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クーラーの効いた部屋で彼女とイチャイチャ工作する夏休み


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夏休みが始まって一週間、毎日休みだという高揚感から解放され、なんとなく朝起きて学校行っていた日々から朝起きても学校に行かずに自宅に居る事に飽きて、友達と一緒に遊びに行ったり、遠出を計画したりするのだろうが、高校一年生の俵積田直道(たわらつみだなおみち)は夏休み前に受験で勉強ばかりだった去年の夏休みと違い、高校一年の夏休みは大好きなインドア趣味を満喫しようと決めていた。
直道は手先が器用なのでプラモデルを作ったり、工作したり、楽器を弾いたりするのは大好きで、インドア趣味は得意な直道はいつも気がつくと手を動かして何かを作っていた。
なので夏休みという可処分時間をおおいに与えられている環境ではやりたい事があり過ぎて、結局選んでいるウチに時間が過ぎて、夏休みの後半に課題に追われるという事を小学校・中学校で繰り返していたので、高校生になった最初の夏休みは計画的に、有意義に時間を過ごそうと考えて親からのお下がりのパソコンで計画表を作ろうと表計算ソフトを立ち上げたが、気がつくとオンラインゲームを初めてランク維持に一日潰してミッションをこなしてしまい、計画表作りは諦めてしまった。
やはりこういう手を動かす趣味は本能の赴くままやった方が良いのだとは同じく多趣味の父親の言葉を思い出した。計画に思いつくままに行動する。その結果一気に取りそろえたキャンプ道具が家中に溢れることになり、母親に邪魔だと怒られて処分したのはついこの間だった。
だから家族揃って外に出かける予定も無く、母親も仕事していて、大学生の姉はアルバイトと遊びで殆ど家に居ないので家には直道と妹の小道だけが日中家に居る。
思いつくままに行動しようとして父が買った小さい太鼓を組み合わせた打楽器、ポンゴを叩いていると中学生の妹、小道が五月蠅いとドアを開けて部屋に入って来て軽蔑の眼差しを向けてくる。
ギターや電子工作で作ったエフェクターなど色々な楽器を演奏したいが、妹が居るので楽器は諦めることにしたので他のことをやる時間ができた。だから音を鳴るべく出さずに、部屋でなにか工作するのが良いのではと直道の夏休みの予定は大雑把に決まったのだが、直道の甘い目論見は初めて出来た彼女によって崩れる事になった。
今日は何をしようか朝起きて家族と朝食を済まして、すぐに部屋着のポロシャツに着替えて部屋を綺麗に片付けた。
夏休みに入ってから、ずっと部屋が片付いているのは土日を除いて毎日部屋に直道の彼女がやって来るからだった。
元々部屋に物が多くて、漫画や雑誌を買い集めてるので部屋には荷物が散乱していたのだが、夏休みに入ってから彼女が毎日遊びに来るので、流石に汚い部屋で迎えるのは悪いと思って毎日掃除機を掛けている。
自分がこんなに綺麗好きだったとは知らなかったが、毎日部屋の掃除をしているので母親に褒められてしまった。
直道には高校で知り合った彼女が居た。
手先が器用なオタクで、どちらかと言うと自分の世界に閉じこもる事が多い直道に彼女が出来たのは周囲には驚きを持って迎えられた。
さらにその彼女が誰が見ても眉目麗しい美少女だという点も驚愕に値し、告白も直道からではなく彼女から告白された。
女の子との浮ついた話に縁が遠かった直道には初めて出来る彼女との付き合い方に悩むというか、悩む前に何をすれば良いのか分からなかった。
付き合うってどういうことなんだろう?
片付いた部屋で腕を組んで悩んでいるフリをしながら直道はとりあえずなんとかなるか、なんとかするしか無いと思った。そんな風に毎日自問自答を夏休みに入ってから繰り返している。
ふと直道が時計を見ると時間は朝の十時になるところだった。
まずいと直道は自分の部屋から出て玄関に向かおうとすると、ちょうど家に誰かの訪問を告げるチャイムが鳴った。
夏休みに入っていつも同じ時間に鳴る家のチャイム、いや夏休み最初の日は九時に鳴ったので、すこし早いかなと直道が言ったので十時になった。
慌てて直道は家の狭い階段を降りて、玄関の鍵を外して扉を開ける。
そこには直道の彼女、同級生の駒城静華(こましろしずか)が立っていた。
「おはよう直道君」
「おはよう静華さん」
艶やかでボリュームのある髪、綺麗に流れる前髪、長い睫毛が重そうな瞳で無表情に直道を真っ直ぐに見つめていた。
シルエットも美しいが何度見ても大きくて綺麗な瞳だなあと直道は静華の瞳に見取れてしまったが、すぐに恥ずかしくなって視線を下げた。
静華の服装は白いポロシャツとチェックの膝上のスカートを着て小さなトートバックを両手で持っていた。
今日は夏のスクールファッションという感じの落ち着いた服装だったが、昨日は黒と暗めのピンクのフリルもりもりのシャツ、黒いスカートの地雷系ファッションだった。その前の日は白い上品なワンピースで白かった。豪華だったり、フワフワだったり、白だったり黒だったりピンクだったり、髪型もツインテールだったりサイドテールだったり毎日美容室に行ってるのかなあと思うくらいファッションもメイクも変わっていた。
なので今日は今まで一番地味な格好で家に来たので直道はどう応えて良いか分からずに固まってしまった。
「直道君」
「なっなに?」
「どうしたの?」
「えっああごめん、外暑かったでしょ早く家の中入って」
少しだけ頭を下げて静華は家の中に上がる。
いつ見ても玄関に腰を落としてから靴を脱いで、綺麗に揃えてから家に上がる動作が綺麗だった。
地味な格好していても、お嬢様のような丁寧な仕草は変わらなかった。
