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『がんばれ!!タブチくん!!』に見る田淵幸一(2005)

『がんばれ!!タブチくん!!』に見る田淵幸一
Saven Satow
Apr. 02, 2005


「タイガース番記者は、デビューしたころの田淵を『シュートで80』と呼んでいた。田淵は大洋・平松のカミソリシュートがまったく打てなかった(デビューは江夏の代打で平松と当たり、シュートで3球三振だった)。これがいつも頭にこびりついていたせいか、ホームランを打つと、スライダーだろうとカーブだろうと、『打ったのはシュート』のひとこと。これでスポーツ記者は80行の記事を書くのに苦労した、という」。
岡崎満義『田淵幸一』

1 タブチくん
 2005年4月1日、パシフィック・リーグに続き、セントラル・リーグもペナントレースが開幕します。今のところ、主役は去年のチャンピオン・チームの西武ライオンズでも、東京読売ジャイアンツでもありません。それは東北楽天ゴールデンイーグルスでしょう。開幕戦に劇的な勝利をする一方で、翌日には26対0で惨敗するなどとにかく目立っています。これまでも、新生球団の最初のシーズンの成績は芳しくなく、弱さを売りにすることがほとんどです。

 1978年に誕生した西武ライオンズもそうです。当時のライオンズは弱く、開幕12連敗を記録、ダントツの最下位です。けれども、観客動員数はパシフィック・リーグの首位です。それには球団広報の努力もありましたが、全国的に無名の選手が多い中、一人のスーパースターがいたことも無視できません。

 彼こそ田淵幸一です。1962年から77まで続く全盛時代にあった王貞治のホームラン王のタイトルを唯一脅かした阪神タイガースの4番打者です。その田淵がこのシーズンからライオンズに移籍しています。エース東尾修や主砲土井正博を知らなくとも、田淵に気がつかない人はいません。何しろ、彼をモデルに日本映画史上唯一のプロ野球のパロディ作品が作製されたくらいです。それも3本です。

 1979年、芝山務監督による『がんばれ!!タブチくん!!』が公開され、翌年には続編『がんばれ!!タブチくん!! 激闘ペナントレース』と『がんばれ!!タブチくん!! あゝツッパリ人生』の2作が続きます。『スター・ウォーズ』や『マトリックス』、『ロード・オブ・ザ・リング』並みの3部作です。

 1・2作は、野球のイニングを踏まえて、1話完結の9話構成、3作目はペナント終了直後に起こったこのハプニングを延長戦に追加しての10話の構成です。これは、田淵が阪神タイガースに在籍していた当時から『週刊漫画アクション』に連載されていたいしいひさいちによる4コママンガ「がんばれ!!タブチくん!!」をアニメ化した作品です。中で使われているのは、ほとんどが関西で語られていた田淵をめぐるジョークと言っていいでしょう。

 いしいひさいちのマンガは、従来の4コママンガが絵で笑わせてきたのに対し、同時に多人数に喋らせるなど言葉を詰めこんでいます。これはセリフ劇であるアニメに向いています。映画の撮影にはカメラを使いますから、焦点が合っている対象がその場面において主になります。一方、アニメでは一般的にカメラを用いませんので、そうはいきません。セリフを喋らせることで、その場面の主を観客に意識させて、物語を展開させます。

 このマンガに関して、田淵は、当初、名誉毀損で告訴も辞さない構えだったようですが、出版社からの説明に納得し、「より面白いものをつくって欲しい」とだけ注文をつけ、その後、作者のいしいひさいちと会えなかったことを除けば、文句を一切言っていません。

 田淵はとにかく人がいいのです。試合中にサインが盗まれていると首脳陣から指摘されても、「そんなこすっからいことをする人がいるわけないでしょう」と取り合わないというエピソードがあるくらいです。田淵はサインを盗み見るのが暗黙のうちに禁止されている大リーグ向きかもしれません。

 田淵自身が承知したとしても、今だと肖像権や名誉毀損の問題が浮上して、映画化は難しいでしょう。笑いの対象になっているのはタブチくんだけではありません。ヤスダ、ツツミ、ネモト、ヒロオカ、ナカハタ、ノムラ・カツヤ、フルサワ・ケンジなども含まれています。

