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【エッセイ】水を抱く

江國香織先生の作品に『きらきらひかる』という小説がある。アル中の妻と、恋人のいるホモの夫を描いた恋愛ものだ。その作品中に出てくる、「水を抱く」という言葉がどうにも忘れられない。悲しい響きだと思う。何も掴めない、しかし夫には妻がいるのであくまで空気ではなく水なのだと私は解釈している。

英語にも似た言葉があるのだろうかと、Hold waterと検索をかけてみた。 

Hold water 
(1) 〈容器などが〉水を漏らさない.
(2) [通例否定文で] 〈理論などが〉筋道が立つ, 完璧(かんぺき)である. 

確かに漏れのないことを完璧と言うだろう。
しかし、日本語と英語とではこんなにも違うのかと呆然としてしまった。そして勝手ながら私には日本語のその言葉が持つ静かな悲しさを、英語の同じ単語で言い表せないもどかしさに納得がいかないのである。

それならば、と「水を抱く」という日本語を検索にかけてみる。すると私は酷く驚愕した。なんと端からそんな言葉は存在しないのである。検索に引っかかるのは同じタイトルの小説と、きらきらひかるの作品レビューだけだった。

たった4文字で掴みきれない虚しさを表現するちょうど良い響きの言葉を、なんと江國香織先生はつくってしまったのだ。
全くこれだから、私は江國香織先生のファンにならずにはいられない。



《参考文献》

weblio 英和和英辞典
https://ejje.weblio.jp/content/hold+water

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