銀河皇帝のいない八月 ㉘
3. 〈皇冠授与の儀〉
駐機場で空里を出迎えたのは、完全武装で顔を隠した数騎のメタトルーパーと、詰襟のスーツに身を包む二人の完全人間だった。
二人は、空里の前を歩く少年と確かに同じ顔をしていたが、少年ではなかった。一人は、中年に差し掛かりつつある成年男性。もう一人は、華奢でかすかに柔らかさを感じさせる体型の持ち主だった。
女の子のネープ!
その存在は話から当然だったが、実際に目の当たりにすると実に奇妙で不思議な存在に感じた。まじまじと彼らの顔を観察している間に、空里は二人と間近に相対していた。
男性のネープが口を開いた。
「ようこそ、エンドー・アサト。私はネープ一四一。すべてのネープの統括責任者です。あなたを皇位継承者として歓迎いたします」
「あ……ありがとうございます。よろしくお願いします」
思わず場違いにありふれた返事をしてから、これでよかったのかしら? とネープを振り返ったが、彼は何も言わなかった。
「これがあなたの皇冠です」
一四一が傍の少女の掲げるトレイからそれを取り上げ、空里に差し出した。
皇冠は、空里が想像していたものと、全く違っていた。
もっと、宝石や彫刻で飾られた装身具的なものかと思っていたが、それはまるで青い水晶から削り出したような石の円環だった。飾りめいたものといえば、上といわず下といわず不揃いに伸びた何本かの小さなトゲだけだ。
空里の思いを見透かしたように一四一が語りかけた。
「これは、単なる象徴的な装身具ではありません。星百合の一部から出来ている、一種の共生生物です。もし、あなたにうまく反応すれば、あなたの知覚や認識力を大きく拡大する力を与えてくれます」
空里は顔を上げて聞いた。
「私に反応しないことも、あるわけですか?」
「それは皇冠次第です。あなたの種族、つまりチキュウジンにこれが与えられるのは初めてなので、なんとも申し上げられません」
「なるほど……」
空里が差し出しされたままの皇冠をどうしたものかと迷っていると、傍の少年が声をかけた。
「着けてみてください」
「え? 〈即位の儀〉まで待たなくていいの?」
「儀式はあくまで儀式です。それまで、それがどこにあっても、問題はありません。あなたが身に着けていれば、なおさらです」
空里は皇冠を受け取ると、それを恐る恐る頭にのせ……
「!」
……かすかに皇冠が動くのを感じた。
少し小さいような気がしたが、皇冠が自分でサイズを合わせてくれたようだ。確かにこれは生き物なのだ。
「ちょっと……気持ち悪い」
「慣れてください。これは、銀河皇帝を皇帝たらしめてくれるものでもあるのです」
一四一が言った。
「はい……」
「とりあえず、似合っとるぞ」
背後からミ=クニ・クアンタが声をかけてきた。
「そうですか……」
鏡が欲しいなあ。
「それから、これがあなたの玉座機です」
ネープ一四一が黒い石か金属の塊にしか見えない、巨大な物体を指し示しながら、空里をその近くに招き寄せた。
見ると、玉座機の表面は溝状のデコボコが穿たれており、その溝の奥で星のような橙色の光がいくつも瞬いている。
「話は聞いていると思いますが、あなたを守ってくれる多機能かつ強力な生物機械です。今は眠っていますが、あなたの命令で覚醒します。呼びかけてみてください」
「えっ! これにですか?」
一四一はうなずくと、少し空里の背後に下がった。何が起こるのか不安だったが、空里は思い切ってその物体に声をかけてみた。
「……起きて」
何も起こらない。
「もっと強く、どうぞ」
一四一がアドバイスした。
「起きて!」
空里の声に反応し、溝の奥の光が青く変色して輝いた。次の瞬間、玉座機はその形を大きく変えた。
溝で区切られた部分がスライドして中央部分が大きくへこみ、階段状の段差が生まれ、その頂上に人ひとりが座れるくらいのくぼみが現れた。
「どうぞ、玉座にお着きください」
これが、玉座……
空里は階段を昇って頂上にたどり着くと、振り返って窪みに腰を下ろした。
同時に、あたりからザッという音が響いて空気を揺らした。
「!」
空里はまったく気づいていなかったが、駐機場の周りは一段下がった広場になっており、そこにおびただしい数の人影が控えていた。
それは、何千人という数のメタトルーパーが、一斉にショックスピアーを掲げた音だったのだ。
「皇冠と玉座機を手にした皇位継承者……すべてのネープはあなたに忠誠を誓います」
一四一が静かに宣言してこうべを垂れ、〈皇冠受領の儀〉の終了を告げた。
今のが儀式? これで終わり?
あまりの簡潔さに、空里は呆気に取られた。
とにかく、受け取るものを受け取った空里は、すぐにもネープと共に地球へ帰る……つもりだった。
だが、玉座を下りた彼女を待ってたのは、一四一の意外な言葉だった。空里のネープ三〇三は、直ちに医療区へ送致されるというのだ。
「体調に問題はありませんが……」
少年三〇三は抗議した。
「〈鏡夢〉で自己失調メソッドを使っただろう」
ネープ一四一のその一言だけで、少年は沈黙した。
一四一は、彼がサロウ城を脱出する際、敵の目を欺くために自分で極端に体調を崩す技を用いたのだと説明してくれた。その影響が残っていないか、診断する必要があるというのだ。
一四一が〈鏡夢〉での出来事など知るはずはないのだが、同一人物と言っていい、同じ遺伝子を持ったネープたちの間では、結果としての状況からその行動の過程を把握するのは簡単なのだ。
「そんな危ないことをしていたの?」
咎めるような空里の言葉にも、ネープは全く臆することがなかった。恐らくそうしたことが当然と信じているのだろう。
「……すぐに戻ります」
そう言ってひとり〈守護闘士宮〉の奥へと去っていくネープを見送りながら、空里は〈鏡夢〉での行き別れとは別の寂しさを感じていた。
危険がないことも、どこにいるのかもわかっているのに……
一四一が言った。
「三〇三の診療が終わるを待つのも結構ですが、もし直ちにチキュウへ帰るおつもりでしたら、代わりのネープをすぐに準備いたします。どうしますか?」
答えは決まっている。
「彼と一緒でなければイヤです」
そして、その答えへの対応も、一四一は用意していた。
「わかりました。では、その間に玉座機の使い方をお教えしましょう」
一四一は、かたわらの少女を指し示した。
「これは、ネープ三〇二です。彼女がご指導いたします」
「三〇二です。お見知り置きください」
はじめて少女が口を開いた。顔は彼……三〇三そのものだが、声は少女らしい響きだった。
三〇二……?
「彼と……三〇三と一つ違いなのね」
「彼とは、同じロットの生まれです。私の分娩順が一つだけ早かったのです」
「ああ……よくわからないけど、あなたの方がお姉さんてことね?」
三〇二は一瞬、キラキラ光る目を大きく見開いた。
三〇三は見せたことのない顔だ。
「そう……ですね」
言い淀みながら答える少女の人間臭さに、空里は親しみをおぼえた。
こんな完全人間もいるのだわ……
つづく
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