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重男とポン太 居間編

<前回までのあらすじ> 弱ったスズメの雛を保護した重男。お気に入りにの珈琲店の女将さんから、野鳥の雛の保護は誘拐であり拉致であると咎められるが、気を取り直してスズメの世話を続行する。


テレビがつけっぱなしだった。

妻を亡くしてから

家の中が静か過ぎて

ついついずっとテレビをつけてしまう。

もともとテレビは好きじゃないのに

重男は今やテレビをつけていないと

落ち着かなくなっていた。


重男の懸命な世話の甲斐あって

スズメはすっかり元気になっていた。

野生の暮らしに戻れるように

窓際にケージ置いて

ケージの中の木の枝も入れて

なるべく外の環境に近づけようと

重男なりに工夫を凝らしていた。

保護した当初は

茹で卵のすり身を切ったストローの断面にのせて

給餌していたが

今はミルワームを箸でつまんで

食べさせてやっていた。

クチバシを大きくてエサをねだってくる。

スズメはすっかり重男に慣れて

手の上に乗り

チチチヂ鳴くようになった。

「ポン太、いっぱい食えよ。」

重男は丁寧にミルワームをクチバシに運ぶ。

ここまで集中して

何かの世話をしたのはしばらくぶりだった。

娘二人の子育て(といっても45年も前のことだが)

は妻に任せっきりだったし

妻の看病、親の介護は

看護師やヘルパーの指示を仰いでいたので

重男ひとりきりで世話するのは初めてかもしれない。

いつからか

重男はスズメをポン太と呼ぶようになった。

お腹いっぱいになると腹部が丸く

たぬきのようになるからだ。


ひととおりエサをやって

ソファにもたれかかっていると

つけっぱなしのテレビでは

アフリカのサバンナ特集を放送していた。

重男がひと息ついて

くつろごうと思ったそのタイミングで

テレビに目を向けると、ちょうど

インパラがライオンに喰われる壮絶な場面だった。

「ポン太、サバンナの暮らしは大変だな。

容赦ないぞ。お前もライオンに喰われちまうぞ。」

決して、そんなこと(日本のスズメがアフリカのライオンに喰われる)は起きないのだが

重男は手のひらに汗をかいて

テレビの画面から目が離せなかった。

自然界では

喰う者と喰われる者が決まっている。

ライオンに捕まったインパラは

画面越しとはいえ

心なしか観念した表情にも見える。

喰う側のライオンも

百獣の王と呼ばれてはいるものの

獲物を仕留められるかどうかが

生死の別れ道だ。

画面の向こうのライオンは

痩せこけあばらが浮き出て

毛並みも悪く

相当飢えている様子のように見える。

喰われるインパラに哀しみはなく

喰うライオンに憎しみはない。

画面の向こうに見るサバンナの景色は

やけに乾いて無機質に映った。

生き残りをかけた壮絶な光景のはずなのに

むしろ穏やかな秩序さえ伝わる。

重男は、チチチチ鳴きながら

ケージの中でピョンピョン跳ねる

ポン太を眺めながら

ぼーっと、ただ何となく

自分のとった善意の行動は

自然の摂理に反することなのではないか

と思いを巡らしていた。

弱った個体は生き残れない。

捕食者であっても捕食者であっても。

人間が人間の自己満足な倫理からくる

勝手なおせっかいで

野生の動物の生死に介入すること。

越えてはならない線を越えてしまったのか。

野生の秩序を荒らしてしまったのか。

重男は、ぼんやりと

そんな答えの出ない問いを

自問自答しようとしていた。


「ポン太、お前、ちっこいのに器量良しだな。」

拾った当初は

脱ぎ捨てた靴下のように

ボロかったスズメだが

見事に元気を回復し

今や羽艶も良い。

黒いつぶらな瞳は

オニキスの石のように光を反射していた。

難しいことを考えてもわからない。

所詮、俺ら人間は

とうの昔に自然界からのあぶれ者よ。

重男は、心の中でそう自己完結した。

今目の前にいる

小さな命、ポン太を

青い空に羽ばたかせて

自然に還すこと。

重男の次なる目標だった。



つづく。







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