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昔ばなしと社会的メッセージ(1)(2018)

昔ばなしと社会的メッセージ
Saven Satow
Mar. 31, 2018
 
「おめほのひっこさん、むがすかだりじょんずだったおな」。
 
第1章 今も昔も変わりなく
 今から40年以上も昔の話です。
 
 1975年に『まんが日本昔ばなし』がTBS系を中心に放送を始めます。これは、主に民話を手描きの絵に市原悦子・時田富士夫が語るアニメーションです。土曜日19時から1回2話ずつの30分番組として放映されています。94年まで続き、1474話を扱っています。
 
 番組をプロデュースした川内彩友美(かわうち・さゆみ)愛企画センター社長が、2015年6月5日付『日経』の「アニメ昔話 親から孫へ 『まんが日本昔ばなし』誕生から40年、各地訪ね題材集める」において、その昔を次のように回想しています。
 
 40年前、私は「昔ばなしは危機を迎えている」と感じていた。周りにいた母親たちと話をして驚いた。「桃太郎」や「浦島太郎」など有名な話を部分的には知っていても、全体を通して語れる人がほとんどいなくなっていたのだ。家庭から昔ばなしが消えてしまうのではないか。そんな危機感から企画は生まれた。
 
 アニメ化までの道は平たんではなかった。当時はヒーローが変身して怪獣と戦う特撮ものが子どもたちに人気だった。パイロット版としてまず「笠地蔵」を制作してテレビ局を回ったが、昔ばなしを題材にしたアニメは地味だと、どこの放送局も見向きもしなかった。中には「そんなもの」と言う人さえいた。
 すがるような思いで、関西の毎日放送で社長を務めていた高橋信三氏に直談判した。そのつながりから、当時の三木武夫首相にパイロット版を見てもらう機会に恵まれた。最初の視聴者は三木首相とそのお孫さんだった。祈るような思いで試写を行った。ニコニコしながら画面を見つめる三木首相とお孫さんの姿をよく覚えている。
 放送にこぎ着けたが、3カ月で終了。放送中はたいした反響もなかったが、私は信じていた。すると、放送が終わってから続々と「やめないで」という投書が届いた。大半が母親からのものだった。その後、全国でも放送されるようになった。
 子ども向けの番組だと思われがちだが、メーンターゲットは子を持つ母親だった。私が子どものころ、父がよく枕元で昔ばなしをしてくれた。「嘘をついてはいけない」「悪いことをしたら報いがある」。人間としての大切な部分を昔ばなしから自然と学んだ。番組で知った話を、母親が子どもに聞かせる。そういう親子の関係を取り戻したいと思っていた。
 
 一方で、話の筋を崩さないという姿勢は大切にした。「桃太郎」で鬼を主役にした創作をやろうなどという意見がでたこともあったが、やらなかった。昔ばなしは伝承文化だ。その基本は崩したくなかった。
 放送された中には、私自身が各地を訪ね歩いて集めた話も多い。日本全国を回り、明治、大正生まれの方を中心に100人以上にお話をうかがい記録することができた。
 すべての話に思い入れがあるが、1つ好きな話をあげるなら「あとかくしの雪」だろうか。おなかがすいて倒れた旅人を助けるため、おばあさんが罰を受ける覚悟で作物を盗み、ふるまう。すると、盗みの証拠になる、おばあさんの足跡を突然の雪が消してしまうという物語だ。日本人らしい情緒と思いやりにあふれている。
 
 川内社長の父は作詞家の川内康範です。彼は1920年の生まれですから、彼女の周りにいた母親たちはおそらく主に団塊の世代でしょう。彼女たちは、タイトルを知っているものの、そのお話を十分に語ることができなくなっています。それは、子どもの頃、祖父母・父母など上の世代から昔ばなしを聞く経験があまりないことを示しています。戦後すぐに語り聞かせの習慣が途絶えつつあったことになります。
 
 川内社長は、放送開始後、全国を回って明治・大正生まれの人たちに会い、昔ばなしを収集しています。その世代はお話の知識を持っています。しかし、語り聞かせる場がなかったので、子・孫世代はお話の内容をよく覚えていないのです。昔ばなしが伝承されるためには、それを知っている人がいるだけでは不十分です。また、そこに子どもがいれば、自ずと語り聞かせが始まるわけでもありません。川内社長が父との思い出として述べているように、昔ばなしを通じて絆を確かめ、強くする場が不可欠です。
 
 1922年生まれの水木しげるは、鳥取県境港市で過ごした幼い頃、家に出入りしていた祈祷師の「のんのんばあ」から妖怪を始めとするさまざまな昔ばなしを聞いたと回想しています。川内康範も先行世代から昔ばなしを聞いて育ち、親になった後、娘にそれを語ったのでしょう。少なくとも、戦前の地方には昔ばなしの語り聞かせの習慣があったと推測できます。
 
 しかし、それが戦後には廃れています。川内社長が番組の企画を放送局に持って行っても、つれない返事ばかりだったというのがよく物語っています。時間の余裕がないなどの理由で親として子どもに語り聞かせをしていないけれども、自分の体験を思い出し、昔ばなしは大切だと企画に担当者が乗り気になるはずです。
 
