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全国自然博物館の旅⑦きしわだ自然資料館

大阪の岸和田市では、「岸和田だんじり祭」という伝統的な祭事が江戸時代より続けられています。地域をあげて祭に取り組んでいるため、人々のつながりがとても強く、街は活気と人情味であふれています。
そして、博物館と地域住民の絆も強固であり、お互いに連携して地元の学術を発展させています。そんな熱い魂が根づく街の自然博物館を訪ねました。


だんじり魂の街に奇跡の自然博物館あり!

大阪府南部ーー泉州と呼ばれる地域では、広く豊かな大自然が残されています。加えて、泉州と和歌山県にかかる和泉山脈の地層からは、なんと太古の海洋肉食動物モササウルス類の化石が発見されています。岸和田市を含めた大阪の南部地域には、自然科学の神秘がたくさん眠っているのです。

それを裏づけるように、素晴らしいニュースが報じられました。大阪府内で69年前に絶滅したと思われていた水草ムサシモが、岸和田市の久米田池で発見されたのです(下記リンク参照)。

大阪府内でのムサシモの再発見は、とても喜ばしいできごとです。そんな今だからこそ、泉州の自然環境をより深く理解するために、きしわだ自然資料館に足を運んでみましょう。

南海電鉄・岸和田駅前の装飾。街全体から、だんじりにかける強い想いを感じました。

大都会・大阪の中心部に降り立った筆者は、Osaka Metroの御堂筋線で梅田駅から難波駅へ移動。そこから南海電鉄の南海線に乗り換え、急行で岸和田駅へと向かいました。
駅から自然資料館までは徒歩移動となりますが、十分歩いて行ける距離です。途中の商店街や紀州街道のお店で小休止を入れながらゆっくり向かうのもいいでしょう。

博物館の立地は、岸和田市役所の近くです。建物の外観からは学術的な空気感が滲み出ていて、これから始まる学びへの期待が高まってきます。

アカデミックな雰囲気が漂う、きしわだ自然資料館。泉州地域の過去と現在の環境を学び尽くしましょう。

地域住民と博物館が共に作り上げる学びの世界

太古のロマンが満ちあふれる泉州地域

大阪では古代のゾウやワニなど大型生物の化石が発見されています。陸地をゾウやオオツノジカの群れが大地を闊歩し、河川ではワニが獲物を待ち伏せているーーそんな野生味あふれる大動物王国が、数十万年前の大阪の姿だったのです。

長大な象牙が特徴的なナウマンゾウの骨格。大阪府内の地層だけでなく、本州と淡路島の間の海底からも化石が見つかっています。

展示ホールで最初に来館者が出会うのは、ナウマンゾウの全身骨格。現生のゾウよりやや小柄ですが、牙がとても長くて迫力満点です。

ナウマンゾウの近くには、岸和田市で見つかった古代ワニの化石のレプリカが展示されています。このキシワダワニは全長5 mほどで、約60万年前の大阪に生きていました。大阪府内ではキシワダワニの他にも新生代のワニの化石が発見されていて、互いの系統関係を含めた研究の進展が期待されます。

キシワダワニの頭骨のレプリカ。他の種類のワニよりも細長い口が特徴です。
現生のワニたちの頭骨。キシワダワニの細長い口は、ガビアル類(写真奥の2体)とよく似ています。

展示ホールの中ほどで目を引くのは、古代の海棲トカゲ類クリダステスの復元骨格模型です。いわゆるモササウルス類の一種であり、中生代の白亜紀における海の捕食動物でした。
大阪と和歌山にかかる和泉山脈の地層からはモササウルス類の化石が発見されていて、白亜紀の泉州地域に大海原が広がっていたことがわかります。本館ではモササウルス類と太古の海洋環境についても深く学べます。

海棲トカゲ類の一種、クリダステス。本種は小型で全長3 mほどですが、大型種のモササウルスでは全長18 mにも達したと考えられています。
和泉山脈の地層から産出したモササウルス類の化石。この個体の全長は8 m以上あったと考えられており、当時の海の強力なハンターだったと思われます。
モササウルス類だけでなく、泉州地域ではアンモナイトの化石も数多く出土しています。当時のアンモナイトや魚たちは、モササウルス類の脅威にさらされながら暮らしていたことでしょう。

大型の海洋爬虫類と様々な形態のアンモナイトたちが栄える大昔の海原。当時の頂点捕食者ーーモササウルス類は優れた捕食能力を有しており、その摂食メカニズムを解明したのは、岸和田市出身の高校生・宮内和也みやうちかずや氏です。モササウルス類が下顎を開いた際にすさまじい吸引力が発揮され、効率よく獲物を捕食していたと判明しました。その研究内容につきましては、本館のポスター展示で見ることができます。
宮内氏の古生物学への強い情熱は、科学者を志す人々の指針となることでしょう。

