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銀河皇帝のいない八月 ⑰

1. 下層区のギャングたち

 落ちる……落ちる……

奈落の底へと落下するリパルシング・デッキの上で、遠藤空里は今度こそ最期かもしれないという覚悟を決めようとした。
 破壊された校舎や惑星改造船の上からの落下でも生還したが、今度はそれらとは決定的に違う。
 ネープがいない。
 この事実は大きい。大き過ぎる。
 今まで自分を護っていた彼の力が、いかに大きなものだったか。それと切り離された途端、こんなにも寄るべなく絶望的な状況に放り込まれたことからも分かろうというものだった。

 傍のケイト・ティプトリーは英語で何か叫びながら、大きく傾いたデッキの手すりに、手と足の両方をかけて必死にしがみついていた。その身体の上を、茶色い影がパパッとよじのぼって、無人の操縦席に向かって行く。
 シェンガはフレームを潜ってなんとかシートに滑り込むと、レバー類を操作してリパルシング・デッキを水平状態に持っていこうとした。
 だが、装置のつくりがミン・ガンの身体に対して大き過ぎるため、なかなか思い通りにはいかなかった。
「ちくしょうめ!」
 ようやく、機体の四方に取り付けられた反発フィンが機能し、リパルシング・デッキは手すりにしがみつくことなく、乗っていられる向きに落ち着いた。
 しかし落下の勢いはおさまらず、巨大な金属の渓谷は次第に暗さを増してきていた。

「どこかに降りられないの?!」
 不安に駆られて空里は叫んだ。
「今、その場所を探してるところだ!」
 空里は勇気を振り絞ってデッキの端から下を見下ろした。降りられそうなところとは、どんなところかまるで判断がつかない。建物からせり出したテラスは、だんだん狭く未整理な雰囲気になっている気がする。ネープを見失った庭園のような平地は、まったく見つからなかった。
「あそこに降りるぞ!」
 シェンガが言ってるのがどこなのかもはっきり分からない。

 やがてリパルシング・デッキは、細長い橋のようなテラスに近づいていった。その一方は建物に開いたトンネルに繋がっており、奥まで入って行けそうに見える。
 ミン・ガンの戦士はデッキのスラスターをふかし、落下軌道をゆるやかにした。目標のテラスと並行の向きに合わせ、着陸の態勢に入る。
 だが、テラスの上に平地はほとんど無く、小さな建物に埋め尽くされていた。それらは雑然と並んだ、バラックに近い住居群のようだった。
 高度を下げながら少しでも着陸しやすいところを求めて飛び続ける内に、リパルシング・デッキはトンネルの入り口を潜って巨大なビルの内部へと飛び込んだ。

 暗い、地下道のような空間に、街が広がっている。

 ついに建物の屋根からとび出した何かの突起物がデッキの底に接触した。
「つかまれ!」
 シェンガの叫びと同時に、片側の反発フィンが何かにぶつかり、デッキはクルクルと回転しながらバラック群の中に墜落した。
 衝撃音とともに屋根を破壊し、その奥に飛び込んだリパルシング・デッキの上で、空里はぎゅっと目をつぶった。
 ひときわ大きなショックとともにデッキが停止し、それ以上動かないことを確かめて、ゆっくりと目を開ける。

 あたりは弱い光に包まれ、もうもうとした煙が立ちこめていた。
 ティプトリーがうめきながら頭をさする。
 空里はデッキの操縦席から這い出たシェンガに声をかけた。
「これから……どうしたらいいの?」
「とにかく、ここから下りようぜ」
 シェンガの提案に従い、バラックの残骸に足場を探しながら、空里とティプトリーはなんとか薄暗い地面……建物の中だから床か……の上に降り立った。

 と……
「ヒッ!」
 というティプトリーの声に振り返った空里は、自分たちが数人の影に囲まれているのに気づいた。
 。恰幅のいい長身をローブのような長衣に包み、不気味なマスクを着けた人間たちだ。
 そのうちの一人が、ショックスピアーに似ている武器と思しき道具を空里に向け「こっちへ行け」というジェスチュアをして見せた。
多勢に無勢と見たか、シェンガも大人しく彼らの指示に従った。
「この人たち、誰? 帝国軍?」
 空里の問いにシェンガは小さな肩をすくめた。
「そうじゃないな。ラ家の私兵でもないだろ。地元の実力者の手下じゃないか?」
「つまり、ギャングね」
 ティプトリーの要約に、空里はため息をついてうなだれた。
 宇宙の果てまで来て、ついにギャングの虜になってしまった…… 

 銀河皇帝の後継者は足取りも重く、暗い街のさらに闇の奥へと連れ去られて行った。


つづく

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