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#創作小説
銀河皇帝のいない八月 ⑦
10. 東京消滅
ネープがトリガーボタンを引くと同時に、あたりを白い閃光が包んだ。
そして静寂が訪れた。
風は止み、スター・コルベットを中心とした小さな空間は安定した空気に包まれていた。
が、その外は嵐だった。
白く輝く嵐が渦巻き、何もかもを消し去るように吹き飛ばしていた。
四階建ての校舎も、その周りに建つビル群も、白い闇に呑み込まれ消えていった。
世界そのものをジューサーミキ
銀河皇帝のいない八月 ⑩
第二章
1. レディ・ユリイラ
身長二メートル。女性である。
漆黒のローブをなびかせ、謁見ホールに続く廊下を歩む細身の姿は、優雅さと同時にとてつもない危険も感じさせた。ローブの下から見え隠れする、レザースーツの赤いラインが、浮き出した血管のようにも、獲物の返り血の流れたあとにも見えるのだ。
長い黒髪。透き通るような白磁の肌。鼻筋、口元、頬から顎にかけての線は、銀河系文明に属する多くの種族
銀河皇帝のいない八月 ⑫
4. 〈青砂〉の少女
日本政府の立ち入り禁止令を無視して爆心地に入ったCNNの取材チームは、数人の行方不明者を出して命からがら帰還した。
その取材行為自体も問題視されたが、彼らが持ち帰った映像の中身は、そんな瑣末ごとをどうでもよく見せるに十分な内容だった。
遠藤空里という女子高生とその異様な取り巻き……〈星百合〉による超空間ゲートウェイ網と銀河帝国の存在……さらに、一介の女子高生である空
銀河皇帝のいない八月 ⑬
5. 旅立ち
「じゃあ、始めるわね」
半壊した部室棟の屋上でケイト・ティプトリーは言った。
右手に持った小さなジンバルスティック付きのカメラに向かって英語で何か喋り出す。いつか、その映像を見るであろう視聴者たちに、これから起こることを説明しているのだ。
ティプトリーはポケットに忍ばせていたそのカメラで、空里と僕たちの取材を続けていた。彼女自身、まだ彼らの話に対する疑いを払拭しきれないま
銀河皇帝のいない八月 ⑭
6. 星百合
「オーマイ……オーマイ……」
空里のシートにしがみつきながら、ケイト・ティプトリーはうわ言のようにつぶやき続けた。まさか、本当の宇宙旅行になると思っていなかった彼女は、目の前の現実と、今まで空里たちから聞いた話のすべてがウソではないのだという現実の両方に押しつぶされそうな思いでいた。
度を失いかけていたのは空里も同じだったが、すでにネープとの大冒険を経験していたことで、まだ冷
銀河皇帝のいない八月 ⑮
7. 惑星〈鏡夢〉
スター・ゲートの向こうは星の平原だった。
空里は、もっとトンネルのような空間を通っていくのかと思っていたが、どういうわけか行手には地平線が見えていた。
夜明けか、あるいは薄暮の平原を思わせる広々としたところを、スター・コルベットは疾走しているのだった。ただ地上の平原と違うのは、草花のかわりに無数の星々と色とりどりの星雲が咲き乱れ、それが無限に続いているように見えるとい
銀河皇帝のいない八月 ⑯
8. エンザ=コウ・ラ
「逃げられた?」
エンザ=コウ・ラは広い額に皺を寄せていらだたしさをあらわにした。
「機動衛兵は何分隊派遣したのか?」
「一分隊であります。あの程度の船を制圧するには十分な人員でありました」
「だが、そうではなかったわけだ……」
エンザは立ち上がると広大な執務卓の前に立つ司令官に近づいた。
ラ家の軍用コートに包まれた長身からは、青年と言っていい歳に似合わぬ老獪さ
銀河皇帝のいない八月 ⑱
2. サロウ城の虜
薄紅色の液体で満たされた透明な球体の中に、全裸の少年が漂っている。
エンザ=コウ・ラは、確かにネープが美しい生き物であることは否定出来ないと考えた。この美しさに惑わされ、何とか完全人間を自分の慰みものにしようと試みた者も少なくない。だが彼らは皆、それがあまりにも引き合わぬ行為だと思い知らされることになったのだ。
こうして完全に自由を奪った状態でネープを捕らえることが
銀河皇帝のいない八月 ⑲
4. 完全人間の脱走
その若い医務官は、緊張に疲れ切っていた。
ラ家への仕官をへて帝国軍に属して以来、こんなに勤務で緊張が続いたことはなかった。目の前の液体檻に閉じ込められた美少年が、見た目とはかけ離れた危険な存在であることは重々承知の上だ。理屈ではわかっているが、その理解がかえって目に見えているものとの落差に戸惑いを生じさせていた。
「サンプルの様子はどうだ?」
上官が部屋に入って来
銀河皇帝のいない八月 ⑳
6. 宇宙海賊ハル・レガ
重い沈黙が仕切り壁の中を包む。
ややあって、シェンガがようやく口を開いた。
「なあアサト……気持ちはわかるが、無駄だと思うぜ。俺は見たんだ。俺たちがデッキごと墜落する寸前、あいつは……背後から迫って来た機動衛兵に撃たれてたよ……」
「それは私も見た。でも、死んだと決まったわけじゃないでしょ?」
そう言いながら、空里は撃たれたネープの姿を思い出して、喉の奥がヒリヒ
銀河皇帝のいない八月 ㉑
7. 百合紀元節
街中が動き出していた。
久しぶりに吸う外の空気の中で、空里はビル街の間を人々が泳ぎ、大きなゴンドラが宙に舞うのを見た。それら全てを、聞いたことのない不思議な音楽が、リズムを刻みながら包んでいる。
祭りが始まったのだ。
百合紀元節。
星百合をいただく星系には、それぞれに紀元節があるという。すなわち、その宙域に星百合が咲いた時を紀元とし、住民たちはその節を祝い祭る
銀河皇帝のいない八月 ㉒
8. 銀河皇帝あらわる
サロウ城内の逃亡者をめぐる騒ぎは、ますます大きなものになっていた。
ようやくセキュリティ・ドロメックがフロア間の狭いスペースに潜むネープの姿を捉え、機動衛兵たちがそれを追って包囲網を作ろうとしていた……が、肝心の位置がまるでつかめない。
ドロメックから送られてくる映像には、どれにもネープの姿が映っていたのだ。あり得ないほど、たくさんのネープの姿……まるで何人もの