第2章 『まんが日本昔ばなし』とその時代
 1970年代前半、公害に代表される高度経済成長の歪や石油危機・スタグフレーションによる不況が社会に不安を巻き起こしたり、従来の価値観の再考を促したりしています。人々は幸福として物質的豊かさよりも心のそれを求め、オカルト・ブームが起き、日本の伝統を見直す動きも社会に広がっています。横溝正史の復活はこうした気分をよく物語っています。『まんが日本昔ばなし』の放送もこの時代的・社会的背景と無縁ではないでしょう。
 
 高度経済成長は今日より明日が豊かだという期待を人々に抱かせます。しかし、それは日本の風景を大きく変えています。就職・進学を通じて地方から都市へ人口が移動、過疎地と過密地の格差が大きくなっていきます。都市で始まった開発の波は地方にも押し寄せ、全国の風景が均質化していきます。反面、地方では人口減少と都市化により、行事などの伝統を維持できない村落共同体が続出します。中には、ダムの底に沈んだ村もあります。こういった風景の変化は1961~62年までNET(現テレビ朝日)で放映された『日本発見』シリーズが映し出しています。
 
 核家族化が進展しただけでなく、家庭内のコミュニケーションも希薄です。父は社畜と化して家庭を顧みません。また、母は家事全般を一人で担っています。その上、子どもは学校・塾に忙しく、その合間にマンガやテレビに夢中です。しかも、昔ばなしを知っている祖父母がいません。
 
 こうした状況を前に、川内社長が昔ばなしの消滅の危機感を覚えています。そこで、彼女が取り組んだことは、昔ばなしを全国から収集し、アニメ番組を通じてその世代間伝承の場を用意することです。
 
 実は、昔ばなしの活字化はすでに進んでいます。近代を迎えた頃、文化的ナショナリズムや民衆文化への関心などいくつかの理由から民話の収拾が取り組まれています。グリム兄弟や柳田國男が代表例です。こうした流れがあり、商業出版社が民話集を編んでいます。また、教育委員会を始めとして地域で地元の民話を本にまとめる取り組みも行われています。『まんが日本昔ばなし』にも既刊の本に収録されたお話の翻案が少なからずあります。さらに、NHKも子ども向けの教育番組の中で昔ばなしを扱っています。しかし、昔ばなしが活字として保存されていても、世代間で伝承されているとは言えません。
 
 なお、民話の収集・記録は近代に入ってから始まったわけではありません。その活動が活発になったことは確かです。けれども、ヘロドトスの『歴史』にも民間伝承の記述が見られます。彼は過去を知るために、民衆の言い伝えも史料として扱っています。
 
 昔ばなしは人々が意図的に語り継いできたわけではありません。家族や共同体の中でフォークロア・リレーとして継承されています。そうした過程を経た昔ばなしは民衆の集合知識の表象です。家族や共同体の絆を強めたり、広げたりするために語り、聞かれます。この絆は信頼とお互い様の関係で、現在では「社会関係資本」と呼ばれています。口承の文学ですので、場が共有されています。この場は社会関係資本の産物ですから、それが蓄積されていれば、昔ばなしは継承されます。けれども、減少すれば、途絶えかねません。共有される場がなくなるからです。家族や共同体の規模が縮小し、継承を意識的に行わないと、消滅してしまいます。
 
 環境が変化していますから、そのままだと、昔ばなしは継承されません。語り継ぐためには、従来のフォークロア・リレーと別の方法が必要です。場を用意しなければなりません。そこでテレビがその媒介になるわけです。昔ばなしはテレビによって家族や共同体の枠を超えて伝播していきます。
 
 昔ばなしを現代流に改編する企ては、往々にしてアイロニーによっていい気になっている自惚れが鼻に就きます。『桃太郎』の主役と脇役を入れ替えるとしたら、それは作品世界の価値観を軽視して自分たちのものを優越させているだけです。昔ばなしは今の価値観を相対化します。それによって接する人は認識の広がりも持てるのです。
 
 昔ばなしの価値観は今日のものと同じではありません。ですから、現代人がそれに違和感や反発を覚えることもあるでしょう。しかし、その価値観は作品が生まれ、継がれてきた時代的・社会的発想に基づいています。現在から見れば不合理と思われることでもかつては合理的なこともあります。なぜ価値観がそうなのかを知った上で、作品に接すれば、その社会的メッセージに納得が行く者です。
 
 三木武夫首相が孫と視聴したように、伝統的には、昔ばなしの伝承は祖父母と孫の間が中心です。ただ、核家族化・性別役割分業のした70年代の家庭ですから、川内社長は母子関係がそれを担うと考えたのでしょう。
 
 残念ながら、全1,474話の内、DVD化されているのは240話にとどまっています。それ以外の視聴は容易ではありません。収録されていないお話は忘れられる危険性もあります。「まんが日本昔ばなし~データベース~」が開設されていますから、あらすじと関連情報は保存されています。しかし、昔ばなしの伝承という本来の趣旨に適っているとは言い難い状況です。動画サイトを開設し、運営に必要な資金を確保するために課金制にし、著作権に配慮してストリーミング配信することが望まれます。
 
 実際、さまざまなサイトが昔ばなしを紹介しています。しかも、番組が扱っていないものも多数見受けられます。オンラインも今後の昔ばなしの伝承のあり方でしょう。

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