あんまり自分の家のことを静華は語らないので、ハッキリと分からないが多分お家はお金持ちで、優雅な暮らしをしてるのかもと直道は思った。
「あっなんか今日は地味な格好だね」
青いシャツとショートパンツの肩口で黒い髪を揃えて利発そうな女の子がリビングのドアから廊下に半身を出していた。
「小道、余計な事は言わない」
悪びれた様子もなく、妹の小道(こみち)は直ぐに顔を引っ込めた。
夏休みに初日に家に静華が来たとき、小道が大きなリボンがついたブラウス着た静華が家の前に立ってるのを見て「なんかお姫様みたいな人が家の前に居る」っと怯えながら確認しに来た事を直道は思い出した。
「変だったかしら?」
「いや、そんなことは無いけど」
「昨日はもう少し動きやすい格好した方が良いと直道君が言ってたから、普通の部屋着にしてとお願いした」
静華は自分の少し体を捻って自分の服を見た。
「妹の事は気にしなくて良いから、とりあえず部屋に行こうか?」
静華は妹の小道に頭を下げて、直道に続いて二階に上がっていく。
狭い階段を上がると、三つ子供部屋が並んでいて、その真ん中が直道の部屋だった。
「飲み物持ってくるから待っててね」
「いつもありがとう」
直道は照れながら一階の台所へ飲み物を取りに行く。
直道の部屋は大きな窓が一つあって、隣の家が見えた。
ベットは廊下側に小さなロフトがあって、そこで寝起きをしている。
ベットがない分部屋の中は広いはずなのだが、大きな本棚や床には折りたたみ式のプラスチックコンテナなどが重ねられていたり、ギターが置いてあったりモノが多い。
机の上には工具箱やパソコンなどいろいろなものが乱雑に並んでいた。
何度来ても物が多い部屋だった。
「お待たせ」
静華はそんなに待ってないと思ったが、水筒に入れた麦茶とグラスをお盆の上に乗っけて直道が戻ってきた。
「今日も外は暑かったでしょ?」
「うん、暑かった」
毎日同じことを言っているなあと直道は思ったが、実際に家の外は毎日猛暑と呼ばれる日々だった。
「クーラーもうすこし強くする?」
「このままで良い」
そうかと直道が納得して、部屋の真ん中に置かれたテーブルの上に麦茶を置いた。
「外はめちゃくちゃ暑いね」
「うん」
「毎日来てもらって悪いね」
「直道君の部屋に私が来たいだけだから」
夏休みに入って毎日静華が直道の家を訪れるのは静華からの提案だった。
付き合い始めてもどこか行くとか何がしたいとか自分から言って来なかった静華から、自分の部屋に来たいと言われた時は驚いたが、やりたいことがあるならと、もともと夏休みをほとんど態々暑い中外に出ずにクーラーの効いた部屋で過ごそうと思っていたので、彼女の方から家に来てくれるのであれば楽かもしれないと思った。
だが、まさか本当に飽きずに毎日家に来て、ほぼ朝から夕方の彼女の門限まで二人で一緒に過ごすというのは中々の濃密な夏休みの時間の過ごし方だ。
今日は地味な服を着ているが、それでも静華は綺麗で外を歩いていれば誰もが興味を持って目線で追いかける。
学校でも色々とその見た目から注目を集めるが、よく話す友達もおらず、いつも目元が重そうに一人で机に座って過ごしていた。
直道はそれなりに友達がいるので、休み時間には誰かと最近やったゲームの話とか、見たアニメや動画の話をしたりする。
静華にはそういう誰かと何かを共有したいという欲求がなさそうに見えた。
だから静華から付き合って欲しいと言われた時は何かの冗談だと思った。
いや、今でも冗談だと思っている。
高校生まで女の子と付き合ったことも無いし、他人の恋愛事情にも自分の異性への興味もあまり湧かなかった。
だからこんな美少女が自分の家に毎日来てくれるのは何かの冗談だと直道は思っていた。
でも静華は毎日来て、一緒に夏休みの課題をしたりゲームをしたりしてる。
「直道君?」
「なに静華さん?」
「今日は何やるの?」
部屋の真ん中に設けたテーブルの前に正座して座る静華は直道より目線が高かった。
「あっそうだね、きょうは何やろうか・・・・・・」
「課題は持ってきた」
静華は白い無地のトートバックに夏休みの課題一式を持って来ていた。
「そうだね今日は課題から片づけてもいいかもね」
夏休みに朝起きて最初にすることが課題というのは健全すぎる感じがしたが、不健全なことをするために自宅に来てもらってるわけではないので、まあ課題からやるかあと直道は立ち上がって、窓横に備え付けてある勉強机の上にある課題を取ろうとした。
だが机の上には勉強道具、教科書や参考書といった類の物はなく、作りかけの模型や工作道具でうまっていた。昨日課題一式を退かして夜に工作を始めた為、机の上は工具箱や材料で埋もれていた。
「あれ昨日どこにどかしたんだっけなあ?」
まだ机の上探している直道を見て、ふと静華は立ち上がって横に立つ。
「これなに?」
立ち上がった静華が机の上にあった四角い木箱を指す。
木の箱の中には木箱の底面を壁に見立てて立てられていて、中には小さなテーブルと椅子が備え付けられ、そこへ小さな服を着たデフォルメされた動物が座っていた。
「ああこれ、シルバニアファミリー用の部屋のミニチュアをガチャの昭和なつかしレトロフィギュア喫茶店編のテーブルと椅子を組み合わせてお店を作ってみたんだ」
よく見るとテーブルは昔の喫茶店にあったゲームができるテーブルで、インベスターゲーム画面のシールが貼ってあった。
外には青と白の喫茶店と書かれた電飾の看板も置かれていて、それなりの雰囲気が出ているミニチュアの喫茶店ができていた。
椅子もソファーのような大きなものが二つテーブルを挟んで並び、昭和初期の平気で客が煙草を吸ってそうな店内の雰囲気の中、小さな可愛らしい服を着た動物の人形が置かれているのは何だか変な感じがするが、静華は面白いと思ったのかまじまじと見ている。
