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ホロコーストとアパルトヘイト(2)(2024)

3 南アフリカのアイデンティティ
 今回の訴えにはこの植民地主義政策の過去が反映している。南アは人権や正義、弱者支援のために主導的役割を果たすことをアイデンティティとしている。

 南アのノースウェスト大学アンドレ・デュベンハーゲ教授は、『朝日新聞DIGITAL』、2023年10月26日11時00分配信「『パレスチナ問題はアパルトヘイト』 南ア、イスラエル批判の論理は」において、パレスチナ人の置かれている状態はイスラエルによるアパルトヘイトと見る南アの人々は少なくないと述べている。現在、南アの与党はアフリカ民族会議(ANC)である。これはアパルトヘイト撤廃闘争の主体となった組織で、その過程でソ連や中国、北朝鮮、キューバといった社会主義国と連携している。東西冷戦下、西側諸国は南アの白人政権を支持しており、脱植民地主義の急進的なイデオロギーを持つANCはそれに対抗するマルクス=レーニン主義の諸国に接近する。

 イスラエルは、ホロコーストの経験が建国の大きな要因の一つであったにもかかわらず、アパルトヘイトの南ア政府を支持している。人権や正義、弱者救済のために主導的な役割を果たそうという姿勢が認められない。差別体験が自分自身のことにとどまっている。これには、反アパルトヘイト闘争が他の民族解放運動と国際的な連携をしていたのに対し、シオニズムがそれを十分に持っていなかったことに理由があるだろう。ANCはそうした運動の体系に位置付け、理念を共有していたため、統治担当者になってから人権や正義、弱者の救済という普遍的原理に貢献することをアイデンティティにしている。だが、シオニズムは他の民族自決運動とつながっていないので、関心が自分だけに向いている。

 反アパルトヘイトの国際世論の盛り上がりに押され、西側諸国も南アとの関係を見直す。イスラエルも陣営の一員として南アのアパルトヘイト政策を非難し始める。1977年、安全保障理事会は、南アフリカの近隣諸国に対する侵略と潜在的核開発能力は国際の平和と安全に対する脅威を構成すると決定、63年の任意の武器金融発動を強制化する。ところが、イスラエルは裏では兵器システムを供与、さらに核兵器開発まで支援している。

 ANCは、社会主義諸国のみならず、世界中の解放闘争とつながる。その中にパレスチナ解放機構(PLO)がある。1994年以降、ANCが政権をとると、南アではアパルトヘイトとパレスチナ問題の類似性を指摘する論調が展開される。「天井のない監獄」に置かれているパレスチナ人の状態は人種隔離政策に苦しめられた自分たちと同じではないのか、しかもイスラエルは白人政権を最も支援してきた国の一つではないかというわけだ。こうしたシンパシーはANC だけでなく、南アフリカの諸勢力の間で広く共有されている。

 ANCはイスラエルに批判的で、パレスチナ問題をアパルトヘイトの一形態と位置付ける。もちろん、ANCも統治を担う立場として経済のためにはイスラエルからのITや金融を始めとする投資が必要であり、現実的な対応をとっている。

 しかし、2023年10月7日に始まった戦闘は南アフリカ政府の姿勢に変化をもたらす。シリル・ラマポーザ大統領や外務省高官はイスラエルのハマスに対する軍事行動を批判、国際刑事裁判所に戦争犯罪が起きている可能性を調査するよう要請する。

 さらに、南アフリカ議会は、2023年11月21日、首都プレトリアのイスラエル大使館を閉鎖し、イスラエルがハマスとの休戦に合意するまで外交関係を停止するとした決議案を賛成多数で可決する。野党の「経済的開放の闘士(EEF)」が決議案を提出、与党のANCが外交関係停止についてイスラエルによる休戦受け入れ、およびイスラエルが拘束力を持つ国連斡旋の交渉に応じると約束するまでという修正を加えて可決している。実行には大統領の承認が必要で、議会としての意思表示という象徴的な意味合いが強い。

