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「すっぴん全然違うね!」すら取り込んで
更新料を支払い、家賃アップの条件を呑んでようやく、東京に住み続ける権利を得た。
賃貸組の同僚と「なぜ更新料を払わなくてはいけないのか」について議論しながら身分の低さを痛感。再来年には給料を今の倍にすると心に決め、はたと気づく。こうして働かせるためか。
東京暮らし3年目現職は4年目だが、案外“変わり映えのしない日々”でもない。
私が同じ場所にとどまっていようが季節は流れていくように、同じ部屋と会社を行き来していても、そこに関わる人は少しずつ変わるもので、その変化が私に刺激をもたらしている。
大人になるにつれて、友だちは減ってゆく。それは自らの交友関係をユートピアに近づけていくということであり、とても快適だ。
ちょっと前までこれも大人になる醍醐味と思っていたけれど、ユートピアにハマっていくほど自分の性格や思考がその範囲で確立されてしまうということに気づき、この頃は理解できない人間と意識的に関わりを持つことにしている。
自分とは全く異なる思想を持つ、それがストレスにすら思えてくるくらいに「ちがう」人間は、まるで夜の湖だ。
その得体の知れなさは一見ただの恐怖だが、一度足を止めて覗いてみると、だんだんと自分のかおがはっきりとみえてくる。
例えば最近、こんなことがあった。
友人の自宅を訪ね、そのまま飲み明かした日。シャワーを浴び、酔いも眠気も落ち着いたところで彼女が言った。「ねえ、メイクするところ見せてよ」
「なんで(笑)」
「だってすっぴん全然違うんだもん!見たい見たい!」
咄嗟のことで、上手く笑えていたかわからない。
「お前はブスなんだからわきまえろ」という声が、校舎から聞こえてくる。かなしみと虚しさがない混ぜになって身体の中心がカッと熱くなり、やがてスッと引いていった。
「仕方ないなあ」
右の口端がヒクヒクと、糸でつられたように痙攣した。
指示されてもいないのに、私はわざわざ半顔メイクをしてやった。私は美人ではない、メイクが上手いだけなのだと。彼女から言われる前にぜんぶ言ってやった。
「どうせブスだし」と言いながら、傷ついている自分に気づかれないよう必死でふざけていた学生時代を思い出した。
仕上がりを見た彼女はもう一度「やっぱり全然違うね」と手を叩いた。動揺を隠し「すごいでしょ!」と返す。おどけていないと泣いてしまいそうだった。
noteにも散々書いてきているように、私とかわいいとは怨恨が深い。
整った弟妹の隣で、いつも世間から比較されてきた私の苦悩を、彼女も隣で聞いてくれていたはずなのに、なぜわざわざ抉るようなことを言ったんだろう。
今にも泣きそうな私に気づきもせず、彼女は「じゃ、私も顔作ろ!」と言ってドレッサーに向かい始めた。瞬間、私は理解した。
彼女は悪意を持っているのではない、想像力を持っていないだけなのだと。
私の中で大事件のように処理された「全然顔違う」発言は、彼女からすれば感想を伝えたに過ぎず、そこに興味が湧いたから踏み入っただけだし、私が笑っているから楽しいこととしか思わないのだろう。
紙で指をすっぱりと切った時のように、ドクドクと血が流れている。想像力の欠如は、こんなにも簡単に人を傷つけるんだね。
私が傷ついたのは容姿にコンプレックスを抱えているから、そこに「なぜそんなことを?」という戸惑いが生まれたのは、私は「想像力と思いやり」を重んじる人間だから。
なぜならいじめのターゲットになることが多かったので、自分はもちろん他人の悲しみにも敏感であり、傷つくより傷つけることのほうが異常に恐いから、一言ひとことに気をつけているつもりでいる。
彼女の一言は、私のそんなすべてを無に帰すような発言だった。そこに、やるせなさに似た怒りが湧いたのかもしれない。
ただし彼女が意図せず私を傷つけているように、私もまた無邪気に他人を傷つけている可能性もあるかもしれない。
いやむしろ攻撃的にならざるを得ないほど、彼女自身辛い想いをしているのかもしれないとまで思い至り、やっと湖の底から這い上がる。
改めて湖面に映るかおを見つめながら「想像力を研げ」と、自らに言い聞かせる。濡れそぼった髪から水が滴り落ちて、前が見えなくなる。
そんな夜の繰り返しで私は自分をより深く理解すると同時に、その水を一口含んではまた少し、自らの内にやさしさを増やすのだ。
心と連動するようにして、月が揺れている。
石を投げて消してしまうこともできるが、私は傷ついてもなお、飲み干すほうを選びたいと思った。やがて月をも取り込めた時、柔らかに発光する人になれる気がする。
その光をもち、あらためて彼女を抱きしめたい。その時にはきっと私自身、丈夫になっているはずだから。
傷つけられても傷つけない。私はこれでいい。
「すっぴん全然違うね!」すら取り込んで、より心つよく、うつくしく。
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