「小物入れの木箱にこうやって百均で売ってる壁紙を内側に貼って部屋の感じをだして、小物を並べるとそれっぽいジオラマになって面白いでしょ?」
長い髪を掬いながら静華は直道が作ったシルバニアファミリーのミニチュアハウスを覗き込む。
「もともとシルバニアファミリーは妹が昔買ってたんだけど、最近僕の方がハマってるかも」
妹はもう中学生なので遊んでるわけではないが部屋にまだ飾ってある。
直道は小さなシルバニアファミリーの人形をたまに出来が良いなあと感心しながら買ってきてしまう。
「静華さんは小さい頃シルバニアファミリーとか買ってた?」
「シルバニアファミリーって何?」
「えっ知らない?小さい動物の人形でシリーズ化されていて、色んな小物とかたくさん出ていて集めるの凄く楽しいんだけど・・・・・・」
驚いてる直道に静華は知らないと首を振る。
この日本にシルバニアファミリー・シリーズの人形を知らない子が居るのかと直道は驚いた。
「そっか、昔からあってねシルバニアファミリーの人形、妹の部屋に大きなシルバニアファミリー用の家があってよく一緒に遊んだなあ。その家に戦車に人形乗せてスターリングラードの攻防戦だって突っ込ませて遊んだりしてた」
「戦車もあるの?」
「いや、それは僕の作った田宮の戦車に乗せて、よく妹に戦車で突っ込むなって怒られたなあ」
静華には全く意味が分からなかったが、何だか兄妹で創意工夫して人形遊びをしていたようだった。
「良くできてるわね」
「そうかなあ」
こういうミニチュアの部屋とかは既に売って居るものを買って遊ぶのだろうけど、直道は色々な物を組み合わせて作ってしまう。
「静華さんはお人形遊びとかしなかった?」
「あんまりしたことない」
「ぬいぐるみとかは?」
「持ってない」
「部屋に何があるの?」
少し考えてから静華は答えた。
「机?」
それ以上は聞かずに直道は静華があんまりそういう女の子っぽい遊びをしているイメージが無かったが、本当にしてないのには少し驚いた。
「そうか、なんだか静華さんらしいね」
直道は笑いながら話を流したので静華も特にそれ以上の事は言わなかった。
「直道君は本当に凄いね」
「何が?」
「こんなお部屋を作れるなんて」
「いやあ、もっと精密に作れてる人いっぱい居るし、たまたま百均ショップ行けばこの材料使えるかもとか試してみたら面白くなってきて止まらなくなっちゃった」
「自分で作ろうとすること自体凄い」
「まあ、欲しいから作ったと言うよりは手を動かしてたらいつの間に出来たというか」
照れながら直道は机の上に置いてあったシルバニアファミリーのスカートを履いたウサギの女の子の人形を持って、作ったミニチュア部屋の椅子の上に置いた。
「面白いかなってね」
木枠に作られた小さな部屋に、昭和レトロな喫茶店の情景を作りそこに子供向けの人形を並べてみる。
マジマジと静華が覗き込みながら見てるので、なんだか直道は照れくさかった。
「なんか変かなこんな物つくってるのって?」
「変かも」
「そうだよね変だよね」
「私だったら作ろうと思わない。だから凄いと思う」
人形遊びをしたこと無いという静華にとって、人形用の家を自作するなんてことは考えも付かないことだった。ましてや自分で部品や材料を買って組み合わせるなんて事は思いつかない。
「直道くんは本当になんでも作れるんだね」
「なんでもってそんな・・・・・・」
「この前もテレビゲームの動かすの自分で作って凄いなあって」
「アレこそ別に部品を買って来て組み合わせただけだよ」
テレビ台の上には直道が電子工作部品を組み合わせて作ったアーケードコントローラーが複数台置いてあった。
しっかりと作り込まれてシールが貼ってあるものや部品取りに使われたのか、レバーやボタンが外れて残骸になったものまである。
「コントロール用のラズベリーパイ買って、よくわかんないけど電線とボタンとレバー繋ぎ合わせるだけだから簡単で誰でも作れるよ」
「ゲームやったことあんまり無かったけど、まさかゲーム機作るところから始めてる人が居るなんて思わなかった」
「まあ普通は買うんだろうけどね、格ゲーブームで品薄でどこにも売ってなくて、調べてたら自作方法が書いてあって試してみたら意外と簡単で面白いというか・・・・・・」
作れるのを知っていたとしても普通は後込みするが直道は好奇心の方が勝るので、すぐに部品を買い揃えた。
意外と簡単に動くがそれでも高校一年生の素人工作なので上手く結線できてなかったりして動かないので、ボタンとレバーを収める箱には百均で売っているプラスチックの書類用のケースを使った。
これだったらプラスチックの留め具を外せば中が簡単に開いてメンテナンスし易いし、柔らかいプラスチック製なので加工もし易くて良かった。
すぐに一台完成したが、偶に格ゲーをやりにくる姉の為にもう一台作ると、妹もあまりゲームをやらないのに欲しいと言ってくる。
自分の分も含めて三台も作るとこなれて来て、今では学校内でアーケードコントローラーが入手できない人間が直道に作ってくれと人伝手に頼んでくるようになったので、部品代と少しの手間賃を貰って作りまくったので結構儲かった。
基本的にプログラムの入った小さなコンピューターに結線して箱に穴を開けてレバーとボタンを取り付けていくだけなので、時間さえあればできるものなのだが、みんな直道に作るのをお願いしてきて、直道としては手を動かせば作れるのにと作業賃分のお金勿体ないと思ったのだが、静華の言う通り自分で作るという選択肢を普通の人は持たなかったみたいだ。
「あっでも静華さんゲームやった事なかったのに、格ゲー凄く上手かったよね?」
「そう?」
