羽を下ろして 足を染めて
「鳥の目と、虫の目の両方を持ちなさい」
かつての恩師が言っていた。
社会を上から見る鳥の目と、現場を見極める虫の目。
その両方を持つことが重要なのだと。
確かにその通りだと、頭で理解してからもう何年経っただろう。
私の仕事は、人と人を繋ぐ仕事だ。
働く人間として詳しいことはあまり言えないが、
働きたい人と働き手を募集している企業をうまく繋ぐお仕事だ。
人が足りなくて困っていた状況が改善された。
「良い人を紹介してくださってありがとうございます。」
見違えるほどいきいき働いてくれている。
「おかげさまで楽しく働いています」
そう言ってもらえるのが何よりのやりがいだ。
その仲介はきっと私でなくともできただろう。
でも、私が介在できて良かった。
そう思える瞬間があるから頑張れる。
私の仕事は、人と人を繋ぐ仕事だ。
企業の課題や困ったことを解決する大事な仕事だ。
働きたい人のお仕事を探す大事な仕事だ。
物事がうまく進めば、皆が幸せになれる。
企業も、働きたい人も、私も。
うまくいかなくなった時、矢は一斉に私の方へ向く。
企業からの要望がある。
働いている人の言い分がある。
上司からの指示がある。
全員の間に、私が立つ。
いろんな方向への矢印を適確に判断して動かなければいけない。
誰か一人の味方だけをしてはいけない。
全員に対して中立でないといけない。
時に相手に対して嘘をつき、
時にことを収めるために思ってもいない言葉を口にし、
時に自社の利益を優先するための判断をし、
時に自分の意思に背いて上司の指示に従う。
そんなことを繰り返していると、
本当に正しいことが何なのかわからなくなる。
「あなたは優しすぎるから」
先輩は言った。
「責任感を感じすぎて、しんどくなってないかなと思って」
そして、こう付け足した。
「ダメならダメで仕方がないから、切り替えて次に行こう」
私の仕事は、人と人を繋ぐ仕事だ。
ひとつの企業の収益や存続に関わる仕事だ。
ひとりの人間の「生きる」に直結する仕事だ。
数ある企業の中で、自分に仕事を依頼してくださった方々の期待に応えたいと思う。
私が扱う商材はモノではなく人だからこそ、疎かにしてはいけない部分があると思う。
一企業に属するものとして、従わなければいけないこともあると思う。
いろんなものに挟まれて、身動きが取れなくなって、
自分の意思も、大事にしたいことも、ありたい像も、
犠牲にしなければいけなくなることがある。
いっそ何も考えずに割り切ってしまえばラクなんだろう。
でも、そうやって生きてしまって、
今の仕事を取り上げられてしまったら、
一体私のもとに何が残るんだろう。
一体私は何者だというんだろう。
「あなたは優しすぎるよね」
旧友は言った。
「褒め言葉じゃないよ」
そして、こう付け足した。
「でも、そのままでいてほしい」
「鳥の目と、虫の目の両方を持ちなさい」
空を飛ぶように社会を俯瞰的に見ていただけのあの頃よりも、
晴れの日も雨の日も、暑い日も寒い日も、泥に汚れても、茂みをかき分け地べたを歩く、今の方がずっと難しい。
そんなことを考えながら訪れた神社で引いたおみくじには、こんなことが書かれていた。
緑なるひとつ草とぞ 春はみし秋は色々の 花にぞありける
生まれたての赤ん坊はなんの汚れもなく淨らかなもの。言わば白紙である。それが長ずるに従って種々の色に染まってゆく。互いに人の良い所を取り己れの短を補う様努めるならば世の中はまるく治まる。
少し、頑なになりすぎているのだろうか。
これから、自分の長所を大事に生かせるだろうか。
短所は補っていけるだろうか。
私は、何色に染まっていくんだろう。
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