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タトゥー 3

デザインは決まった。色は入れずにブラック&グレイにするのも前から決めていた。けれどどこに入れるかはずっと迷っていた。普段は服で隠せるところということだけは決めていたけど。毎日仕事から帰るとワンポイントを入れている人の画像を検索しまくり、今はもう閉鎖されてないけれどタトゥーを入れている人、入れたい人のsnsのようなサイトがあったのでそこもよく見た。
「入れた後、2週間は痒みに耐えられない。搔きむしりそうになった」という体験談を読み、私は焦った。ポルトガル旅行はちょうどその期間に当たるからだ。街を歩きながら痒みに耐えるなんて厳しい。旅行が楽しめないのではないか?けれど後には引けない。

予約日が近づいてもまだどこに入れるか決めかねていた。一応、腰?背中?なんて言えばいいのだろう、お尻の上部右側にしようかと思ってはいたのだが、そこにワンポイントを入れている人はなかなか見かけない。デザインを横長にしようか縦長にしようかも迷っていた。大きさも……。バランスよく見えるにはどのくらいがいいのだろう?何度も鏡で背中を見てイメージトレーニングみたいなことをして、首がつりそうになった。

予約日前日。風呂場の鏡で背中をじっと見た。明日の今頃はもう、タトゥーが入っているのだと思うと何とも不思議な気持ちになった。さよなら、真っ新な私の背中。うーん、やはり腰じゃなくて他にしようかなぁ。またもや首がつりそうになった。

私は神経質の臆病者なので、重要なイベントがある前日は眠れない性質だ。案の定眠れない。体調を整えて万全の態勢で向かわなければいけないのに。

その店は目黒にあった。電車を乗り継ぎ駅に着いて坂道を上って店のあるマンションの前に予約時間の30分前に到着。ああ、ドキドキしてきた。胃も痛くなってきた。コンビニで飲み物を買って用意してきたガスター10を飲んで辺りを少しうろついた。

10分前。そろそろいいかなとマンションのオートロックで部屋の番号を押した。
応答し、名前を告げるとドアが開いた。エレベーターはあったかな、階段だったかな、忘れた。
チャイムを鳴らしドアを開けてもらって挨拶して……普通のマンションだ。2LDKかな。まずは控室みたいなところに通された。本棚には書籍やファイルらしきものが沢山並んでいた。
彫師のKさんはホームページに載っていた写真通りの人だった(当たり前か)。
友人が描いたスケッチを3枚見せると
「おっと…こんな上手なの持ってくる人なかなかいないわ」と驚いていた。
「どこに入れたいんだっけ?」このギリギリの時まで私は迷っていたが
「えっと……肩甲骨」と答えた。
「うん、分かった。大きさは?」
「5cm四方くらいですかね?あまり大きくない方が」
「うーん、でもね、年取ると肌って縮むのよ。線が太くなって細かいところは潰れちゃうんだよね。もう少し大きい方がいいんじゃない?」
「……分かりました。おまかせします」
「この大きさだと2万になるけど大丈夫?OK?じゃぁ下絵を描いてくるから少し待ってて」
「あ、あの……私、痛みに耐えられるか不安で。ネット見てたら失神する人もいるっていうし」
「ああ~。今まで途中でギブアップしたのは男だけだよ。それも一人だけ。ま、なんなら目の前消防署だから失神したらすぐに救急車来るから」
笑うしかなかった。女で初の失神者にならないことを祈ろう。
「たまにいるんだよねぇ、事前にどのくらい痛いかって実験する奴が。爪楊枝で引っ掻いたりして。傷だらけだからこれじゃ彫れないって帰ってもらったこともあるよ、ま、男しかいなかったけどね!俺は脱毛したことないから分からないけど、女の人はよく脱毛の施術と同じような感じだって言うよ」
脱毛未経験の私には想像がつかなかった。
「覚悟出来た?」
「は、はいっ!」
「じゃぁちょっと待ってて」
はぁ……緊張度マックス。あと数十分後には肌に針が、インクが入るのだと思うと鼓動が激しくなった。落ち着け、私。

何分経ったか分からないけど、Kさんが戻って来て
「こんな感じ、どう?」と図案を見せた。
友人が描いてくれた3枚の絵が程よくミックスされ、オリジナル要素も加わっていた。気に入ったので
「それでお願いします」と言った。
「え、一発でいいっていう人珍しいわ。本当にいいの?ここをこうして欲しいとかあったら遠慮なく言って」
「気に入ったので、これでお願いします」
「OK、じゃぁこれで。こっち来て」

連れられて入ったのは広めのリビングダイニング。一人掛けのソファーが部屋の真ん中に置かれ、周りには機材が並んでいた。
「じゃぁここに座って。ああ、上は完全に脱いじゃって」
私はベアトップをTシャツの下に着てきたのだが、それだと滑って彫りにくいと言う。
「まず消毒するよ」
アルコールを含んだ布の感触が伝わって少しヒヤッとした。
「次ね、転写するから。そしたらいよいよ彫り始めるけど、大丈夫ね?」
「はい、お願いします」
私は少し怖かったが、針を取り出し用意する様子をじっと眺めていた。
「じゃ、準備出来たから彫るね、万が一なんかあったらすぐに言って」
「はい」
Kさんの手が私の背中に触れた。マシーンは音を立てた。