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◇12. 突然の行き先変更

郊外の公共図書館に期限付きで採用され、その後、期限付きで2回契約を更新している間に、同僚ベンテの定年退職が近づいてきた。

ベンテは66歳。40年ほど図書館司書として、成人部門、子ども部門で長年働いてきた人だ。「もう私は十分働いたからね」と、清々しい様子で退職を宣言するベンテ。楽しそうに辞める準備をする様子を見ながら、彼女が辞めるということは、そのポジションに募集がかかるのかもしれないとぼんやり思っていた。

ベンテとは1年半ほど一緒に働いてきた。児童サービス部門の色々な仕事を教えてくれて、ここでやっていけるかもしれないと、わたしに少しずつ自信を持たせてくれたのもベンテだった。同じ部門で働く60代の男性イェンスも気さくでとっても良い人だし、この図書館で働き続けられたら嬉しいだろうなという思いもあった。だからもし募集がかかったら応募したいと思うようになっていた。

そんな折、子ども部門のチーフと人事担当の副館長が募集要項を発表した。仕事内容を見ても、もうすでに自分がやっている内容ばかりで、これなら応募できるし採用してもらえるチャンスもあるなと思ったわたしは、自分の思いをカバーレターにしたためて、市のホームページから正式に応募した。

デンマークの自治体に属する組織では、新規採用時にその組織内で「採用選考委員」が数名選ばれる。図書館のようにそれほど大きくない組織では、館長(またはそれに準ずる代表者)と数名が委員となり、応募者の履歴書などにアクセスして、書類選考、面接日程などを決めていく。採用される部署で働いていても、自分が選考委員でなければ、採用プロセスの詳細を知ることはできない。わたしも自分の働く部署のポストに応募していたけれど、自分以外にどんな人が応募しているかといった情報は一切知らせてもらえなかった。

結果からいうと、このポストにわたしは選ばれなかった。書類選考は通過し、面接に呼ばれて、いつも一緒に働いている人たちの顔を見ながら、これまでやってきた仕事、得意なこと、ここで正規採用された際にやりたいことなどをたくさん話し、その場の雰囲気は決して悪くはなかったけれど、結果は不採用だった。

不採用は面接のあった日の夕方遅く、副館長から電話で知らされた。ショックだった。1年半以上働いてきて、地域のことも少しずつ分かってきていたし、学校にも出入りして、子どもたちとも顔見知りになりつつあった。だからここで期限なしで採用されれば、長期的なプロジェクトにも取り組める。そんな気持ちで、希望を持って挑んだ面接だった。だから、ここはもう終わりなんだという現実をすぐ飲み込むことができず、悲しさとともに呆然とした気持ちで力が抜けていった。

それでも、翌日は仕事にいかなきゃいけない。仕事は仕事。そう自分に言い聞かせ、いつものように出勤すると、何となく後ろの方から視線を感じた。ちらりと周りに目をやると、同僚たちが遠目からわたしを見ていることに気がづいた。目を合わせて、ダメだったんだーというサインを送ると、かれらは次々にわたしのところへやってきた。

「聞いたよ。ダメだったなんて信じられない!」
「一生懸命やってる様子はみんな知ってるのに」
「なぜ他の人でないといけないのか理解できない!」

ひとりが口を開くと、また後ろから別の同僚がやってきて優しい言葉をかけてくれる。さっきまでは「仕方ない」と、ただその現実を受け止めるために歯を食いしばっていたのに、こうして次々に優しい言葉をかけられると、ぎゅっと閉じた心がするするとゆるんでいく。気がづくとわたしは泣いていた。

涙がこぼれはじめると、同僚たちは、もうじっとしてなんていられないよとばかりに、わたしの肩に手をまわし、「大丈夫だよ」「あなたの力はわたしたちが一番よく知ってるんだから!」「上司はばかだよほんとに!」と言いながら、何重にもハグをしてくれた。強いハグ。ギューッと、気持ちのこもった、熱いハグが、前から後ろからたくさんやってきた。

そして「っていうかさ、こんな仕打ち受けて、なんで仕事に来たの!?こんなの病欠級だよ。もう帰っていいよ、上司には伝えておいてあげるから!」と怒り出す人までではじめた。「そうだよ、もう帰りな!」と何人もの同僚に言われながらも、さすがにそれはまずいでしょと、少し冷静になり、クスっと笑ってしまう。そして、この人たちと一緒に働けて、ほんとにありがたかったなと思ったのだった。

この後、上司からは不採用の説明を受けた。そして採用された人の実績などを知り、わたしとしては納得もいったし、今の自分の経験値ではその人に追いつくことは無理だから、仕方がなかったんだなと、残念ながらも受け入れることもできた。

********

その日から数週間経ったある日、ここでの契約もあと2か月で終わりというタイミングで、わたしのもとにある一通のメールが届いた。図書館の近くにある学校の校長先生からだった。

「うちの学校図書館で、来月末から産・育休に入る先生がいるのだけれど、彼女がお休みの間うちで働きませんか」
メールには短くそう書かれていた。
驚いてベンテに見せると、
「まぁ、なんてこと!最高じゃない、さわぐり。おめでとう!」と目を丸くして驚きながら、ベンテはわたしにハグをしてくれた。

こうして、わたしの次の行先は突然決まった。


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