 パレスチナ人も彼らのシンパシーを理解している。ヨルダン川西岸のラマラの丘に、ネルソン・マンデラの像が立っている。その右手を掲げた姿は南アフリカとパレスチナの連帯の証である。

4 生存権と自衛権
 この南アフリカと対極的な態度をとっているのがドイツである。ドイツは世界の中で最も親イスラエル国の一つだ。そのあまりにイスラエル偏重の態度のため、国連で多くの加盟国から非難されているほどである。

 『AFPBB News』は、2023年11月10日13時14分配信「国連でドイツに批判集中 ガザ紛争めぐる姿勢で」において、それを次のように伝えている。

【11月10日 AFP】国連人権理事会(UN Human Rights Council)は9日、スイス・ジュネーブでドイツについての普遍的定期的審査(UPR)を実施した。イスラエルとパレスチナ自治区ガザ地区(Gaza Strip)の紛争について、イスラエル支持を明確に打ち出す一方、国内でパレスチナ支持派の抗議活動を禁止するドイツの姿勢に対し、主にイスラム教国から非難が相次いだ。
 UPRは国連加盟国(193か国)の人権状況を評価するもので、すべての国が4年ごとに審査を受ける。
 ドイツは今回、断固として人権を尊重する姿勢を広く評価されたが、ガザ紛争をめぐる立場については異例ともいえる批判を浴びた。
 エジプト代表のアハメド・モハラム(Ahmed Moharam)氏は「パレスチナ人の権利に関して、ドイツが取っている好ましくない立場を深く遺憾に思う」と述べた。ヨルダン代表はドイツの「不均衡な立場」を非難した。
 トルコはドイツに対し、「イスラエルが戦争犯罪や人道に対する罪に使用する可能性のある軍事物資や軍装備品の提供を停止する」よう求めた。
 ドイツ連邦議会人権政策・人道支援委員長で、代表団長を務めるルイーズ・アムツベルク(Luise Amtsberg)氏は「ドイツにとって、イスラエルの安全保障と生存権については交渉の余地がない」と述べ、イスラエルの自衛権を繰り返し擁護した。
 ドイツのUPRが行われた9日は、1938年に同国で起きたユダヤ人迫害事件「水晶の夜(Kristallnacht)」から85年目に当たる。この事件は、第2次世界大戦(World War II)中のナチス・ドイツ(Nazi)による欧州のユダヤ人約600万人の虐殺の前兆となった。
 アムツベルク氏はこの歴史を念頭に「ユダヤ人の生活を守ること、そして 『二度と繰り返さない』というわが国の誓いは譲れない」と主張。この1か月で急増している反ユダヤ主義的な行為について「ユダヤ人はもはや安全だとは感じていない」「これを受け入れることはできない」と懸念を表明した。
 また「ドイツ国民はガザ、そしてパレスチナ自治区の民間人のことも当然憂慮している」と強調した。
 イスラエル代表のアディ・ファルジョン(Adi Farjon)氏は、「反ユダヤ主義の惨劇にドイツが向き合い、国内および多国間で講じている措置」を称賛した。
 カタールの代表は「ドイツ国内でガザ住民を支持するデモの参加者に対する制裁などの措置」に懸念を表明。レバノン代表はドイツに対し、「自国民の表現と集会の自由をめぐる権利の尊重し、守る」よう求めた。
 アムツベルク氏は「ドイツでは誰もが自由に意見を表明し、平和的にデモを行う権利がある」「(だが)犯罪行為に関しては制限がある。テロリズムを称賛すべきではない」と答えた。