夏休み最初の日に直道の部屋に来た時に、部屋で何をするのか考えた結果、とりあえずゲームでもやると小学生みたいな提案をしたら、静華は言われるがまま説明を受けながら対戦格闘ゲームをしてみた。
最初の日は殆ど何もできずに静華は負け続けたが、負け続けても悔しいとか感情を表に出さず、淡々と静華は操作を覚え続けて、段々とゲームになり始めた。
三日目には完全に必殺技コマンドを覚えて、飛び道具からの対空技の基本的な動作を完璧なコマンド入力でミスなく迎撃できるようになった。
攻めあぐねる直道が痺れを切らして突撃してくると迎撃技からの連続コンボを決められて殆ど勝てなくなった。
ゲームをしているとき背筋を伸ばして、身体を微動だにせずに顔色変えずに淡々とゲームをする静華を見て、教室で見る横顔と全く同じ姿だった。
綺麗な横顔に見とれると同時に、なぜ静華はこんなにも落ち着いて居られるのだろうか?
普通、ゲームをやってたら少しは感情を剝き出しにする。大きな声を出したり、唇を噛み締めたりするのが当たり前だ。だけど静華は何も感じてないようにじっと対象を見ている。
それは感情を殺してるとか意識的にやっている感じもしない。感受性がなくてどう感じていれば良いのか戸惑ってる感じもしない。ただ冷静に見ている、分からないものを訝しむわけでも、ましてや呆れたり憐れんだりしてる訳でもない。ただ興味が湧かないのでそのまま見ている感じが直道はした。
だから凄く眼がいいからか、静華の眼は大きく光を蓄えている。
ハイライトが大きく、ガラスのような透明度のクリアパーツで出来ている気がする。
「どうしたの直道君?」
「ああごめん、見惚れてた」
「何に?」
「うん、まあ自分的にこのミニチュアハウスはよく出来てるなあってね」
思い出の中の静華の瞳に見惚れていたとは言えずに直道は誤魔化そうとした。
「直道君の手は面白いね」
「僕の手」
「だって色々なもの作れる」
この前プラ板を削っていた時に指先を切ってしまったので、絆創膏が貼ってある自分の手を見る。
静華の白く綺麗な指先と比べるのも申し訳ない気がした。
「学校でね直道君の手を見たとき面白いと思った」
「僕の手が?」
「私が学校で座ってたら急に顔の前に手を出してきたの覚えてる?」
「そんなことあった?」
「私が教室の中で溺れそうになった時に、直道君の手が見えたんだ」
「溺れる?」
「偶にね、周りの音が聞こえなくなって目の前がボンヤリ見えなくなる時があるの」
「病気なの?」
「分かんない」
静華は首を振った。
「人がたくさん周りに居ると、たまにそんな風になるんだけど直道君はなったことある?」
「僕はあんまりそういうことはないけど、確かに人が多いと面倒だなって事はあるけど・・・・・・」
「教室の中で色々な子が色んな事をしゃべっていて、私にはどれも興味がなくて、どこにも引っかからない感じでなんだか教室で溺れそうになった時にね、直道君の手が見えたんだ」
昼休みの教室で、誰にも声掛けられる事もなく静華は椅子に座っていた。
周りに興味が持てなくて、ただ椅子に座っていた。
笑いもせずに、クラスの環に入ろうとしない静華をみな遠巻きに見ていた。
静華も周りに何かを期待する事無く、椅子に座っていた。
だからクラスの中で浮くというより沈んでいた。自分だけがクラスの中から深い沼に入り込んで消えてしまうような感覚だった。
「駒城さん大丈夫?」
静華の顔の前で直道が手を振る。
隣の机から手を伸ばして、直道は静華の顔の前で手の平を向けて上下に振った。
「なんか具合悪いの?」
静華は首を振る。
「ボーっとしてたからさ、気持ち悪かったら保健室行く?ひとりで行けるかな?」
「うん、大丈夫ありがとう」
その日から直道が隣の席に座ってる事に静華は気が付いて意識をし始めた。
クラスメイトで隣の席に座ってるだけの男の子の事が気になるようになった。
声を掛けられるまで、名前が直道という事も知らなかったのに、急に気になったのだ。
その日から何を見ても興味が沸かなかった静華は、隣の席の直道の手をよく見るようになった。
よく見ると、直道はいつも教室で手を動かしていた。
最初に目の前で直道の手を見たとき、絆創膏が貼ってあって他にも小さな傷が見えた。
そんな傷が多い手で、授業中に漫画の落書きをしたり休み時間も絶えず何か絵を描いたり工作している。
言葉は少ないのに、いつも手は忙しそうに動かしていた。
見れば見るほど直道の手は見ていて面白いと思った。
だから静華から付き合って欲しいと告白した。
学校以外の時間でも直道の手をみていられるようにと、自分から何もしない静華が唯一の決断だった。
「この部屋はいつも直道君の作ったもので溢れてるね」
直道は自分の部屋だから自分のモノで溢れてるのは当たり前だと思った。だけど静華の部屋はそうではないのかもしれない。
母親にいつも部屋にモノが溢れていて汚いから片付けなさいと怒られている。姉の部屋も服に溢れてるし、妹の部屋もぬいぐるみが沢山ある。
本が好きな人だったら部屋には本棚がギッシリと埋まるだろうし、部屋は自分の好きなもので溢れてるのだろう。
「部屋にものが溢れてるのも片付けるの大変だよ」
「いつも片付いてる」
「それは静華さんが毎日来てくれるから片付けてるだけだよ」
「そうなの?」
「おかげで片付ける癖がついた」
なんだか気が付くと部屋で立ったまま二人は会話をしていた。
「そうだ、今日はなんか一緒に作ってみる?」
「なにを?」
直道はロフト下の壁際のクローゼットに近づいて扉を開ける。
そこは本来服などを入れておく場所なのだか、床から上まで大小様々なプラモデルの箱が重ねてあった。
「これさあ、まだ作ってないプラモデルの箱なんだけど好きなの選んで作ってみようよ」
