一番長い夜だから
「私、冬季鬱なんです」
目の前の彼女は言った。
「冬季鬱?」
突然彼女が放った単語は聞き馴染みがなく、思わずオウム返しで聞き返す。
「朝起きるのがつらいんです。一度家を出てオフィスに入ればなんてことはないんですけど、家に帰って夜になると、ああ、疲れたなあって。それでまた次の日の朝も起きるのが辛くて。でも、春になるにつれて徐々に大丈夫になっていくんです。本当に冬の間だけ。なんなんでしょうね」
よく晴れた冬の日。
空は青いのに気温は低く、風の強さも相まって厳しい寒さを感じる。
そんな日の昼下がり、彼女との会話で思い出すのは、かつての恩師の言葉だった。
「秋から冬になると、どんどん気が滅入っちゃうじゃない?」
ちょうど冬の入り口の季節。
元気のない友人の相談をしていた時だったと思う。
「落ち葉が散ってさ、日が暮れるのもどんどん早くなっちゃって。それと一緒に暗い気持ちになっちゃうのよ。大丈夫、春へ向かうにつれて明るくなって、花も咲いて、きっと元気になるわよ」
ああ、あれは冬季鬱ってやつだったのか。
今までそれと認識していなかった現象に名前がついた。
そして、ただ冬が苦手なだけだと思っていた私も、実は彼女の言うそれなのかもしれない。
紅葉が終わりを告げるのを待たずして、周りはイルミネーションに囲まれるようになった。
夏場はまだまだ明るかった時間には日が暮れ、光が灯り始める。
燃えるような色とりどりの葉が散った後の季節は、いつも少し苦手だ。
「1日が随分早く終わっちゃうような感じがして、何か損した気になっちゃいますよね」
彼女は憂鬱そうに愚痴を溢した。
キラキラ輝く眩しい光が街を照らす。
華やかなはずなのに、こんなにも寂しく感じるのは何故なのだろう。
今日手袋を忘れてしまったからなのか、
大人数で集まることができないからなのか、
家に帰っても誰もいないからなのか、
ただ、あなたが隣にいないからなのか。
ビル風が強く吹く。体の末端がが冷たい。
行き交う人々の声や車の音、お店の賑わいが冷えた耳を通り過ぎる。
温もりは、こんなにも遠い。
でもきっと大丈夫。
今日は1年の中で一番長い夜だから。
今日が終われば、明日からは少しずつ明るくなっていくはずだから。
永遠の眠りにつけてしまいそうな今日は、いつもより早く布団に入ってあたたまろう。
大丈夫、きっと元気になる。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?