 ドイツの擁護はイスラエルの主張を繰り返しているだけである。このロジックを理解するためには、あまり聞きなれない「生存権」に関する知識が必要である。

 ドイツ代表が言及している「生存権(Right to Exist)」は国際法で必ずしも認められた権利ではないが、1950 年代以降のアラブとイスラエルの紛争において顕著に取り上げられてきた歴史を持っている。これはフランスの歴史家エルネスト・ルナンが『国民とは何か?(Qu'est-ce qu'une nation?)』(1882)の中で生擁護した概念で、「民族自決権(right of national self-determination)」とは異なる。 ルナンの「国民」は国民国家に属している。それは精神的原理であり、個々人が過去において行い、今後も行う用意のある犠牲心によって構成された連帯に求められる。「国民の存在は日々の国民投票なのです」。そうした個々人が自らの利益を国家が代表する共同体のために喜んで犠牲にする場合、国家は存続する権利を有する。1966年の国際人権規約共通第1条によれば、民族自決権が「その政治的地位を自由に決定し並びにその経済的、社会的及び文化的発展を自由に追求する」人民の権利であるのに対し、生存権はあくまで国家の属性の権利である。

 今回の文脈におけるイスラエルの生存権は国家として存在することを意味している。1948年、イスラエルが一方的に建国した際、周辺アラブ諸国と紛争に発展する。経緯はともかく、アラブ諸国はそれを承認しないのみならず、武力で解体しようとしたのであり、イスラエルは国家存亡の危機にあったことは確かである。この時を含め、イスラエルは計4回アラブ諸国との間で戦争に至っている。存在すべきではないと考えている諸国との戦闘であるため、敗北はイスラエルにとって同様の意味合いがある。

 ただ、スエズ動乱におけるイスラエルの態度はエジプトのスエズ国有化に対する英仏の軍事行動への便乗である。また、6日間戦争でイスラエルはアラブ諸国に先制攻撃を仕掛けている。さらに、ヨム・キプール戦争の際のアラブ諸国の目的は前回戦争で奪われた領土の奪還である。この時、すでにイスラエルは核武装しており、交戦国にはもはや相手国を消滅させる意図はない。

 オスロ合意により2国家共存がイスラエルとパレスチナのみならず、国際的コンセンサスとなっている。それはイスラエルとパレスチナの国家の生存権が国際的に認められたことを意味する。しかし、ネタニヤフ首相はこの合意を拒否している。彼はパレスチナ国家の生存権を認めていない。それでいて、自国の生存権を主張して武力行使を続けている。イスラエルの存在を認めない勢力がいるとしても、その敵対行為が国家存亡の危機には当たらない。これは正戦論からも認められない。

 現代の国際法が国家の武力行使の根拠として認めるのは生存権ではなく、自衛権である。自衛権は、武力行使に対する緊急で、均衡のとれた反撃権である。

 第二次世界大戦後、国際法は武力不行使原則を採用する。戦間期も、不戦条約により戦争は禁止されている。しかし、1930年代、日本と中国は、双方共に戦争ではないと言いつつ、武力行動を繰り返している。こうした経験から戦後の国際法は武力不行使原則をとっている。

 ただし、例外がある。それは個別的自衛権、集団的自衛権、集団安全保障、正式な政府による要請である。個別的自衛権は、武力行為を受けた際、当事国が緊急かつ均衡のとれた反撃をする権利である。日本を含め国家であれば、それを有している。集団的自衛権は、そうした事態が起きた時、同盟を結ぶ国が加勢することである。NATOが好例だ。集団安全保障は国連軍である。最後の例外項目は、正式な政府からの要請に基づき、他国がその国内に武力行動をとることだ。2013年にマリ共和国政府の求めに応じてフランス軍が反政府勢力の拠点を空爆した例が知られている。

 イスラエルがガザ攻撃で問われているのは個別的自衛権である。同国の自衛権行使に関しては友好国以外も理解を示している。問題は、緊急性はともかく、均衡性である。南アフリカがジェノサイド条約違反としてICJに訴えたように、その反撃が均衡のとれたものであるかどうかを国際社会は問題視している。

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