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統合失調症の闘病記(2013)

統合失調症の闘病記
Sacen Satow
Aug. 20, 2013

「現実を受け入れ、自分たちにしかできない笑いを作る。統合失調症という病気は、いわば3人目の松本ハウスなんです」。
ハウス加賀谷

第1章 闘病記の希少
 その本の意義を最も理解しているのは精神科医や心理カウンセラーでしょう。2013年8月7日、コメディアン・コンビの松本ハウスが『統合失調症がやってきた』を刊行します。これはハウス加賀谷が患う統合失調症の闘病記で、相方の松本キックが当時を振り返る章も含まれています。この本はすでに話題となり、推薦文や紹介文も表わされています。しかし、それらの多くはその意義を十分わかっていません。なぜなら、統合失調症の闘病記は非常に稀だからです。

 今日、精神疾患の闘病記が少なからず出版されています。その執筆は、疾患の体験を言語化することですから、困難な作業です。それには自分自身を対象化しなければならないからです。心理臨床では、頭が整理できるからなどの理由で話すより書くことを希望するクライアントもいます。しかし、他者に自分の体験を書き表すのは概して骨の折れる作業です。

 一例を挙げましょう。露伴の次女の幸田文は、1947年、精神的不調に苦しめられます。彼女は、『父─その死─』の「菅野の記」(1950)において、当時の心理状態について次のように述べています。

 私は私で、かつて経験したことのない体つきになっていた。どうにも体がきびきびと動かない。たまに少し調子よく乗って来るときがあっても、自分の能力の極限まで行かないうちに、突然妙な不安に襲われて、──襲われるがぴったりあてはまる詞だった──集中しつくしてする状態になれなかった。
 はじめは考えても見回しても何の不安なのか、まるで見当もつかず、どうしてそう幾度も変なきもちになるのか不気味だった。張板にかがんだまま、はっとどきどきし、虎斑のようになってじりじり乾いて行く布を見ているとき急にこわいように居しかんだり、そんな時うろたえて立とうとすると眼がくらんだ。ある時ふと、その状態になっている間は心臓が非常に圧力をもって躍っているのに心づいた。不安から乱脈になるのではなく、いきなり心臓が躍りだして、直後に不安に襲われるもののようであった。精神の云うことを聴かないからだのけだるさも、故のない不安の原因も、心臓が弱くなったせいかと思えば一応はわかったようでもあるが、気もちはさっぱりと片づくわけには行かなく、舌うちのしたいような、いらいらしさを持てあますばかりだった。

 これは、現在ならば、パニック障害と呼ばれる精神疾患です。パニック発作の過程がフローチャートのように明示化されています。これだけの描写は作家ならではのことでしょう。

 ところが、統合失調症に関しては、予後の安定した時期に精神の変調を振り返って記した告白や記録があまりありません。インフォームド・コンセントは患者の意思決定の権利です。けれども、精神疾患の患者には病識の歪みや欠如が少なからず見られ、この権利が臨床でしばしば問題になります。中でも、統合失調症は深刻です。病識欠如が心理的な防衛機制による認知の歪みと言うよりも、脳の機能の変調に直接的に由来しているとされているからです。こうした事情のためか統合失調症の闘病記が書かれることが稀と言えるほど少数なのです。統合失調症はそれほど過酷な精神状態にあると言えます。闘病記があまりありませんから、精神科医や心理カウンセラーも統合失調症患者がどのように世界を知覚しているのかを知りたいのです。

 なお、統合失調症を疑似体験することはできます。製薬会社のヤンセンファーマ社が01年に開発した「バーチャル・ハルシネーション」がそれです。日本版も03年からレンタルされています。

 ハウス加賀谷は病気を理解してもらおうと講演活動を続けています。『統合失調症がやってきた』についての推薦文や紹介文を書くのであれば、作者の意図を汲んで、統合失調症に関して調べておくべきでしょう。そうしたなら、この本の画期性を認識したに違いありません。断片的知識だけで理解を自己完結せず、体系性へと向かわなければ、認識は進化しないのです。

 松本ハウスは、『タモリのボキャブラ天国』を始め人気番組にレギュラー出演していましたけれども、自殺未遂などハウス加賀谷の統合失調症悪化により、1999年に活動を休止します。7か月の入院の後、家に引きこもりますが、復帰を目指し読書に明け暮れます。その間、松本キックは彼の復帰を望みながら、焦らせることなく待ち続けます。新しい薬によってガウス加賀谷の症状が安定し、09年、松本ハウスは復活を遂げるのです。

 復帰4年後に公表したのが『統合失調症がやってきた』です。このタイトルがすでに統合失調症をよく言い表しています。統合失調症は、突然、憑りつかれたごとく発症すると見えます。それは、まるで感染症のように、どこからともなく「やってきた」といった印象です。比較のために、うつ病についても触れておきましょう。こちらは発症する際の環境要因が特定できません。それは、まるで生活習慣病のように、徐々に進行したという印象があります。

