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J-POPまもるくんの謎(お茶代2月)

 文学サークル「お茶代」2月のお題です。こちらの記事からお読みください。

 普段あまりJ-POPを聞かないので、パッと具体的な曲までは思いつかないが、「俺がお前を守る」的な歌詞がある歌が多いことはイメージがつく。そこで浮かんでくる疑問は、「何から・なぜ守ろうとしているのか」「いつからその手の歌詞はあるのか」である。
 個人的なことを先に言うと、恋愛は自分で自分をある程度守れるようになった状態でしたいし、「守る・守られる」が常に固定のものという恋愛に健全さは見いだせない。問答無用で相手を守るべきものとして宣言してしまう暴力性や傲慢さは嫌いだ。双方向性がない。

 感想はそこまでにして、まずは「何から・なぜ守ろうとしているのか」について考えたい。今回の場合、男性から女性へされる守りたい表現について考える。(マイノリティを置き去りにするのは申し訳ないが、J-POPは大抵マジョリティに刺さるように作られている)
 その手の歌が出てきた現代において、日常生活で「守らなければ」と思わせるものは何だろう。事故や病気、犯罪などは恋人であっても立ち向かえない。屈強な人だったら暴漢や突然突っ込んでくる自転車ぐらいなら対応できそうだが、たぶんそういう人は少数だ。

 おそらく、守ろうとしているのは恋人の心であって、仮に戦うべき敵がいるとしたら「精神的ストレス」なのではないか。もしそうなら「守るから」のほかに「泣かせない」「笑顔にする」「幸せにする」といった頻出表現の解釈にも適用できる。そしてなぜ守る表現を使うのかということについては、旧来のアイデンティティを確認し、守るためだろうと思う。
 いわゆる自由恋愛が幅広い人のものになり、男性の守る義務が減った・女性が自立した結果、恋人の心を庇護対象に構え、旧来の誰かのなにかを守らなければならないアイデンティティを保つために、J-POPは守ると宣言するのだろう。恋愛の型をなくし、どういう役割を当てはめたらいいかわからなくなった結果の現象だろうと解釈できる。
 また、現代の精神的ストレスが生命をも脅かすものであることからも、立ち向かえそうかつ克服するべき敵として位置づけているのかもしれない。
 蛇足かもしれないが、K-POPの女性アイドル曲にありがちな「私は強い」的な歌詞が「俺が君を守る」の歌詞の逆に来るものだろう。守ってくれなくてもいいというアンサーかもしれない。

 さて、次はこうした表現がいつからあるのか考えたい。
 古くは男性は女性を守り、女性は男性に守られる(支配される)ことが当たり前だった。経済的にも、精神的にも、全面的に。そして、当たり前だったからこそ言葉にされなかった。実際、昔の男性目線のラブソングでは、「守る」という言葉は使われていない。少し実例を見てみよう。

 例えば昔ながらの男性のアイデンティティがまだ保たれていたであろう1966年、加山雄三(私の推しです)はこんな歌詞を書いている。

もしもこの舟で 君の幸せ見つけたら 
すぐに帰るから ぼくのお嫁においで
月もなく淋しい 闇い夜も
僕に歌う 君の微笑み
舟が見えたなら ぬれた身体で駈けてこい 
珊瑚でこさえた 紅い指輪あげよう

「お嫁においで」より

 ここでの「お嫁においで」は「僕の庇護下にお入り」という意味もあるだろう。ただし歌の最後まで「守る」という言葉は出てきていない。おそらくはもう守るということは前提、言うまでもないこととして捉えられて、「守る」、「幸せにする」などを全てひっくるめて「お嫁においで」なのだろう。この歌は軽い調子の歌だが内容としてはプロポーズであり、人生で最後かつ最大の恋という意味をはらんでいる。現代の恋愛において、果たしてそこまでの意味を含む「守りたい」を歌うことはできるのだろうか。

 何年から、と厳密に確定することはできないが、恋愛が段々と軽く、結婚との結びつきが緩くなるとともに、「守りたい」表現が出てくるようになったのではないか。
 これを書くにあたって過去のラブソングをある程度調べたが、1980年代くらいまでは失恋・悲恋の歌が目立っていた。恋が一世一代のものだったからこそ、実らなかった時の悲しさも今より相当大きいものだったのだろう。結婚以外に安心して相手を守ると宣言できる場が少ないことも、「守りたい」表現の少なさを裏づけることのひとつかもしれない。そう考えるととても曖昧な表現だ。

 特にこうだ!とバッチリ結論づけることはできないが(こんなんでいいのかね)、今後はこのような表現がすたれていくか、さらに広い人間関係(友人など)を歌った歌にも「守る」表現が登場するのではないだろうか。なんにせよ恋愛と歌が連動して変化していく様相を窺うことができて楽しかった。

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