【SFラノベ】伊流花がせめてきたぞっ! ⑦ 最終回
「このままでは、いつまでたっても平和は来ない…」
宇宙イルカ…フィンドリアンが言った。
「一体、地球人は本当に平和を望んでいるのかね?」
伊流花は手酌でウーロン茶を氷の入ったグラスに注ぎ、目の前に浮かぶフィンドリアンに差し出して見せた。
「そうね。このウーロン茶と同じくらいの比率で人類は平和を望んでるわ。でも、この氷くらいの人たちは戦争や紛争を起こすことで何かを得ようとしている…この現実はこの先もずっと変わらないでしょうね」
彼らの会話とは無関係に、他の客たちがどっと笑った。
恭子の叔父が経営している、地元の居酒屋である。
その奥座敷で世界平和部の三人とフィンドリアンは宴会をしていた。
アマカラグ共和国から帰還すると、フィンドリアンは話があると言ってきたが、伊流花たちは空腹の極みだったので、この店で相手をすることにした。
宇宙イルカの異様な姿は、文化祭で使う環境保護テーマの展示物ということにしてあった。
表向き、ここはその完成のお祝いの席なのだった。
「一体、いつになったらこの世界は完全に平和になる?そう長くは待てない。今すぐにも、我々の移民船団を呼び寄せたいのだ」
「ダメよ。約束したでしょ。あなたたちに地球をあげるのは、人類が永久に、平和に安全に生きられる世界になってからよ」
信幸はトリのから揚げをジンジャエールで飲みくだしながら、エイリアンと口論する伊流花に感心していた。
彼女は世界に平和など簡単に来ないことを悟っていた。
それを知った上で、フィンドリアンの力を世界平和という目的に利用したのだ。
だが、恐らくその目的を完遂することはないだろう。
かくして、伊流花は地球侵略に手を貸しながら、フィンドリアンから地球を守っているのだ。
「本当は完全にこの星を支配下に置いてから移民船団を呼び寄せたかったが…こうなったら仲間を呼び寄せ、完全に我々の力で地球を征服することにしよう」
フィンドリアンが言った。
さすがに信幸もこの言葉には息を呑んだが、伊流花はこうした出方も予測済みだった。
「どうぞ。でも、あなたたちの力って?私たちに貸してくれた装備以上のものがあるの?あのパワードスーツとの戦いは見たでしょ?人類もやられっぱなしではないのよ。フィンドリアンに地球征服が出来ないとは言わないけど、少なくとも手こずらされるわよね」
フィンドリアンは黙り込んだ。
「それに、一度移民船団を呼び寄せたら、やり直しは効かないんじゃないの?地球征服が大変だからやっぱ他にしようってわけにはいかないんでしょ?だからあなたは一人で先発隊として来たんでしょ?」
「…その通りだ」
フィンドリアンは、嘘がつけない。
それは本当だった。
「わかった?あなたはこれからも私たちに協力するしかないの。少しでも早く、完全な世界平和が実現するまで、ね!」
これはほとんど詐欺…地球をあげるあげる詐欺みたいなもんじゃないか…
信幸は少しだけ、フィンドリアンに同情しかけた。
夜も更け、一同が店の外に出ると、フィンドリアンは消えるように飛び去った。
人間に愛想を尽かしたかな?
信幸はそう思いながら、宇宙イルカの姿を見送った。
「私、おじさんちに泊まっていきますー。おやすみなさーい」
手をふる恭子と別れて帰路についた信幸と伊流花の頭上には、澄み切った夜空が広がり、星々が見たこともないくらい綺麗にまたたいていた。
「しかし、今日は危なかったなー。イルカスーツも無敵じゃないんだ。気をつけなきゃ」
信幸の言葉に、伊流花は表情を固くして意外なことを言った。
「ごめんね、赤津くん」
「えっ?」
「あたしが甘かったわ。罠に気づかなかったせいで、赤津くんを危ない目に合わせちゃった…」
「罠?あれが?すると…アマカラグ政府の?」
伊流花は首を振った。
「ちがうわ。アマンダよ。アマンダ・リースが私たちをハメたの」
「えっ!?」
伊流花はアマカラグに着いて最初に受けた攻撃が、政府軍のものでないことに気づいていた。
その前に政府軍の車両を目撃していたからだ。
奇襲をかけるつもりなら、あんな風に姿を晒すはずがない。
では、攻撃してきたのは?