 野球を知らない人にとっても笑えるアニメですが、当時を知るディープなパ・リーグのファンにはたまらない作品です。何しろ、近鉄バファローズのピッチャーが山口哲治だったり、後にライオンズの監督に就任した井原春樹が西武の三塁手で登場したりしています。西武ライオンズになってから初めての勝利投手が松沼博久だということを覚えているあなたには是非お勧めです。

 『メジャー・リーグ』などアメリカ映画にはプロ野球を舞台にした良質のコメディが少なくありません。日本ではこうしたコメディ映画は見当たりません。と言うよりも、コメディに限らず、マンガには多くの名作がありますが、映画において、プロ野球を舞台にした優れた作品は皆無です。『がんばれ!!タブチくん!!』シリーズは、その意味で、日本プロ野球をテーマにしたスクリーン上の最高傑作だと言えるでしょう。

 タブチくんの配役は西田敏行で、彼にとって、これが初めての声優経験です。主なキャスティングとして、二木てるみがミヨコ夫人、青野武がヤスダ投手、肝付兼太がツツミ・オーナー、内海賢二がネモト監督、羽佐間道夫がヒロオカさんの声を担当しています。

 また、『プロ野球ニュース』のキャスターを務めていた元プロ野球選手佐々木信也が自分自身の役で出演しています。ちなみに、主題歌を歌っているのは、当時はまだ大学生のスターダスト・レビューの根本要です。クレジットは「クレイジー・パーティー」となっています。

 このうち、タブチくん、ヤスダ投手、ヒロオカさんは『朝日新聞』に連載中のいしいひさいち作の4コママンガ「ののちゃん」にも、時々、登場しています。キャラクターの性格は昔のままです。

2 田淵幸一
 これが架空のプロ野球選手を主人公にしていたら、ここまで面白い作品にならなかったでしょう。田淵に関するありそうな冗談として人々が喋っていたネタが多いように、固有名詞の持つ喚起力が効いているのです。それは田淵の偉大さを示す証拠でもあります。沢村栄治や川上哲治、大下弘、稲尾和久、長嶋茂雄、王貞治、江夏豊、江川卓、落合博満、イチローなど数多くのスターが登場してきましたが、彼らをモデルにして、アニメとしても、コメディ映画を3本も製作することなどできません。

 アニメの中のタブチくんは、概して、丁寧な言葉遣いをします。時折福島訛りが出ます。怠け者で、食欲旺盛、呑気に陽気ですが、気に触ることを言われると頭に血が上り、ひがみっぽく、奥さんに文句を言う際には、座っているにもかかわらず、「ミヨ子、ちょっとそこに座りなさい」という口癖があります。さらに、細かい野球が苦手、バットにボールが衝突することさえ稀で、ゲームが決まってしまった後、無意味な一発を放つような「打てない・走れない・守れない」の三拍子揃ったプレーヤーです。

 実際にあったプロ野球におけるエピソードが、設定を少々変更してありますが、盛りこまれています。田淵はランニング・ホームランや犠牲バントを現役時代にしたことがありません。また、安田投手が魔球開発にことのほか熱心で、オフ・シーズンにゴルフ場のキャディーや明治屋でアルコール販売のバイトをしています。

 セネタースの白木儀一郎はピッチャー・ゴロをとると、一塁にボールを転がしたり、キャッチャーに投げて彼に一塁へ放らせたりしています。阪急ブレーブスのダリル・スペンサーは自分のホームランを増やすために西宮球場を狭くさせたり、打球が飛ぶようにバットに細工したりしています。日本ハム・ファイターズの高橋博は一試合で全ポジションを守っています。他にもありますが、こういったエピソードが援用されています。

 選手や解説者もその特徴をよくつかんで描かれています。ヤクルト・スワローズのオオヤ・アキヒコがヤスダとヒロオカの間に挟まれて困っていたり、日本ハム・ファイターズのキダ・イサミが「何だ、プロはこんなもんか」と言ったりしています。また、カネダ・マサイチが「プロやったら、走らなあかん」と連発、ベッショ・タケヒコは笑っているだけ、アオタ・ノボルは巨人の応援しかしません。登場人物たちは巷が抱いているイメージそのものです。