モササウルス類の強力な下顎。宮内氏の研究により、モササウルス類には顎の構造を活かした高度な捕食能力があると判明しました。

泉州の人々と共に発展していく博物館

博物館の役割の一つに、一般層への学術的な教育があります。一方、地域の人々の協力が博物館の研究や資料収集に大いなる進展をもたらすケースもあるのです。
生き物の体や巣の採集については、地元住民の助力が大きな成果を生み出します。漁師さんの網にかかった珍しい魚を譲ってもらったり、収集家が保存していた貴重な剥製などを寄贈してもらったりして、博物館の収蔵資料は強化されていくのです。博物館と住民が一体となって、地域の学びの場を作るーーその素晴らしい事例を本館で見ることができます。

ハシボソガラスの巣。回収したのは小学校の校務員さんです。地域住民の採集した標本が博物館に展示されると、みんなで学びの場を作っている一体感が滲み出てきますね。
3階に展示されている剥製は、岸和田市にお住まいの蕎原文吉そばはらふみきち氏により寄贈されたものです。この素晴らしいコレクションは、自然資料館の重要な展示となっています。
これらの剥製・骨格・液浸標本などは学校から寄贈されたものです。学校関係者の方、校舎リニューアルや備品整理で行き場をなくした標本がありましたら、博物館への寄贈をご検討ください。

上記事例のように、博物館のショーケースに展示されているたくさんの標本は、学芸員さんの努力と地域住民の協力によって集められたものなのです。これらの標本は社会共有の財産であり、研究や教育に活かされて続けていくでしょう。

博物館から地域住民の人々へ発信される教育も、とても洗練されています。その一例が、きしわだ自然資料館から発祥した「チリメンモンスター」です。
本企画は、チリメンジャコの加工物に混入している小さな生き物たち「チリメンモンスター」を手に取って学び、参加者に海の生物の多様性を感じてもらう内容です。チリメンモンスターには様々な魚の稚魚、甲殻類や軟体動物の幼生が含まれていて、可愛くて不思議なチリモン(チリメンモンスターの略)たちに子供たちは首ったけです!

発見されたチリメンモンスターの図鑑。クモヒトデの幼生までいるのはすごい!
チリモンの観察方法の解説展示もあります。ルーペとピンセットが基本装備。タツノオトシゴの稚魚めっちゃ可愛いですね。
チリメンモンスターのコーナーでさかなクンのサイン発見。可愛い稚魚がいっぱいですので、きっとさかなクンも大興奮したはず(笑)。

そして、もちろん泉州地域の自然環境の解説もとても充実しています。
和泉葛城山にはブナの原生林が残されており、この貴重な植生は天然記念物に指定されています。風光明媚な名山に加え、泉州には多くの里山も存在することから、大阪南部では様々な生き物と出会えます。
また、泉州地域は大阪湾の南側にあたり、沖合や岸辺には多くの魚介類が生息しています。大阪の海の中には、想像以上に多様な海洋生物たちの楽園が広がっているのです。

ぜひ本館の展示から、泉州に息づく生命の豊かさを感じ取っていただきたいと思います。

天然記念物のブナ原生林をイメージしたジオラマ。動物たちが隠れていますので、ぜひ来館して探してみてください。
泉州地域に生息している昆虫たち。地方博物館に行くと、昆虫たちの地域性が気になりますね。
大阪湾に生きる魚たちも詳しく解説されています。湾内で一生を終える魚と、一時的に湾内に入ってくる魚の2タイプがいます。

きしわだ自然資料館 総合レビュー

所在地:大阪府岸和田市堺町6-5

強み:市民と共に作り上げ進歩し続ける展示内容、大阪湾と泉州の陸域における生態系研究の膨大な知見、泉州地域で発見された大型古生物化石の研究展示

アクセス面:最寄り駅は南海電鉄南海線の岸和田駅。大阪市内の南海線の駅(難波駅や新今宮駅)から急行に乗って行くのがオススメです。岸和田駅から自然資料館までは徒歩15分ほど。敷地内には駐車場がありますので、関西在住で車をお持ちの方はマイカーで来館しましょう。なお、だんじり祭の期間中は自然資料館が休館となりますのでご注意ください。

モササウルスの生態的特徴を解明した岸和田出身の高校生の研究、地元住民の支援を受けて収集した展示標本など、地域との強いつながりを感じられる展示がとても多いです。泉州の人々に支えられて学術性を高め、フィードバックとして泉州の人々にハイクオリティな教育を提供するという、博物館と地域住民の持ちつ持たれつの関係性が本当に素晴らしい。先述のムサシモが今後どのように保全研究がなされていくのかも含め、岸和田市の自然科学と本館の発展に注目したいと思います。
地域の自然にフォーカスしている分、展示内容はとても濃密で、泉州に棲む生命の現状がよくわかります。化石標本も生物種が豊富であり、発見と学びがたくさんあります。加えて、子供も大人も楽しめるチリメンモンスターの観察など教育面の取り組みも活発で、元気と愛情にあふれる博物館だと思いました。

エントランスで迎えてくださったシニアスタッフの方々は、とても気さくで地域の暖かさが伝わってきました。まさに大阪のおばちゃん、といった感じでしたね(笑)。

1階エントランスホールには水族展示ゾーンがあります。泉州の陸水域の生き物、大阪湾に棲む魚たちと出会えます。

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