彼らと戦っている、反政府ゲリラ…あるいはその支援者だ。
アマカラグの反政府勢力が、某大国の援助を得ているのは、ニュースを見ていれば誰でも知っている公然の秘密だった。
その国とはすなわち、アマンダ・リースの国なのだ。
「アマンダは平和を訴える一方で、自分の国の政府にも使われていたのよ。一方的に利用されていたのか、それとも何か見返りを得ていたのはわからないけど…」
「でも…偶然てことはないのかな。アマンダが僕たちをだました証拠はないんだし…」
伊流花はスマホを取り出し、例の動画があった共有サイトを信幸に見せた。
「ほら、あの動画もう見れなくなってる。政府軍に包囲された仲間なんて、はじめからいなかったのよ」
世知辛い現実に、信幸は眉間の皺を寄せた。
これでは、伊流花があまりにかわいそうだ。
あんなに尊敬していた人物から、こんな目に遭わされるなんて…
伊流花は星空を見上げながら言った。
「もしかしたら、アマンダはこう考えたのかもしれないわ。I.L.P.K.A.の力はすごい。すごすぎる。いくら平和のためとはいえ、あまりに大きな力で強制されたら、それは人が望んだ平和ではなくただの支配なんじゃないか。だからI.L.P.K.A.は排除しなきゃならない…って」
「そうか…」
信幸は、伊流花の言葉に突然一つのひらめきを感じた。
「…そうか。前に部長が言っていた『平和より大切なもの』がわかった気がする…」
「ほんと?じゃ、正解はなあに?」
「自由…じゃない?」
伊流花はビン底メガネの奥で大きく目を見開いた。
本気で驚いているようだ。
「例え永遠の平和があったとしても、それは人間が自分の自由な意志で手に入れたものじゃなきゃ意味がないんだ。だから、平和と表裏一体…切っても切れないもの…そういうことじゃないのかな」
「すごいわ、赤津くん…そこまでわかってくれると思わなかった。見くびっててごめん。約束通り、副部長に…」
「いや!」
信幸は突然、伊流花に向き直りその目の前にぐっと近づいた。
今がチャンス。
今を置いて機会はないと強く思い込んだ。
「そんなことより、俺、部長にしてほしいことがある!」
さらに一歩、伊流花に近付く。
気圧された伊流花は一瞬体を引きかけたが、踏ん張ってその場にとどまった。
そうだ、部長はいつだって逃げない。
「何を…してほしいの…?」
信幸はじっと伊流花の目を見つめた。
ビン底メガネの奥でキラキラ光っている目…
それを見つめながら、信幸は強く念じた。
伊流花にしてほしいこと…今…ここで…
二人の顔が近づく。
伊流花ははっきりと、信幸の意思を悟っていた。
しかし、逃げることはしない。
その想いの強さから、逃げずにいるためには…それを受け入れるしかないから…
伊流花は目をつぶった。
お互いの息が感じられるほど…
二人の唇が近づいた…
その時…
轟音と共に、光を放つ巨大な影が二人の頭上を飛び去っていった。
フィンドリアンの宇宙船。
それは、その主や他の装備同様にイルカの姿をしていた。
少女と少年は、抱き合ったまま星空の彼方へと小さくなってゆくイルカを見送った。
フィンドリアンは地球から姿を消した。
久根川の川底には大きな穴が残されただけで、かつて異星人が存在したことを示すものは何もなかった。
宇宙イルカがなぜ突然地球を去ったのか、その理由もわからなかった。
恭子は、きっと他に移住する星が見つかったのに違いないと言った。
伊流花もきっとそうに違いないと笑った。
伊流花はよく笑うようになった。
世界はいまだ紛争に満ち、世界平和への道もはるかに遠い。
それでも信幸は伊流花が笑っているなら、そんな世界は悪いものではないと信じたかった。
「世界平和実現のために、署名をお願いしまーす!」
次の年の学校創立記念日も、世界平和部の三人は駅前で署名活動を行なっていた。
フィンドリアンは帰って来る様子がない。
永遠に去ったのだ。
新しい移住先が見つかったから?
信幸には、そうは思えなかった。
それは、最後に恭子の叔父の店で宴会をした時に見た、ある情景のせいだった。
伊流花と口論するフィンドリアンが、座敷の梁に飾られたメニューの一つを仕切りに見上げては気にしていたのだ。
そのメニューには…
「イルカの刺身」と書かれていたのだった。
伊流花がせめてきたぞっ!
完
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