 とは言うものの、実際の田淵と大きく異なっている点も少なくありません。日本家屋に住んで、浴衣を着て、卓袱台に向かって朝食をとったり、球場から電車で小手指に帰宅し、駅前のたこ焼き屋に立ち寄ったりするなどはありません。また、当時の夫人の名前はミヨ子ではなく、博子です。ただ、彼女とは81年に離婚して、JALの客室乗務員から女優に転じたジャネット八田(現八田有加)と結婚し、長男裕章が11月に生まれています。

 1969年に阪神タイガースに入団した頃の田淵選手は長身で痩身、足が長く、ハンサム、強肩俊足豪打の大型キャッチャーです。打者として評価されている田淵ですが、捕手としての力量も優れています。シーズン盗塁阻止率5割以上4回は古田敦也に次ぐNPB2位の記録です。スローイングだけでなく、キャッチングややストッピングも若い頃は上手です。法政大学で同級生だった山本浩司はファッション・モデルのようだったと述懐しています。たんに男前だったわけではなく、毎日新聞の記者の裕福な家庭に生まれたせいか、清潔感と品があり、育ちのよさを感じさせます。

 法政一高の野球部に入部を申し込んだ際、坊ちゃん刈りをしていたため、断られたというエピソードもよく知られています。映画でも触れられている通り、女性ファンからマスクで顔を隠しているのはもったいないという声が上がり、ファーストへのコンバートが真剣に検討されていたくらいです。もっともスマートでしたけれども、やはりどこかコミカルで、「マンガ的」です。

 太ったのは1971年に患った急性腎臓炎の影響です。あの格好よかった容貌は、以後、失われてしまいます。太ってからも、守備や走塁はともかく、中西太と並ぶヘッド・スピードの速さから放たれた打球は、宇宙航空研究開発機構が見たら泣いて喜ぶような長い滞空時間の後、フェンスを超えていきます。プロ野球のファッツ・ドミノと言えるかもしれません。

 田淵が全試合出場したのは、1978年と82年の二回だけで、毎年怪我や病気で試合を欠場しています。おまけに、いい時に限って、怪我をして、ホームラン王のチャンスを逃しています。特に、1970年8月26日、広島カープの偉大なエース外木場義郎の速球を頭に受けたケースは最悪です。

 甲子園球場は静まり返り、耳から血を流して倒れている田淵の姿を見て、観客の多くが「死んだ」と息を呑みます。意識不明のまま病院に運ばれ、3ヶ月入院した後、奇跡的に復帰しています。この出来事がきっかけとなって、プロ野球でも耳をガードするヘルメットが採用されるようになっています。さらに、84年には花粉症に苦しみ、その年限りで、現役から引退しています。

 田淵はバッティングに関して間違いなく日本プロ野球史上1、2を争う天才です。彼が練習をしなかったのは有名です。

 野村克也が球場に行くと、大鏡の前で、田淵がバットを構え、素振りもせず、ただグリップを上げ下げしている光景を目にします。何をしているのかと尋ねると、田淵は「構えさえ決まれば僕は打てるんです」と答えています。確かに、構えは大事だが、それだけで打席に入って打っているのは田淵しか知らないと言い、もし王貞治の半分程度の練習をしていたら、本塁打王のタイトルを獲得したのが1975年のみということもなく、王を上回る記録をマークしていただろうと残念がっています。

 「しかし、このエピソードはいかにも天才田淵らしいと思う。甘いマスクの田淵が安定した腰の力をバットにのせて、高く舞い上がる滞空時間の長いホームランを、さもなんでもないことのようにポカリ、ポカリと打つ姿のよさ。そして、豪快なフォロースルーのあと、手から離れたバットが必ず背番号22の真後ろのあたりでフワリと宙に浮いている情景には、精密機械を思わせる王の生真面目なホームランの光景とはちがって、一瞬、メルヘンの世界にさそいこまれるような魅力があった。『努力』という言葉は天才の辞書にはない、と言いたくなる瞬間であった」(岡崎満義『田淵幸一』)。佐々木信也は「私が見た中で、最も美しいホームランを打った打者」と田淵を絶賛しています。彼が「ホームランアーチ」と「アーティスト」をかけて「ホームランアーチスト」と呼ばれるのもその美しさゆえです。