 『統合失調症がやってきた』は心痛む体験が多いのですが、興味深い記述に溢れています。一例を挙げましょう。

 荒唐無稽な世界がリアルに襲いかかってきた。
 南の窓に現れた幻は、キックさんやモンチではない。ライフルの銃口がぼくに向けられている。スナイパーだ。
「やばい!」
 反射的にのけぞり、壁に頭を強く打った。
 スナイパーは、ゴーグルをつけ、ライフルを構え、スコープを覗き込んでいる。『ゴルゴ13』に出てくるようなスナイパーに、ぼくは「殺される!」と思った。少しでも低くしないと撃ち殺される。四つん這いでも怖くなり、床にうつぶせた。部屋の中をほふく前進で移動し、息を殺して身をひそめた。

 玄関までスナイパーが来たのは、一度だけだったが、常に命を狙われているという恐怖はついて回った。事実なら警察に相談すべきところだが、ぼくにはその考えが浮かばなかった。
 仕事中は、スナイパーのことなど、すっかりというほど忘れていた。忘れているというか、ほとんど気にならなかった。
 どんなに具合が悪くても、仕事は一生懸命にやる。必要とされていると思えば、体は動く。住まいの部屋で這いつくばっていても、お客さんの前では笑顔になれた。
「か・が・や・で~す!」
みんなが喜んでくれ、ぼくは再確認する。ぼくの「居場所」はまだここにある。
 ぼくは、芸人「ハウス加賀谷」であることに、強くこだわっていた。
 しかし、仕事が終わり帰宅すると、また独りでガタガタと震えていた。

 この妄想は夢を見ている状態に似ています。身に危険が迫っているのなら、警察に相談するはずですが、夢の中ではそんな考えが浮かびません。目が覚めると、現実検討能力が復活し、そのアイデアの欠如を認識するのです。妄想に囚われたハウス加賀谷はまるで夢の中にいるようです。安定後は、目が覚めた時のように、当時の自分を対象化しています。

 夢は見ても、なかなか思い出せないのは周知の通りです。また、統合失調症患者は、症状が安定してくると、悪夢を見ることが報告されています。悪夢はあまりの恐ろしさに途中で目覚めてしまうものです。人は現実世界で多くの問題に直面します。実際に解決するだけでなく、夢の中でも処理をしてそれに対応するのです。不安なことがあると、夢の頻度も増えます。抱える問題が大きすぎて脳の処理能力を超えた時、見る夢は悪夢になるのです。脳神経科学の研究成果により夢の機能やメカニズムが明らかになりつつあります。そうした観点から統合失調症を考えることもあり得るでしょう。

第2章 統合失調症と共に
 統合失調症に関して不明の点も多くあります。論旨の都合上、簡単に触れますが、数多くの専門書が刊行されていますから、是非それらを参照してください。ここではDSM4=ICD10の考えに沿っています。

 統合失調症は決して稀な病気ではありません。発病危険率は人口の0.7~0.8%とされ、この比率は国や地域による差がありません。現代進化論によって究極要因が明らかになる時がいずれ来るでしょう。

 厚生労働省の統計資料によると、2011年の精神科病院の推計患者数は22万4000人で、そのうち、統合失調症、統合失調症型障害及び妄想性障害が13万8100人を占めています。これに外来通院者や未治療者を加えると、実際には数倍以上の患者数がいると推定されます。

 発症年齢は病型によって異なりますが、大多数が15~35歳までの間に発症しています。実際、ハウス加賀谷も、中学時代から「加賀谷は臭い」という幻聴に苦しんでいます。10歳以下や50歳以上で発症するケースは非常に少ないとされています。高い年齢で発病すると、自分の頭の中が誰かにのぞかれているという症状を示すことがあります。加齢と共に、症状が軽くなる傾向があります。発症率に男女差はないのですけれども、発症年齢は男性の方がやや低いと報告されています。

 その発症時期のため、統合失調症は思春期を奪う病でもあります。病気との闘いに精一杯で、思春期に経験すべきことができない場合が少なくないのです。それは振り返られる思い出の厚みがないことを意味します。ハウス加賀谷も、統合失調症から離れるために、芸能の世界を目指し、仕事に没入しています。彼にとってお笑いが人生のすべてという思いは、一般の芸人と意味合いが違います。そこ以外は彼を苦しめる妄想の世界だからです。

 統合失調症の症状は多岐に亘り、複雑多彩です。主な症状としては幻覚・妄想、思考・認知の障害、感情・意識の障害などです。ただし、意識障害や知能障害は伴わないと考えられています。通常、陽性症状と陰性症状に分けられます。一般的に知られているのは前者です。妄想や幻覚、理解不能な会話、緊張病性の行動などがそれに当たります。後者は感情の平板化や思考の貧困、意欲の欠如などが含まれます。うつ病に似ていますが、焦燥感がない特徴があります。