「私が作るの?」
「うん、簡単だよ」
「作った事ない」
静華は首を横に振った。
「ニッパーでランナーから部品外して組み立てるだけだよ」
「色々なプラモデルがあるのね」
直道の積んであるプラモデルの箱は直道らしく新旧の戦闘機や戦車、艦船などミリタリーものから、日本の城など色々なプラモデルが並んでいた。
「凄いたくさんあるのね」
「お父さんからの貰いモノも多いんだけどね、作り掛けのヤツとかもあって・・・・・・」
「女の子の形したものもあるのね」
「ああそれは美プラだね」
「美プラ?」
「美少女プラモデルの事だよ」
本物の美少女に美少女プラモの説明をするのは意外と恥ずかしいなあと直道は思いながら、ゆっくりと美少女プラモデルの箱を上の方に持ち上げて静華の視界に入らないようにする。
「この星のマークの付いてるプラモデルのヤツとか作りやすいよ」
直道は作りやすいことで定番のある田宮模型のプラモデルを進めた。
「乗り物のプラモデルなのね」
白い背景の箱絵の十六式機動戦闘車に静華はあまり興味がなさそうな感じがした。
「これは?」
「こっちはガンプラのザクだね」
「ガンプラ?」
「そう、ガンダムのプラモデル」
「ガンダムって?」
「昔からやってるアニメ、観たことない?」
静華は首を横に振る。
「そのガンダムってアニメに出てくる敵のMS(モビルスーツ)がザクでね、ジオン軍の最初の量産型MSなんだ」
「モビルスーツってなに?」
「この人型の兵器の名称で、この中に人が載って宇宙とかで戦うんだ」
積プラの山の中からザクⅡの箱を取り出してみる。
「これは人の形をしてるのね」
静華には飛行機や戦車、艦船模型よりは形が分かりやすかったのか、ザクの箱を手に取った。
「他にもガンプラあるけど・・・」
積プラの中には作り途中のニュー・ガンダムやスペリオル・ガンダムなど部品が多い物が残っていた。
「初めて作るんだったら確かにそれが良いかも」
「私にも作れる?」
直道は胸元で手を握ったり広げたりした。その動きを観てザクの箱を持ちながら静華はキョトンとする。
「手を動かせば必ずできるよ、そういう風に出来てるんだプラモデルは」
静華も片手を上げて手のひらを直道に向けて広げて見せた後、握ったり開いたりしてみせた。
「こう?」
「そうそう、準備運動終わり」
直道は嬉しそうに机の上にあるニッパーの入った透明のプラスチック工具箱を取り上げて掲げる。
「今日はガンプラを作ろう!」
「課題はやらないの?」
ザクの箱を持っている静華の冷静な問いに、直道は工具箱をゆっくりと自分の机に降ろした。
「今日のノルマの分の課題が終わったらガンプラ作ろう!」
直道が手を挙げて盛り上げようとしたが、静華は乗って来なかったが両手で持ったガンプラを体に引き寄せて直道に微笑んだ。
「直道君なんでエアコンの温度下げたの?」
ノリで手を挙げた恥ずかしさと静華の笑顔の不意打ちに急に顔が熱く感じたので冷房を強くしたとは直道は言えなかった。
直道の妹の小道には夏休みに入ってからずっと疑問に思ってた事があった。
「直道君、入らない」
「大丈夫ゆっくり入れるから」
「痛くない?」
「最初は怖いかも知れないけど大丈夫、僕が見てるから・・・・・・」
静華の小さな肩に力が入る。
「うん」
小さな声と同時に手に持っていたザクの腕のパーツがピッタリと合わさる。
「出来た」
「おめでとう、これで右腕が完成だよ」
静華は大きく喜んでる分けではないが、それでもいつものような人形のような表情ではない。微妙に顔の筋肉を動かして、表情を作り出そうとしている。
「どうしたんだ小道、つまらなそうにして」
「なんでもない・・・・・・」
両腕で頬杖をつきながら小道は付き合いだしたカップルを見た。
兄の直道は平均的で目立つパーツは無いが、大学生の姉に顔に吹き出物を作るなと洗顔やスキンケアの手解きを受けて身嗜みに気を使わないオタクなのに不潔な感じはない。妹からの身内評価で中の中、一般的評価だったら中の下という感じだ。
一方の静華の方は飛び級の美少女だった。きめ細かく光を浴びて輝く肌、長く艶やかな髪、切れ長の目尻に大きく輝く瞳、高い鼻、小さくて柔らかそうな唇。どれをとっても一級品のパーツが、隙間無く綺麗に組み合わさっていた。
「やっぱりバンダイのプラモデルはパーツの合わせ目が綺麗だなあ」
小道はなぜ兄はこの完成された芸術品のような静華の顔を眺めずに、彼女が作ったプラモデルの方を見ているのか不思議だった。
「よく動くのね」
肘の部分を動かしながら、静華は感心していた。
「ホントによくできてるよね」
高校生のカップルってこんな部屋でザクの腕動かして喜べるものなのかと小道はあきれた。
昼にご飯を食べに居間に来たとき、これから何すんの?と一緒にご飯を食べている小道が二人に聞くと。
「今から静華さんと僕で力を合わせて作るんだ」
という直道の少し興奮した宣言を聞いて咽せてしまった事を小道は思い出した。
「さあ同じように今度は左手を作って」
「手と足は同じ物を二つ作るのね?」
「そう、艦船模型ばっかり作ってる友達がガンプラは同じ部品を左右両方作るのがめんどくさくてつまらないって言ってた」
同じ砲塔や機銃座や艦載機を作る方が同じ作業を繰り返してるような気がしたのだが、直道の友達はそれこそ自分が軍需工場となってお国のために学徒動員でがんばってる苦痛が味わえて良いと言っていた。
「人は左右対象にできてるのね」
「そうだね、そのほうが設計図を反転させるだけで作れるから効率的なんだろうね」
特に関心する様子もなく、静華は左腕のパーツを切り離す為にランナーとニッパーを持った。
「そうそう、二回刃を入れた方が綺麗に取れるよ」
直道の方を向かずに静華は無心にパーツが付けられたランナーへニッパーの刃を入れていった。
