マガジンのカバー画像

君の手をとるその日のために~暁善の国と夜羽の国シリーズ~

8
運営しているクリエイター

記事一覧

君の手をとるその日のために「第8話」~君の手をとるその日のために〜

君の手をとるその日のために「第8話」~君の手をとるその日のために〜

 意識がかすんでいく。近くで自分に声をかけている人の存在は分かる。きっと大声で声をかけているのだろう。けれどもその声は、もやにかかっているように遠い。血を口から吐き出しながら、彼女が向かった先とは別の方向を示す。救護以外の人は慌てて走り出していく。そうだ、勘違いしろ。これで凛子が無事に逃げおおせればいい。秋山にとって、何よりも彼女の無事が第一だった。
「おい! しっかりしろ……!」
 秋山に声をか

もっとみる
君の手をとるその日のために「第7話」~生きて~

君の手をとるその日のために「第7話」~生きて~

 昨日と今日、秋山のやることが多くなっている。
その原因は簡単なことだ。雨が止んだためである。
黒電話はそれまでと打って変わって頻繁に鳴り、山に登れるよう、作業が随時進行していることが伝えられた。
もう少しですよという蓮河原の真面目で明るい声が、胸に棘のように刺さった。
「はい……ありがとうございます。待ってます」
 蓮河原へ伝えた言葉に、うまく感情が乗っていただろうか。
自分の本心を悟られずに済

もっとみる
君の手をとるその日のために(第6話)~それは儚く消えゆくモノ~

君の手をとるその日のために(第6話)~それは儚く消えゆくモノ~

 この世には侵してはいけないことがあると思っていた。
けして暁善の国では大統領に逆らってはいけないし、治安警察は絶対の正義だから立ち向かってはいけないし、敵と恋に落ちていいのは、禁忌の物語だけだ。
 それなのに、自分は……自分は今、どんな感情を抱えている?

 派手な水音が響く。しとしとと昨日よりも弱くなる雨の中で その音はひどく乱暴に聞こえた。秋山は水の張った桶で顔を洗っていた、冷たい水が頬を叩

もっとみる
君の手をとるその日のために(第5話)~自覚~

君の手をとるその日のために(第5話)~自覚~

 顔をあげられないことがある。
どうしようもない恥をかいたとか。
情けないものを見られてしまったとか。
弱みを見せたんじゃないかとか。
その三つが同時に来てしまったのだ、翌日の朝食を食べるときは秋山は顔をとてもあげられなかった。
 凛子もそんな秋山に気を使っているのかわからないが、何も言わない。
ただもくもくと食べている。せめて笑ってくれたら、感情が高ぶって何もないのだが。
 外はまだ雨が降ってい

もっとみる
君の手をとるその日のために(第4話)〜竜の涙は落ちる〜

君の手をとるその日のために(第4話)〜竜の涙は落ちる〜

「本、本を、読む……」
 秋山は意を決せないまま、客間であぐらをかいていた。
とりあえずどの本を読むのかは今日中に決めることになり、先に凛子が自分に協力してくれることになった。
お陰で湯浴みをした後の着替えも確保することができた。布団の場所も教えてもらった。最初凛子は一人で布団を引き出しをしようとしていたが……。
「結構重いじゃないか、女の手では余る」
 秋山はそう言って自分でやることにした。時間

もっとみる
君の手をとるその日のために(第3話)~2つの条件~

君の手をとるその日のために(第3話)~2つの条件~

 終わったと思うことがある。
酒の席の失敗に、思わぬ失言、その他諸々。今、秋山に訪れたのは、逮捕するべき人物の前で盛大に腹を鳴らしたこと。
女は目を瞬かせる。
「今の音……」
「ぁ……」
「秋山殿は本当に空腹なのですね」
「違う、そんなことはない!」
「ここにきて否定するとは……あなた、相当に頑固ですね」
「はあああ、犯罪者が私を分析するな!」
「私は別に悪いことをしたつもりはありませんわ おか

もっとみる
君の手をとるその日のために(第2話)~腹が減っては戦は出来ぬ~

君の手をとるその日のために(第2話)~腹が減っては戦は出来ぬ~

女は手錠で手首が痛んだらしく、濡れタオルで手の赤みを引かせようとしていた。
秋山と女の間に会話はない。当たり前だ、話すことなどないし、何より相互の立場はあまりに違っていたのだ。
片や反逆者で片や反逆者を取り締まるもの。しかもこの女は五年も逃げ続けてきた人間だ。
 秋山からすれば同じ人間だと思うのも厳しい。女も秋山を話す必要のない人間だと思っているのだろう。
貝のようにむっつりと黙り込んでいた。六畳

もっとみる
君の手をとるその日のために(第1話)~大雨の中、女と二人~

君の手をとるその日のために(第1話)~大雨の中、女と二人~

 どしゃぶりの雨が、平屋の外でごうごうと降っていた。雨はたった一時間前から降り出していたが、その雨量は尋常ではない。平屋の前にある川は大きく氾濫し、家屋と山道をつないでいた橋を、引きちぎるように流してしまったのだ。この事態、全く想定していたものではない。現状の報告をしようと思ったが、黒電話の奥から聞こえる音はツーツーという電子音だけだった。どうにかして相手に連絡を取りたいのに何とも言えない状況、そ

もっとみる