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ソニー・ロリンズ『テナー・マッドネス』 

ゲスト・ミュージシャンの参加が売りに見える不思議なアルバムがソニー・ロリンズにあります。ソニー・ロリンズ・カルテットの『テナー・マッドネス』です。

『テナー・マッドネス』は1956年5月24日に録音されている。プロデューサーはボブ・ワインストック。場所はニュージャージー州ハッケンサックのルディ・ヴァン・ゲルダーのスタジオです。

メンバーはカルテットなので4人。ソニー・ロリンズ(テナーサックス)とレッド・ガーランド(ピアノ)、ポール・チェンバース(ベース)、フィリー・ジョー・ジョーンズ(ドラム)。リズム・セクションはいわゆるマイルス・デイビス・クインテットのメンバーです。ここにジョン・コルトレーン(テナーサックス)が1曲のみゲストで参加しています。

私の持っているCD(ビクター音楽産業が発売。VICJ-23502)とレコード(東芝EMIが発売。LPR-8880)のジャケット見比べると、ともにジョン・コルトレーンの名前は印刷されています。けれども、CDはコルトレーンの名前の下に「guest」と小さく表記されていますが、レコードにはありません。音楽に関するデータベースサイトDiscogsで『テナー・マッドネス』を検索しジャケットを見ると「guest」と印刷されたジャケット画像が多数ありました。なぜでしょうか。

🟠『テナー・マッドネス』の録音前

『テナー・マッドネス』は1956年5月24日の録音。その数週間前にマイルス・デイビスをリーダーとするマイルス・デイビス・クインテットはマラソン・セッションと呼ばれる録音を行なっています。
1956年5月11日と10月26日の両日に20曲以上の録音をし、後年プレスティッジレコードより数年にわたり収録曲をバラバラにして『クッキン』、『リラクシン』、『スティーミン』、『ワーキン』と4枚のレコードとしてリリースされます。プロデューサーはボブ・ワインストック。場所はニュージャージー州ハッケンサックのルディ・ヴァン・ゲルダーのスタジオです。『テナー・マッドネス』と同じ環境です。

1955年秋にマイルスはソニー・ロリンズをクインテット参加に誘うもののロリンズは参加しなかった。もしマイルス・デイビス・カルテットに参加していればマラソンセッションのレコーディングをしていたかもしれません。その代わりにドラムのフィリー・ジョー・ジョーンズがマイルスのもとに連れてきたのがジョン・コルトレーンです。

5月に録音された曲は『ワーキン』と『スティーミン』に大半が収められ、10月分は『リラクシン』と『クッキン』にほぼほぼ収録されています。

5月のレコーディングの様子をマイルスはこう語っています。

とても長くかかったし、演奏もものすごかったから、このレコーディングのことはよく憶えている。全部ワン・テイクで、録り直しは一つもなかった。ちょうどクラブでやっている雰囲気でレコーディングしたんだ。            マイルス・デイビス/クインシー・トループ 中山康樹訳『マイルス・デイビス自叙伝1』宝島社文庫

マイルスの語りからマイルス自身とクインテットが音楽的に充溢していたことが伺えます。ということは、ソニー・ロリンズの『テナー・マッドネス』も5月のマイルス・デイビス・クインテットの雰囲気の中にあるのかと言うと、本アルバムから聞こえてくるサウンドは『ワーキン』や『スティーミン』とは違うように感じます

ソニー・ロリンズのフレージングとそれに寄り添うリズム・セクションの音楽です。もっと感じるのは「テナー・マッドネス」とほか収録4曲にも違いがあります。本アルバムは『他の4曲』とボーナストラック「テナー・マッドネス」とした方が音楽的にスッキリするような気がします

🟠「テナー・マッドネス」

アルバムタイトルでもあるソニー・ロリンズのオリジナル曲でジョン・コルトレーンが参加しているのが「テナー・マッドネス」です。

テーマの提示後にソロ演奏が続きます。テナーサックス、ピアノ、ベース、ドラムです。

各ソロが終わるとソニー・ロリンズとジョン・コルトレーンのテナーサックスが一体的な演奏を続けます。ひとりでは出来ないだろうという長さでクリアでクリーンなサウンド。驚くほどたくさん量の音符。

ドラムのフィリー・ジョー・ジョーンズのドラミングを聞いていても、ここはロリンズが吹いているからリズムを変える、コルトレーンだからというフィルを入れるチェンジもしません。一定のパターンで叩き続ける。ベースもひたらすら同じ4ビートを繰り返します。

演奏が進むにつれてどちらが演奏しているか知れずテナーサックスの音色が聞こえる。テナーサックスの無限演奏。ここにマッドネスと後年のロリンズとコルトレーンの長いソロ演奏スタイルのはじまりを予感させます。

🟠その他4曲のひとつ「世界一美しい娘」

マッドな一曲に対して、「恋人が行ってしまったら」、「ポールズ・パル」、「マイ・レヴェリー」、「世界一美しい娘」のその他の4曲はエレガントさを柱とします。力が抜けたスムースな演奏です。

特に「世界一美しい娘」のテナーサックスの流麗なフレーズを聞いていると、秘訣はリズムセクションの刻みであることに気がつきます。テナーサックスは間を保ち、リズムセクションはけっして派手なフレーズを使わず一定を保つ。テナーサックス奏者のスタン・ゲッツとはロリンズはフレーズの揺れ方が違います。

🟠不思議な1956年の春

振り返るとソニー・ロリンズは1956年3月から5月のあいだに当時最高のバンドであった、クリフォード・ブラウン=マックス・ローチ・クインテットで『ソニー・ロリンズ・プラス・フォー』、マイルス抜きのマイルス・デイビス・クインテットと『テナー・マッドネス』の録音をしています。

 バンドリーダーであったマイルスもローチもロリンズに参加を促しました。結果的にローチのクインテットに入ります。録音という点からすると共演となっているところが不思議な所だと思います。

『ソニー・ロリンズ・プラス・フォー』は超インタープレイとジャズ・ワルツのはじまり。『テナー・マッドネス』では後年の無限演奏のはじまりとエレガントなテナーサックス。ソニー・ロリンズの多彩な才能が垣間見えます。

アルバムSonny Rollins Quartet,Tenor Madness


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