クーラーの効いた涼しい部屋にニッパーでプラスチックを切り落とす音が聞こえた。
ふと直道は静華がニッパーの刃を入れる姿が、華道みたいだなあと思った。
「お兄ちゃんなに見とれてるの?」
「えっ別にみとれてるわけでは・・・・・・」
静華が手を止めて何か変だったか?っと聞きたそうな顔をしていたので、直道は別に変じゃない、上手く切り取れてるよと弁明した。
安心した静華はまたニッパーで部品を切りはずした。
「お兄ちゃんたちいつもこんなことしてるの?」
「こんな事ってなんだよ」
「二人でプラモデル作るだけなんて楽しい?」
小道はため息を付きながら聞く。
「なんだよ急に部屋に入ってきて文句なのか?」
直道はそれでも小道には甘いので部屋から出ていけとは言わなかった。
「お兄ちゃんはプラモデル作るの得意だけど、彼女さんは本当に楽しいのかなあって」
小道は静華の方を見ると、特に表情も変えずに淡々と作業をしていた。
「これが楽しいのかわからない」
ニッパーで部品を切り落とす作業をしながら、静華が答える。
「でもなんだか手を動かすっておもしろいね直道君」
「そうだね」
静華が真剣に見つめながらニッパーを入れると左腕の最後の部品が切り離されて机の上に落ちた。
一心不乱に切り離されたパーツが机の上で転がっている。
少し考えてから静華はパーツを持ち上げて組上げようとする。だが、ザクがどんなものかも知らない静華にとってはただのパズルにしか見えない。
「あっこっちの二の腕をパーツを最初に・・・・・・」
直道が手をだそうとしたとき、小道が睨んでくることに気がついた。
「部品を説明書と向きを合わせて見てみるとわかりやすいかも」
直道は言葉だけのアドバイスでお茶を濁した。
説明書の存在を思い出した静華はパーツと比べながら部品を組み合わせていく。
一つ一つの作業はゆっくりだが、確実に腕の形ができあがって来る。
直道と小道は二人でジッと静華のしなやかに細く、綺麗な指先に触られている緑色の成形色で出来たプラスチックのパーツを見ていた。
パチン、パチンとパーツが組み合わさる度に固唾を飲んだ。
「これは肩なの?」
トゲの付いた左肩パーツを最後に付けると、ザクの左腕が完成した。
静華は誰に聞くわけでもなく完成した左腕を最初に作った右腕の横へと対になるように置いた。
確かに同じ物を二つ作っただけなのだが、両腕がそろうと人の形が見えてきた気がして顔を上げた。
「よかったー」
直道と小道が手をたたいて喜んでいた。
そのとき初めて直道と小道は静華の頬に赤く咲くのを見た。
白く静謐な肌に人間らしい照れ笑いが静華の柔らかい頬を少しだけ染めていた。
「よーしじゃあ僕も何か作ろう、小道も作るか?」
「私はお兄ちゃんの手伝うよ」
「小道はニッパー入れるの雑だからなあ、任せるところが無い」
「ニッパー使う一番めんどくさいところ任せようとしないでよ」
「だって組むのが一番楽しいだろ?」
二人の会話をランナーからニッパーで部品を切り離す音が遮る。
「私、何が楽しいのかわからなかったんだけど・・・・・・」
ザクの太股部分のパーツを切り離しながら静華は語り出す。
「これは楽しい事なのかも」
窓からの光を浴びて逆光で出来た影を纏いながら、背筋を伸ばして胸を張りながら静華はランナーからパーツを切り離していく。
凄く集中してるので今の静華だったら悪戯しても気が付かないかも知れないなあと直道は思った。
「じゃあ僕も作りかけのHi-νガンダム作ろう」
そういって床に置いていた箱をテーブルの上に置いて直道も作り始めた。
なんでこんなに綺麗でかわいい人がお兄ちゃんの彼女なんだろう?
小道はずっと不思議で兄はからかわれているだけなのではないかと思ってた。
だが二人で仲良くプラモデルを作ってるのを見て、見かけは全然違うのに中身は案外同じなのかもと思った。
そんな風に昼過ぎから始まったガンプラ作りは無事に静華の門限時間の前に終わった。
塗装は窓明けると暑いのでしなかったがデカールを貼って完成させた。
「出来たね」
直道の部屋の真ん中に置かれたテーブルの上には緑色のザクが仁王立ちしていた。
静華と直道は肩を並べて見ていた。
机の横で二人を見ていた小道は変な二人だなあと思った。
「ありがとう直道君、楽しかった」
勉強道具一式を入れたトートバッグを持って静華は立ち上がった。
どうやら帰り支度を始めたらしい。
「これ作ったやつ持って帰らないの?」
直道は机の上に立っているザクを指差した。
「これは直道君のモノでしょう?」
特に執着も無さそうに静華は言った。
「これは静華さんが作ったザクだよ、もう僕のザクじゃない」
「でも買ったのは直道君だから」
「積んでただけのプラモデルだから、せっかく作ったんだから持って行ってよ」
直道がザクを持ち上げて、静華に差し出す。
直道の工作で傷だらけの手と静華の細くしなやかな指先が触れる。
「良いの?」
「それともこっちのシルバニアファミリーのミニチュアの方がいい?」
勉強机の上にあるシルバニアファミリーの人形が飾ってある小部屋のミニチュアを指差す。
「あのお部屋は妹さんに作ってあげたんでしょ?」
「いや、そういうわけでは・・・・・・」
自分で楽しくて作ってただけだったので直道は恥ずかしくなった。
小道も作りたくて作ってただけなのは知っていたから、欲しいとは催促はしなかった。
ただ直道が作った小物シリーズはいつの間にか自分の部屋に来ていた。
「それじゃあこの人形を部屋に飾るね」
静華は手に持った緑色のザクを直道に見せる。
そうかと直道は頭を掻きながら愛想笑いをする。
「とりあえず箱に入れる?」
「このまま持って行く」
「付属パーツは?」
「武器とかは怖いから要らない」
