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盛り塩をすてる

勤め先が収まっているビルはオシャレなガラス張りで、オフィスとは思えないようなスタイリッシュさ。階段も若干透けている。観葉植物なんかも飾っちゃって、広々としたエントランス。そして盛り塩がそこら中にある。

何人もの社員がポルダーガイストを経験している。

女性用トイレで出ただの、勝手にドアが閉まっただの、厨房の監視カメラに映ってただの、何も無いはずの天井から水滴が落ちてきただの、大なり小なり話が尽きない。

しかし、私は霊感がない。
幼い頃こそ得体の知れない霊の話を聞いて怖がったものだが、結局会うことがないまま二十四になった。

ある日の朝、マグカップにコーヒーを入れようと厨房に入ると、置かれていた盛り塩がだいぶなだらかになっていた。阿蘇のカルデラのようで愛らしかったのだが、盛っているとはいえないので少しだけ形を整えた。しかし、一度力を失った塩は元のかたちにならず、やはりカルデラになってしまった。

それを見ていた栄養士さんが、「もうだいぶ置いちゅうし、邪気も溜まっちゅうろうきこの塩捨てるね」と小皿をひょいと取って塩を捨て始めた。

私はお礼を言い、コーヒーマシンの音が止まったのを確認してマグカップを手に取り、自席に戻った。

その10秒後、ぱりん。という陶器の割れる音。厨房からだった。やけに軽くて小さそうな皿だなと思い、急いで戻った。

厨房のパーテーションを少し開けると、
「塩のさら、何もしてないのに2つに割れたー!」
といいながら、半月のようになった皿を私に見せる栄養士さん。

「邪気溜まりすぎちょったがやろうねー🎶」
細かく散らばった破片をほうきとちりとりでササッと片付けている。

陽気すぎる。

さすがに今のは絶対に「何か」がいただろうに、「怖いねー🎶」などとおっしゃっている。
あなたの方がよっぽど怖くて、でも勇敢だ……。

邪気は栄養士さんのパワーに勝てなかった。厨房で悪さをしようなど、考えたのが間違いだったのだ。天晴れ!

……ところで盛り塩をカルデラといいながら愛で、ちょこちょこ触って直していた私は大丈夫だろうか。

皆さんも、気軽に盛り塩を愛でないように気をつけてほしい。

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