祭」を経て、すっかりアートの島として定着し、今や多くの美術ファンを集めています。今回の旅でも、特に外国人の方々が多いな~と感じました。思ったより若い人は少なくて(時期的なものもあるか)、熟年の女性グループが多いのはちょっと意外でした。
 そして前回と大きく変わったのが、そのようなアートを提供する施設のスタッフに、明らかに島外から来たであろう若い人がたくさんいたこと。みんな、アートを愛していて携わりたくて来たのだろうなあ。なぜなら、どの施設でも、作品や作家について質問してみると、すごく詳しくいろいろなことを教えてくださったから。きっと、しっかり勉強もしているのでしょう、おかげで作品への視点が深まって、本当に良い体験となりました。

 直島への旅、最終日は本村の「家プロジェクト」へ。ここは前回来たときも巡っています。当時は写真を撮っている杉本博司さんが護王神社をつくった意味がわかっていなかったけど、今ならすごくよく理解できる。そしてジェームズ・タレルの南寺は、安定の(?)興奮体験。宮島達男さんの角屋では、きょうも水底で光るデジタル数字が時を刻んでいました。
 新しく増えていた作品としては、須田悦弘さんの「碁会所」。かつて島民が碁を楽しんだ場所を再現し、本物そっくりの椿の花の彫刻を畳の上に散らしている。吹きっさらしのその部屋で、椿の花はコロコロところがるそうだ。その部屋の前の庭に、本物の椿の木が。ほころび始めた花を見て咲きそろったときを想像し、その対比の美しさに感動!ここでは、島民のおじさんが説明してくれました。とても作品を愛していたし、誇らしげだったな~。
 それから大竹伸朗さんの「はいしゃ」も初見。前日に入湯した銭湯「I ❤湯」もですが、これまで外から眺めていた大竹さんの作品の中に入れたとあって、コーフン体験。銭湯は特にトイレがよかったですね~。思わず「ギャー」と叫んで鏡のまわりのコラージュをすりすりしてしまいました。銭湯でも地元のおじさん、おばさんが親切だったなあ。

 思うに、芸術祭の喧騒を経ていくごとに、ますますこの島のアートが堅牢になっていくような気がします。しっかり地元に溶け込み、そこに住む人たち、移り住んできた人たちの手によって支えられている。祭りが終わっても消え去ることなく、島に根をおろす作品たち、そして訪ねていけば、いつでも待っていてくれる、また会えることの安心感。このような魅力ある場所は、本当に唯一無二であり、福武さん、安藤さんの功績はものすごく大きいなと感心しました。
 2泊3日アート三昧、夢のような時間を過ごした直島への旅。いつまでも心を暖めてくれる思いを胸に、また会いに行ける日を楽しみにしていよう!

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