3 肥満
 そんなタブチくんをめぐる笑いのポイントの多くは彼の肥満体です。田淵について持つイメージは若いホームランアーチストではなくアーティストではなく、「タブタ」と馬鹿にされた晩年の姿です。

 田淵以外にも、肥満体で知られた選手は少なくありません。香川伸之や大久保博元がその代表ですが、スター性に欠けます。また、晩年の落合博満も腹が突き出ていましたけれども、肥満が笑いの対象にはなりません。彼を語る場合、やはり信子夫人のことが主眼になるでしょう。肥満を笑うには田淵しかないのです。

 肥満は、今日、新たな国際的健康問題です。肥満は多くの病気を誘発し、先進国だけでなく、グローバル化と共に、途上国にも拡大しています。この問題の解決はタバコの追放以上に困難です。タバコ以上に肥満が世界にとって危険であると指摘する専門家さえいます。巨大企業による巧妙なPRによって生活に浸透した塩分や糖分、脂肪分が多く、バランスを欠いた食事に運動不足が人々の健康を蝕んでいます。グローバリゼーションの世界を懸命に生きた結果、汗っかきで、ノロマ、面倒なことは先送りし、食費と医療費がかさむデブになってしまったというわけです。20世紀は疾病との闘いの時代でしたが、21世紀は肥満との闘いの時代になるでしょう。

 アメリカ文化を象徴するエルヴィス・プレスリーも、晩年、肥満に苦しみ、それが原因となって急逝しています。エルヴィスの命日の一週間前から、グレイスランドでは、彼の物真似コンテストが開かれ、偉大なロック・スターの供養をします。

 参加者が演じるのは若きロックンロールの王者ではなく、汗っかきで暑苦しいデブになってしまった晩年の姿です。それは真の苦悩、人々には遠く及ばないあまりに過酷な苦悩の体現者です。なぜ無名のトラック運転手が聖人や預言者のような名誉を手に入れられたのかという問いにエルヴィスは苦悩し続け、太ってしまいます。物真似はこの苦悩を実感することによって自らの苦悩を癒す行為です。

 田淵は、エルヴィスと違い、苦悩のために太ったのではありません。才能に恵まれながらも、アクシデントや不運によって、それを発揮できなかったプレーヤーには悲哀が漂うものです。ところが、田淵の場合、実際にはともかく、肥満により稀有な天才を生かしきれなかったため、笑いを誘わずに入られません。

 アニメでは、誰もがタブチに「がんばれ!!」と期待します。けれども、彼の太った体はそれに応えられませんが、育ちのよさからくるガツガツしたところがなく、どこかのほほんとして見えます。どんな努力によっても到達できない天才の能力を妨害する肥満を気にしながらも、太った自分自身を受け入れている姿は、肥満に対する一種のユーモアと言っていいでしょう。この作品のタイトルは、ですから、『がんばれ!!タブチくん!!』でなければならないのです。

噂に聞いたパンチ力 どうしちゃったの
熱く野次られお尻を あぁ燃やして
いかにも打つような 大胆不敵な構え
当たりゃデカイが バットは宙を切る
その気にさせないで もうこれ以上
期待するのが辛いから
その気にさせないで もうこれ以上
人生 無駄にはしたくない
(クレイジー・パーティー『がんばれ!!タブチくん!!』)
〈了〉
参照文献
スポーツ・グラフィック・ナンバー編、『豪球列伝』、文春ビジュアル文庫、1986年
同、『豪打列伝』、文春ビジュアル文庫、1986年
同、『魔球説』、文春ビジュアル文庫、1989年
同、『豪打列伝2』、文春ビジュアル文庫、1991年
同、『プロ野球ヒーロー伝説』、文春ビジュアル文庫、1992年
玉木正之、『プロ野球大事典』、新潮文庫、1990年
文藝春秋編、『助っ人列伝』。文春ビジュアル文庫、1987年
同、『暴れん坊列伝』、文春ビジュアル文庫、1988年

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