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デフレと限界効用(2015)

デフレ脱却と限界効用
Saven Satow
Apr. 01, 2015

「羊毛パットを2枚にすると、ひつじの量が2倍、涼も2倍になるという熟睡理論です。2倍!2倍!」
高見山大五郎

 毎月1日を迎えると、値上げのニュースが報道される。けれども、円安と消費税率アップ分を除くと、物価上昇は鈍い。黒田東彦日銀総裁は、2013年4月、2年以内のインフレ目標2%達成を目指し、いわゆる異次元緩和を実施する。しかし、その2年後の今、依然として実現していない。

 2度目の異次元緩和を実施した時点で、アベノミクスが失敗した海外のメディア・投資家は一般的に判断している。発行残高が急増した日本国債は、この2年間、格付けが下がり続けている。金融政策が失敗なら、総裁は責任をとるべきだろう。そもそも、強引に彼をポストに就けた安倍晋三政権のそれも問わねばなるまい。

 デフレは総供給が総需要より大きいために、物価が持続的に下落していく現象である。その対策の一つとして中央銀行による金融緩和がある。市中に出回る通貨供給量を増やし、その価値を相対的に下げて、物価を上げる。しかし、現在の日本でデフレ脱却に金融緩和は有効ではない。財・サービスの限界効用逓減法則が働いているからだ。

 途上国ではインフレがよく発生する。モノ不足が慢性的だからだ。

 途上国は外貨準備が小さく、自国通貨が弱い。輸入品は少なくて、価格も高い。しかし、すべてを国産品だけで賄うことは難しい。また、政府の財政規模も小さく、公共事業・公的サービスも限定的である。さらに、多産型社会であるため、人口や世帯が増加する。こうした状況から財・サービスは需要に対して供給が常に不足している。飢餓といった生命を脅かす危険と隣り合わせである。

 今日の日本はこの状態にはない。中央銀行が金融緩和を実施し、通貨供給量を増やしてデフレを克服しようとしても、効果は期待通りではない。日本はモノ不足どころか、余っている。高度経済成長を経験し、世界的な自由貿易体制に参加している。外貨不足の可能性は低く、人口も減少している。多くの国民が飢餓に陥る危険性もない。消費者は財・サービスは対して限界効用逓減の法則に従った満足感を抱いている。

 こうした状況下で金融緩和が実施されれば、マネーは資産投資に回る。株価や不動産価格が上昇する。けれども、財・サービスの限界効用を逓増させないので、物価は上がらない。資産価格は実体経済を反映せず、市場メカニズムの健全な機能が損なわれる。

 終戦直後のモノ不足の時期を除けば、政府がインフレ対策に頭を悩ませたのは石油ショックの時くらいだろう。興味深いのはトイレットペーパー騒動である。トイレットペーパーやチリ紙が石油危機のためになくなるという噂が巷に流れる。実際には十分足りているのに、慌てた消費者が小売店に殺到、買占めによって店頭から消えてしまう。モノ不足は実際にそうである必要はない。消費者が予想すれば、インフレにつながる。財・サービスへの限界効用が逓増すれば、インフレ期待が起きる。

 人間のすべての感情をあますところなく研究するうえで、精神科医の寝椅子に次いでうってつけなのは、おそらく現代のスーパーマーケットでしょう。それこそ、現代の政治家がスーパーマーケットへ出かけていって票集めをする理由だと考えられるのです。スーパーマーケットに立寄り、あるいはそこから帰っていく人びとは、それぞれ共通した不安にとりつかれており、そのためにこの危惧の念と関連ある政治の争点にきわめて敏感なのです。不況や景気後退のおりには、人びとはお金がなくなりはしないかどうか、この次に買物車を押すときには支払えるだけのお金があるかどうかを心配します。景気が過熱し、あるいはインフレのときには、人びとはこの次の買物では自分に買える品物がまだ残っているだろうかと自問するのです。
 スーパーマーケットでの不安の焦点は、貨幣にあります。貨幣こそは、人生における最大の不確実性の一つであり、ずっと昔からそうだったのです。他のどんなことにもまして、貨幣というものを理解するには、その歴史に通じていなければなりません。かつては単純だったものが、今や複雑になってしまいました。しかし、貨幣がどのように進化してきたかを見るならば、つまりその複雑さを歴史の流れにそって解きほぐしてみるならば、最後にあらわれた結果を理解するのはそうむずかしいことではありません。われわれはかなり容易に、貨幣が焦点となっている不確実性を見通せるのです。
(ジョン・K・ガルブレイス『不確実性の時代』)

 インフレ期待は物価上昇の予想ではない。モノ不足の予想、すなわち財・サービスの限界効用逓増の予想と考えるべきだ。

 資本主義に特徴的な不況は生産過剰である。それ以前は供給不足が原因だ。封建社会の主要産業は農業である。生産不足による飢餓の危険性がつきまとう。食料を代表に慢性的なモノ不足の状態だ。一方、資本主義は工業が発達し、供給過剰を招き、生産調整がしばしば必要になる。不足ではなく、余剰が悩みの種だ。

 こうして資本主義が進展していけば、成長はロジスティック曲線を示す。高度経済成長を経て安定期に入れば、財・サービスの限界効用は逓減していく。低インフレやデフレが常態化する。それは短期的な景気変動ではなく、長期的なトレンドである。長期的な展望が対策には必要だ。

 イノベーションや人口・世帯の増加は財・サービスの限界効用を逓増させる。デフレ克服には金融緩和以上にこれらに関する政策が有効だろう。それがうまくいかないから、デフレから抜け出せない。
〈了〉
参照文献
ジョン・K・ガルブレイス、『不確実性の時代』、斎藤精一郎訳、講談社学術文庫、2009年

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