吉岡 雨

生活や恋を書いています。短編だったり、エッセイだったり。好きな小説は「東京タワー」と「…

吉岡 雨

生活や恋を書いています。短編だったり、エッセイだったり。好きな小説は「東京タワー」と「通天閣」

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【短編小説】オールドファッション

静かに眠る彼の二の腕が冷え切っていたので、私はそっと毛布をかけた。寒いと感じたら、彼が無意識のうちに毛布の中に潜っていくことを私は知っている。それでも私はそうせずにはいられない。 こういう些細な衝動は愛からくるのだろうか。だとしたら、愛は押しつけがましいものだ。 目が覚めた時には彼はもう起きていて、ケータイを見ながらコーヒーを飲んでいた。7時15分。アラームが鳴ったのは15分も前のことだったらしい。 「もう起きてたのなら起こしてくれてもよかったじゃ ない」 「いやあ

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      • 【詩】せかい

        あたし言葉や文学が好きなんじゃなくて、ただ夢の中で生きていたいだけなのかもしれない。 他人が書いた詩や小説で泣くのはあたしが馬鹿だからなのかもしれない。他所様の世界に身を委ねて、何処かへ運ばれて、最後の一文字を見送った後はすっかり元に戻ってしまって。 他人が他人の書いた世界で生きているものなんだと信じたいのよね。あの人は甘ったるいデザートを口に含んだままで、あの人はカメラを海に向けたままで、あの人は小さな部屋にこもったままで。 彼らだって現実の中で目覚めて、コンビニで買

        • 【短編小説】マダム

          時給千円、九時から十八時まで、 パチンコ台を組み立てるアルバイト。 正しくゆっくり動く、とても長いベルトコンベアに流される透明色の大きな機械のような物を、正しくゆっくりと作り上げていく仕事。 一人ひとり役割は違って、アース線をフックに引っ掛ける人、穴にネジを入れる人、天井から吊るされた機械でネジを締める人、カゴから部品を一つ取り出して機械にはめ込む人、等がいた。多分四十人ほど。 各々のそれに徹することだけが仕事だった。 マダムは私とは違う線を、それまた違うフックに引っ掛け

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        【短編小説】オールドファッション

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          【エッセイ】新年だもの

          新年のやる気の満ち溢れ方 あれがいつの間にか消滅してまた年末に「来年こそは」と意気込む。その繰り返しだなあともはや苦笑しながら、それでもやっぱり新年だから、と書くことをしています。 明けましておめでとうございます。吉岡雨です。 立派に安定した大人に見える人たちばかりが相互だからって安心して弱音をTwitterの小説アカウントに平気で書き込んでしまう、いい大人になってしまった吉岡雨です。 何回か見たビリーアイリッシュのインタビュー動画で、彼女は過去の自分に 「DON’T PO

          【エッセイ】新年だもの

          【エッセイ】はちみつの優しさが分からない

          タリーズのハニーミルクラテを注文した。シロップのよく知っている甘さではなくて、もっと複雑で優しい味が欲しかったから。 はちみつは何度口にしても、絶対に想像と違う味がする。チューブに入っている定番のアレの、喉に刺さるような甘さが私は好きではないし、背伸びして買う瓶入りのものも、思っていた香りと違うなと毎度思う。私が思うはちみつは、どの花の蜜から作られるのだろう。 カウンター越しに店員さんがはちみつをくるくると絞って仕上げたのを目の当たりにしたのに私は、ストローでかき混ぜること

          【エッセイ】はちみつの優しさが分からない

          【エッセイ】今日は絶対に定時で退勤するから

          雨、目黒駅。 行く約束をしていた東京タワーの展望台も、数日前から食べたいと二人で嘆いたモスバーガーも終わってしまう。駅までを走って、駅からも走っても閉店作業は見届けられるが、客になるには間に合わない。それくらいの時間。 この日、もう4月だというのにあたしはインナーに薄手のヒートテックを選んで出かけていた。 夜の東京タワーが見たかった。 だけどあたしは、ねえ、とメッセージを打つ。 この雨じゃ今日じゃない方が賢明かもしれない、と。今日は絶対に定時で退勤するから!と友人が強

          【エッセイ】今日は絶対に定時で退勤するから

          短篇小説「天使の林檎」解説

          テーマ:生活 モチーフ:林檎、天使 語り手:三人称(全知全能)、一人称(主人公) (焦点は1段落目が神目線、2段落以降が主人公と神の両方) 文体:文学的(母スタイル) セリフと語りの割合:1:9 批判:生きることが必ずしも正しいとは言い切ることができない。自分以外の人間の生に執着することはエゴである。他人(自分以外の人間を指す)への精神的依存からの解放。 影響論:江國香織 本作品におけるテーマは「生活」です。そして一人の女性が生活の中で、彼女なりの地獄と向き合う過程を描きま

          短篇小説「天使の林檎」解説

          【短編小説】The Angle’s Apple

          ママと、幼稚園と、真っ赤な林檎。 それがハルの好きなもので、ハルを取り巻く世界の全てだった。 ハルは精神科の勤務医である猪俣晴(イノマタ ハル)から取って名付けられた。ハルは毎日幼稚園から帰って来ると、自ら制服を器用に脱いで部屋着に着替える。柔らかい綿素材で作られたピンク色のセットアップに、母親がうさぎのアップリケを付けた。母親が買ってきた安い衣料販店の服は、すぐにハルのお気に入りとなった。着替えている間に母親が林檎を剥いてくれるのを、ハルは知っている。 「お着替えが終わ