ザクマシンガンもヒートホークもバズーカ砲も要らないのかと、直道はそれじゃあモビルスーツの飾る時に面白くないと思ったが、そもそも静華にとってはただ人の形をしているという理由だけで作った人形だから付属品なんか要らないのだろう。
「それじゃあ帰るね」
「じゃあいつもの通り玄関まで」
「私もお見送りする」
三人揃って直道の部屋を出て二階から玄関まで降りる。
夏休みの最初の日に直道の家に来た時は近くの最寄り駅まで送ったのだが、次の日からは駅まで来なくて良いと言われた。
「ありがとう」
玄関に付くと腰を下ろして靴を履いて静華は直道達の方を向いた。
「それじゃあこれありがとう」
静華はトートバックの口にザクの両脇を引っ掛けてぶら下げていた。
「なかなか新しいキャラグッズだね」
クラスの女子がバックに大きなぬいぐるみを付けたりしてるのを見ていたが、鞄にHGのザク付けてる子は居なかった。
「変なの」
小道は率直な意見を述べた。
「それじゃあ持って歩いて帰えろうかしら?」
静華はもう一度バックからザクを取り出して手にもった。
「あのさ静華さん」
「なに?」
「僕は毎日静華さんが来てくれて楽しいけど、静華さんは楽しいの?」
「正直まだよくわからない」
静華は眼を伏せながら手元の自分が作ったザクを見た。
「でもね、また明日も直道君の部屋に行きたいなって思う」
「僕は夏休み中ずっと部屋に居るからさ、いつでも毎日来てよ!」
「土日は私も家に居るけど、それ以外の日は毎日直道君の部屋に行きたいな」
「じゃあ明日も待ってるよ」
「うん、明日も来るね」
静華の笑顔はとてもフォトジェニックで花が咲いてるようだった。学校では見たことのない柔らかい表情を直道に向ける。
「じゃあ小道ちゃんもまた明日ね」
「明日はどんな格好で来るの?」
「また動きやすい服装用意してもらうわ」
「もう制服で来れば?」
「それは直道君が学校の事思い出すから嫌だって」
本当にそんな事言ったのと小道は直道を睨むが、直道は言ったかなあと首をわざとらしく捻っていた。
「それじゃあまた明日」
「バイバイ」
静華が踵を返すと小道が手を振った、つられて静華も手を振った。
振った手にはザクが握られていた。
扉が閉じるとき一瞬直道が声を掛けようかと手を伸ばしたが、扉がしまってしまったので直道はそれ以上は何も言わなかった。
「お兄ちゃん何か言いたかったの?」
「うん、まあ明日言えば良いよ」
見送ったあと直道は自室に戻ろうとした。
「お兄ちゃんに彼女が出来たら絶対変な人が来るんだと思ってた」
「酷いこと言う」
「でも想像以上に変な人が来た感じ」
小道がどんな想像してたのか聞いても自分が嫌な気持ちにしかならないと思ったので直道はそれ以上は聞かなかった。
「不思議ちゃんって事は無いんだけど、何か変だよねお兄ちゃんの彼女」
「そうかな?」
「お兄ちゃんは変だと思わないの?」
直道は少し考えてから急に笑顔になった。
「比べるものが無ければ、自分の事を変だとは思わないだろ?」
「どういう事?」
「静華さんは外見は僕と正反対だけど内面は凄く似てるような気がするんだ」
小道は直道と静華の二人で並んでプラモデル作ってる姿を思い出した。
二人とも自分のプラモデルを作るのに夢中で楽しそうだった。
「お兄ちゃん達上手くいってるの?」
「どっからどう見たってイチャイチャしてラブラブだろ?」
「私、その部屋に居たんですけど・・・・・・」
「イチャイチャしてたから小道の事に全く気が付かなったよ、痛て!」
小道は腹が立ったので直道のお尻を蹴り上げると、そのまま直道の部屋に駆け上がって、へやからシルバニアファミリーの部屋のミニチュアを取り上げて自分の部屋に持って行った。
帰り道、歩きながら手に持っていたザクを静華は見ていた。
駅の近くの道、すれ違う人が物憂げな静華の顔に見惚れて視線を奪われるが、なにかスマフォではなく人形を見ているのを不思議に思った。一部の、特に男性はなんで量産型ザクを手に持ってるんだと更に謎を深めた。
そんな周りの視線も気にせずに、静華はザクを見ながらふと立ち止まった。
そして手に持ったザクを道路に投げつけるポーズを取ってみた。
今まで何も執着せずに、着るものは家の人間に任せて、誰ともかかわらず、ただずっと穏やかに暮らしていた。
でも高校生になって同じクラスの男の子の手に初めて執着してしまった。
それは一目惚れに近く、静華には初めての感情だった。
何も執着しない。自分の空っぽの部屋に自分のモノが無いのが好きだった。
でも今日直道からモノを受け取ってしまった。いままでの自分だったら要らないと言っていただろう。
けど、いざ捨てようとすると自分で作ったものは何処か愛着が沸いて捨てられなかった。
直道君が作っていたプラモデルに比べれば静華の作ったザクはランナーから切り離したときに出来た出っ張りなどがあって綺麗ではない。
でも自分ひとりで作ったものが形になったのは嬉しかった。
夏休みに初めての体験だった。また明日直道君の部屋に行けば今までやった事の無いことが待ってるのだろうか?
クーラーの効いた部屋で二人で何か作るのはなんだか普段とは違う少しだけ鼓動が早くなって息が上がるのを早く感じた。
これが楽しいということなのだろうか?
よくわからないと思いながら静華はザクをトートバックの中にしまうことにした。
「あっ」
トートバックの中には小さなシルバニアファミリーのウサギの男の子が入っていた。
「この子も静華さんの部屋に連れて行ってあげてね」
ウサギの男の子にはテープで直道からのイラスト入りのメッセージが書かれた紙が付いていた。
物が一日で二つも増えてしまったので、静華は机の上のどこにザクとシルバニアファミリーの人形を置こうかと帰りの電車で悩む事になった。