 この妄想は社会の流行に敏感です。佐藤清文という批評家の郵便ポストに統合失調症患者が書いたと思われるビラが時々投函されます。かつては米国の陰謀に覆われていましたが、最近それが中国に取って代わっています。

 近年、外来を受診する統合失調症患者の病像が全般的に軽くなっていると指摘されています。病感や症状を訴えて自ら来院する人が増えているのです。理由は定かでありませんが、病識のある統合失調症という従来の見方にあてはまらないタイプが出現しています。

 統合失調症は症状が治まっても、ぶり返すことが多い病気です。再燃すると、なかなか元の常態に戻りません。再燃を繰り返して悪化していくのです。治療は急性期の症状抑制のみならず、この再燃予防が含まれます。

 心理カウンセリングと異なる精神科の治療には大きく薬物療法と身体療法があります。前者は抗精神病薬による投薬治療、後者は電気けいれん療法を指します。統合失調症のように現実検討能力が低下している疾患では、患者への内省的治療が使えません。指示的治療が中心となり、薬物療法が求められるのです。かつては各種のショック療法が採用されていましたが、抗精神病薬の登場と共に、使われなくなっています。ただ、けいれん療法は非常に効くので、今も用いられています。緊張病性のため、摂食・服薬ができない患者にこのECTを施して疎通性が回復している間に食事や薬をとらせることがよく行われます。

 1952年、「クロルプロマジン」という使い物にならない麻酔薬が統合失調症の治療に有効だと偶然発見されます。1951年にフランスの軍医アンリ・ラボリ(Henri Laborit)がこの薬に鎮静作用があることを論文に発表し、翌年、パリ大学医学部サンタンヌ精神病院の医師ジャン・ドレー(Jean Delay)とピエール・ドニカー(Pierre Deniker)がその効用を見出しています。なお、アンリの孫エマニュエル・ラボリは聾唖者の女優として知られています。

 クロルプロマジンはレオナルド・ディカプリオ主演の映画『シャッターアイランド』(2010)でも触れられていますから、記憶にあるかもしれません。この発見は「クロルプロマジン革命」とも呼べる出来事です。これをきっかけにして、抗精神病役や抗うつ薬などが次々開発されていきます。人類はそれまで統合失調症やうつ病といった本格的な精神疾患に対して事実上無力です。精神分析も、実は、まったくのお手上げです。石丸昌彦放送大学教授は、『精神医学特論』の中で、戦前の精神科のカルテを調べた際、風邪を引いたから入院患者に投薬した程度の記述しかなく、精神疾患の治療があまり見当たらなかったと言っています。人類は精神疾患になす術がなかったのであり、クロルプロマジンの登場は人類史における革命と言って過言ではないのです。

 こうした精神疾患が薬で治療できるとすれば、認識もシフトします。精神疾患は脳の何らかの異常とする方向、すなわち生物学的精神医学の立場が優勢になっていくのです。これが現代精神医学です。

 もちろん、統合失調に対して精神・心理療法も用いられています。特に、社会復帰の際に、効果的です。社会性の会得・回復には病状の安定だけでは不十分です。また、統合失調症患者は各種の身体疾患の罹患率・死亡率がいずれも高いと報告されています。統合失調症のため、生活が不規則になったり、栄養が偏ったり、運動不足だったり、ヘビー・スモーカーが多かったり、健康診断等の社会的資源を活用できていなかったりするのが要因ではないかと推測されています。こうした認知や行動の修正は心理臨床の力が不可欠です。

 統合失調症の治療や社会復帰には家族や友人などの周囲の理解と協力が必要です。けれども、その罹患は身近な人にとっても大きな衝撃です。そうした人たちへのケア・サポートも考慮する必要があります。最近は患者ならびに家族や周囲の人々のための情報提供・共有のサイトも開設されています。

 『統合失調症がやってきた』には周囲の人たちの思いも綴られています。松本キックはその現実をどう受け入れ、対処していったかを吐露しています。患者自身が闘病記を表わしたことですでに画期的です。加えて、こうした併記も病気への認識を深めてくれます。もちろん、この本が扱っているのは統合失調症の一例です。すべての症例に適用できるわけではありません。けれども、これをきっかけにその疾病について知ることを作者は期待しています。社会は統合失調症と共にあるのです。この疾病を含めメンタル・ヘルスのリテラシーを高めていくことは市民にとってエンパワーメントにつながるのです。
〈了〉
参照文献
石丸昌彦=仙波純一、『精神医学特論』、放送大学教育振興会、2010年
幸田文、『父・こんなこと』、新潮文庫、1955年
ハウス加賀谷=松本キック、『統合失調症がやってきた』、イースト・プレス、2013年
松田英子、『楽しい睡眠。』、ジャイブ、2004年
厚生労働省
http://www.mhlw.go.jp/

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