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【SF小説】兵器物語 -序 - 新宿アリーナ ④
7.コンタクト
落ちる……落ちる……
超加速状態の僕の知覚には、重力の作用も緩慢に感じられた。
それは敵、巨大クーガーも同じことだろう。
僕たちはゆっくりと地上へ……その前に再度、不確定フィールドの中へと落ちていく。
やがて、二体のクーガーはもんどり打ったまま、フィールドに接触した。
その時、想定外のことが起こった。
僕と敵クーガーの極限定不確定フィールド……そしてすでに新宿を包んで完成したフィールドと合わせて三つの不確定フィールドが重なり合い、複雑な因果律の歪みによって起こるはずのない意識の交感状態が発生したのだ。
僕と敵クーガーの念気動格との間で……
僕は自分のまわりに、何者かの影を感じていた。
それも一人ではない。複数の誰かが、まわりにいて僕に語りかけてくる。
奇妙なことに、そこに敵意はない。
次第にイメージとして交感状態が定着してきた。
真っ白な空間にぼんやりと浮かび上がる影として……
四人。
僕の前に四人の人影が座っている。
まるで、お茶会に呼ばれたかのように穏やかな雰囲気。
「どうやら君の勝ちらしいね……」
影の一人、年配の男性が言った。
顔や姿はぼやけているが、声ははっきりと聞こえる。
「戦闘用強酸性液は恐ろしい武器ね。私たちにはないけど……」
男性と同じ年頃の女性が口を開いた。
どうやら二人は、夫婦らしい。
夫婦?
僕の疑念に先回りして、男性が言った。
「私たちは家族なのだよ。私と妻と、娘と息子……皆でこの闘獣機を支えている」
家族!
そんなことがあるのか?
家族がまとめて念気動格としてクーガーにインストールされるなどということが……
先ほどの女性より若い女性の声がした。娘なのだろうか。
「あなたは偉いわね。一人であのクーガーをコントロールして、アンロックにも耐えている」
「君の騎手は並外れて勇敢か、無謀な愚か者かどちらかだね」
若い男……息子の声が続いた。
僕は意を決して彼らに話しかけた。
「あんたたちは……四人で一体のクーガーを動かしているってこと?」
年配の家長が答えた。
「うむ。このガ級クーガーはマニピュレータも多いし、何より量子因果干渉脳を積んでるからね。構造が複雑だから、戦闘用強酸性液も搭載していない。君たちを包んだ不確定フィールドのコントロールには我々も関わっているんだよ。さらに、君がアンロックしたのを見て我々も追随したことで、状況の制御はとてつもなく難しくなった。家族で協力しなければ、とても耐えられん」
「あなたも家族がいたでしょう? もうそんなことも忘れてしまったかしら?」
家長の妻の言葉に、僕はぼんやりと過去の記憶をたぐった。
家族……家族……いたはずの……母……父……
どんな者たちだったろう……?
「思い出してみなさい。私たちも人間だった頃の、本当の家族だった時のことを思い出しかけている。彼らの兵器にされて、何の疑念も抱いていなかったが……コマンダーがいなくなって自分たちだけになったからか、意識がこれまでなかった方向に動いている……」
家長……夫……父が言った。
人は家族の一員となることで、呼び名がいくつにも増える。忘れかけていた当たり前のことに、僕は意識をそそられていた。
娘……姉だろうか妹だろうか……が言った。
「不確定フィールドが三つ重なったのには気付いたでしょう? きっとそのせいなんだと思うわ」
確かに、クーガーとなってから感じたことのない方向に意識が動いている。
それは自分でもはっきりと分かった。
だが、その先にあるものが果たして何なのか……
「私たちはクーガーであることをやめることは出来ない。だが、クーガー以上の存在になることは出来るのではないか? そんなふうに考えられないか?」
そう言ったのは誰だろう?
家長のようでもあり、息子のようでもあった。
だんだんと、あたりがぼやけてきたような気がする。
目の前の家族たちも、次第に溶け合うように重なる影となっていった。
聞こえる声も四人のものが混じって一つになった。
「我々で新しい可能性を探してみないか? 君も一緒に……我々の家族になって……共に生きることで、新しい道を探しに行こうじゃないか……」
そう……そうしてもいいかもしれない……
人間として誰かと繋がっていたいという、今まで完全に忘れていた欲求が静かに鎌首をもたげた。
それに反応したように、一つに重なった「家族」の影が大きく広がって僕を包み込もうとした。
僕は彼ら……「家族」に捕えられ……そのまま呑み込まれた……
8.融合(フュージョン)
これは罠だ。
気がついた時はもう遅かった。
僕は確かに勝利しかけていた。
敵の巨大クーガー……ガ級クーガーは、致命傷を負ったのだろう。
僕の戦闘用強酸性液が脊髄の神経中枢に達し、破壊したのに違いない。
だが、その念気動格は生きていて、奇しくも起こった交感現象に乗じ、僕との融合を図ったのだ。
いわば、クーガーの乗っ取りだ。
ひとつになろう……ひとつの家族に……
僕は彼らと一緒になるという誘いに抵抗しようとしたが、出来なかった。
決して力づくではない、優しさに満ちた侵食に、僕は人間だった時の記憶を呼び覚まされ、誰かと共にいたいという欲求を思い出していた。
でも人間だった頃、一緒にいたい相手は決して家族ではなかった。
家族とは、常にギクシャクしていた。
僕の……他人とは違う性格のせいで……
「どうして自分のことをそんな風に呼ぶの……?」
悲しげな顔をしてそう言ったのは誰だったか……
母さん……?
仕方ないんだよ。
これが僕なんだ。
結局、家族とは本当にわかりあうことは出来なかった。
「だったら、我々と新しい家族になろう……」
誰かがそう言いながら優しく僕の中に入って来る……
新しい家族……
本当にそうなれるのだろうか……
なれるのなら、このままひとつになっても……いい……?
「放せ!」
誰かが荒々しく僕の意識を引っ張った。
融合しかけていた「家族」たちと引き剥がされそうになる。
だが、その一部はすでに僕の一部になっていた。
そして、割り込んできた誰かも僕の中に入って来た。
優しさのない荒々しさで……
「ヒビキを返せ!」
来たのはユラ。
ユラ・ノヴァだ。
家族でもなければ人間ですらない、異星人の意識。
だが、それは「家族」たちよりもはるかに強く、僕を求め取り戻そうとしているのがわかった。
「ヒビキ! お前は私のものだ!」
なぜだユラ……
なぜそんなに僕を求める……
分かっている。
闘獣機と騎手は分つことの出来ない一つの生命体。
どちらかの死は、もう片方の死でもある。
それは人間同士の曖昧な絆よりも、はるかに強く違いを結びつけた冷酷な現実……
やがて、全ては混沌に飲み込まれ……
気がついた時には、僕は都庁本庁舎前の地上に立っていた。
目の前では全てが燃えていた。
道路も……都庁も……
地上に墜落して完全に破壊された、ガ級クーガーも……
そして、すべての不確定フィールドは消えていた。
つづく
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