END


あとがき


プラモデルが作れない。

いや、プラモデルは頑張れば誰だって作れる。

特に日本製の、それこそ世界中から買いに来るバンダイ製のガンプラや、田宮製のプラモデルだった誰だってニッパーとほんの少しの接着剤と時間とやる気があれば誰だって作れる、パーツがかみ合わない海外製のミリタリープラモデルとは違って説明書を見ながら根気があれば作れるハズだ。

だが僕がプラモデルを作れないのは箱を手にした瞬間「めんどくせえ」と思ってしまう弱り切った生命力のせいなのだろう。

今年の夏、甥っ子達とお台場にあるガンダムファクトリーに行って、小学生に入ったばっかりの子供にHGユニコーンガンダムを買ってあげたのだが、自分的にはまだHGは早いのでSDガンダムくらいからで良いのではないかと思ったのだが、後日作れたよと写真が送られてきて正直驚いた。

よくよく考えれば自分が小学生の時も、ちょうどZガンダムも始まりよくガンプラを作っては壊して、バケツ一杯にパーツを貯めてそこから新しいMSを作るなんてことをよくやっていたなあと思い出した。

丁寧に作るなんて考えない、色も塗らないでただランナーからパーツを切り離して接着剤をベタベタと塗り、形を作っていく。
バラバラのパーツが人型へと形になるころには本人にとっては満足いくもので、何か達成した感じがあった。

今の時代だったら幾らでも綺麗な作例が溢れて、多分自分が作ったバリだらけの、接着剤でベタベタの無塗装のガンプラはとても無残で、綺麗で精密に作られたガンプラとの写真を見比べて、劣等感を感じる前に世の中凄い人がいるなあと簡単に諦めてしまっただろう。

今となって買っても作るのが面倒だなあと、プラモデルの箱を見ても手が動かない、お台場のガンダムファクトリーで見た沢山のプラモデルを前にしても、自分の手を動かして組み立てようとも思わなかった。

この小説はそんな気分を入れながら、なんか夏休みをテーマにイチャイチャした話を書きたいなと思ったら、あんまりイチャイチャしなかった話になって、ニントモカントって感じですね。

さわだ







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