          【短編小説】The Angle’s Apple

          【エッセイ】ニベアソフト

          香水の強く香るところ。わざわざ無差別に自己主張をしたくない私はあまり得意ではない。ガラスやフォルムの美しさにはとても惹かれるのだけど。そんな私も香るもの自体は大好きなので、もっぱらハンドクリームを使っている。因みに今の一番のお気に入りは、クナイプのネロリの香りのハンドクリームだ。記憶が正しければネロリとは、オレンジの木から採れるオイルのことである。 しかし私の中での安定は、ニベアソフト。 なんと中学生の頃から愛用している。親友とお揃いで買ったニベアソフトの、蓋部分に合わせて

          【エッセイ】ニベアソフト

          【短編小説】お姫様の鏡

          ガラスの器に移したヨーグルトに、砂糖をスプーン山盛り二杯分も加えてしまってから手を止めた。 「ヨーグルトにこのくらいたっぷり砂糖を加えるだろ」 「で、溶けるまでひたすら混ぜる」 久しく聞いていない声が蘇る。 目の前にマーマレードの瓶を置いたにも関わらず、あたしが器に入れたのは大量の砂糖である。 いつも、晴人のヨーグルトを作ってから自分の方にマーマレードを加えていた。 だからだ。もう一人分しか必要ないのに。 朝から甘ったるいヨーグルトを何とか食べ切ったところで、やっ

          【短編小説】お姫様の鏡

          【短編小説】バルコニーも付けてね

          「好いた男から愛されなくなったら、二人で家でも建てて仲良く死んでく?」 あはは、とマリーは笑った。マリーは本当は鞠恵(まりえ)というのだけれど、いつもMARIEというクッキーを食べているから、あたしは彼女をマリーと呼ぶ。 「建てるならいっそ庭付きね」 話に乗ってくれたマリーに、”そう、バルコニーも付けてね”と、あたしはそう言いたかった。バルコニーさえあればガーデニングやらバーベキューやらプールやら、家でもできることがうんと増えるものだ。洗濯物だって太陽をめいっぱい吸い込

          【短編小説】バルコニーも付けてね

          【短編小説】ぬるいプリン

          落とした気分を拾ってもらって、冷めた身体を温めてもらって、私はどんどん彼にのめり込んでゆく。 この遣る瀬無い感覚にすら、恋は私を酔わせてゆく。 エレベーターの中は、いつも無言だ。 さっきコンビニで買ったプリンが入った袋が、微かに揺れている。その音が耳に障るくらいの静けさ。 だけど手を繋いでいるのだから、間を持たせる言葉は必要ないのだ。 部屋に入ると彼は、いつも通り先にお風呂を譲ってくれた。だけど彼は知らない。身体の隅々まで完璧に綺麗にした私が、広いベッドに薄着でた

          【短編小説】ぬるいプリン

          【エッセイ】かわいい、の呪い

          幼馴染の幼少期の容姿が、元モーニング娘。の加護ちゃんにそっくりだと古い写真を見て気付いた。つぶらな瞳と、笑うときゅっと上がる小ぶりな口元。肌も髪も透き通っていてあれは確かに可憐と言える。彼女が大人になった今でもそれは変わらない。 幼馴染に向けられる沢山のかわいいを、肯定も否定もすることなく、ひたすら聞いていないフリをして幼いながらにやり過ごした記憶がある。隣にいる幼馴染が可愛い、可愛いと言われるのは、何も言われていなくても自分が可愛くないと言われているのと同じだった。 実際

          【エッセイ】かわいい、の呪い

          【短編小説】冷たい人形

          「お願い、ドアは閉めて」 彼女がこれを言うのは多分100回目だし、僕がほんの数センチだけ残して寝室のドアを閉めるのも多分100回目だ。怖がりな彼女は隙間があると落ち着かないのだと言う。理由は誰かが簡単に入って来れそう、というものだ。実際寝室のドアに鍵はついていないのだから、少しくらい開いていても 誰 か が入って来るとしても大した違いはないと僕は思う。けれどもあの数センチを埋めるだけで彼女が安心して眠れるのなら、200回目を言われても、面倒くさがりな僕でも癪には触らないはず

          【短編小説】冷たい人形

          【エッセイ】水を抱く

          江國香織先生の作品に『きらきらひかる』という小説がある。アル中の妻と、恋人のいるホモの夫を描いた恋愛ものだ。その作品中に出てくる、「水を抱く」という言葉がどうにも忘れられない。悲しい響きだと思う。何も掴めない、しかし夫には妻がいるのであくまで空気ではなく水なのだと私は解釈している。 英語にも似た言葉があるのだろうかと、Hold waterと検索をかけてみた。 確かに漏れのないことを完璧と言うだろう。 しかし、日本語と英語とではこんなにも違うのかと呆然としてしまった。そし

          【エッセイ】水を抱く