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羽をもがれた妖精は復讐を謡う-小噺

 目を覚ますと、腕の中にはずっと欲しかったものがいた。
それは規則正しく寝息を立てていて、意識はまだ夢の中のようだ。
「ナギ…」
俺は優しく頭を撫でる。しかし眠りが浅かったのか、瞼が僅かに動きそしてゆっくりと開かれた。
「ルカ…」
寝惚け眼で俺を見る。体勢を変えたいのか、俺の腕の中にいるのにモゾモゾと動いた。
俺は少し意地悪したくて、ナギを抱き締める。
「……」
まだ頭が覚醒していないのか、ナギは無抵抗だ。伝わってくる体温に安心感を覚える。
俺は昨夜の事を思い出し、幸せを噛み締めた。
ナギの声や表情が頭の中で再生される。
「あ…ヤバい」
先程まで寝ていたものが立ち上がる気配がして、俺は焦る。ナギにあたる…。
そして徐々に何がどうなっているのか、ナギも理解したようでーーー
「元気だな…」
と言われたのだった。

 俺は朝食兼昼ご飯を作っていた。ナギは未だにベッドの中にいる。
「お腹空いた…」
と言って、ぐぅぅと腹を鳴らすナギ。ナギは俺の物を一瞥すると、上目遣いで
「腹が減っては戦は出来ない」
と、食べ物を要求してきたのである。
そんな事を言うのなら、後でたっぷり楽しませて貰おう。そんな意気込みで、俺は冷蔵庫の中を睨んだ。
「まず、あいつはどっち派だ…?」
パンか米か。どちらを好むだろうか。
「…今から炊くのもなぁ」
空の炊飯器を覗きながら呟いた。ベーコンや卵はある。目玉焼きやだし巻き玉子なら作れるし、簡単にベーコンエッグにしてもいいだろう。だが、あまり時間がかかってしまうとナギが待てない可能性がある。
「けど、トーストじゃなぁ」
バターやチーズ、あとジャムの類だって買ってある。朝から甘い物を食べる習慣はないが、ナギはどうだろう…。
「…よし」
俺は覚悟を決めると、材料を取り出して調理を開始した。

「クロックムッシュだっ!」
と、ナギは喜びの声を上げる。俺はコーヒーを淹れつつ、内心でガッツポーズを取った。
テーブルには、三角形に切られたクロックムッシュが白い平皿に載せてあった。溶けたチェダーチーズが切り口から垂れかけていて、彩りにサニーレタスとプチトマトが添えられている。
そして淹れたてのコーヒーの側には、ブルーベリージャムがかけられたヨーグルトも用意した。
自分で言うのもなんだが、とても上手に出来た。
「カフェのモーニングみたい!」
と、喜ぶナギの顔を見て、俺の頬も緩む。が、急いで当初の目的を思い出した。
「ナギーーー」
釘を刺そうと、俺はナギの肩に触れた。そのまま抱き締めようとしたのだがーーー
「ね、ルカ」
上目遣いに、ナギが屈託ない笑みを浮かべて言ったのだった。
「今日はデートしよう」
デート、と言う響きに俺は二つ返事で同意してしまった。つまり
「あと半日もないから、さっさと準備しようか」
ね?と笑顔を向けられて、ようやく気付く。嵌められた…。
「近くでクリスマスマーケットがやってるらしい!そこ行こうっ」
と、すでに行き先も決めるナギ。
昨日とはうって変わった表情に、俺は嵌められた事への悲しみより安堵を抱いた。
良かった、引きずっていないようだ。
幸せそうなナギが見られただけで、やっぱり充分満足してしまった俺だった。

 近くにある国立広場では、先日からクリスマスマーケットが催されていた。
「昼間なのに、結構人がいるんだな」
広場には普段と比べ物にならない程の人が集まっており、何処かで演奏をしているのか鉄琴の音が聴こえる。
「ルカっ!グリューワイン飲もう!」
と、ナギが腕を掴んで引っ張る。示す先には、ホットワインが売られていた。
「…本当に平気なんだろうな?」
「強くはないけど、弱くもないよ」
「……」
俺は疑いの眼差しを向ける。そして溜息に近い息を吐くと、ナギより先に注文した。
「グリューワインとホットチョコレートを一つずつ」
アルコールに弱い人または子供用に、ホットチョコレートも売られていた。店員からマグカップを渡される。
マグにはクリスマスらしく、真っ赤な地に白字でツリーやトナカイ、雪の結晶が描かれていた。
「半分ずつ飲もう」
そう言って渡すと、ナギは嬉しそうにはにかんだ。

部屋で食べてから、そう時間が経っていない事もあり暫く俺たちは雑貨などを見ていた。
胡桃やプラムで出来た人形やスノードーム、くるみ割り人形や様々なオーナメントが売られている。
「ツッヴェッチゲメンレは飾ると夫婦円満のなるんだって」
「…プラム人形の事か」
お前、よく噛まずに言えるな。
「昔、風見達に揶揄われたからな。練習したんだ」
ナギは得意げに笑う。が、次の瞬間、瞳に影がかかった。俺は自分を叱咤する。
ーーー何やってる!折角忘れてたのにっ
いや、忘れてはいなかっただろう。心の奥で思っていた筈だ。
何せ今までクリスマスマーケットには、ナギは風見と来ていたのだから。
去年、ナギは「風見と行ってきたんだ」と、クリスマスマーケットで買ったアドベントカレンダーを執務室に飾っていた。
中のお菓子を、毎日楽しみに食べていたのを覚えている。
「…今年はいいや」
そう呟くナギの見つめる先には、アドベントカレンダーが売っていた。俺はギュッと胸が苦しくなる。顔を伏せると、ある物が目に止まった。
「…なら、今年はこっちにしろ」
「えっ?」
そう言って、俺は手前に置いてあった焼き菓子を示す。
それは坑道と言う名のケーキであり、真っ白な様子がお包みに似ていると言う事からクリスマスの定番ともなったケーキだ。
「俺と一緒に食べていこう」
シュトーレンを示しながら言う俺に、ナギは少し目を開いてーーー次に悪戯な笑みを浮かべる。
「つまり、毎日会いたいって事?」
「……」
顔が赤くなったのは、きっとワインのせいだ。そう思おうとして、俺は顔をナギから背けた。しかし
「ねぇ、ルカ…」
ナギが両手で俺の頬を包み、強制的に顔を向けさせられた。そんな強い力じゃないのに、俺は抗えない。俺に朗らかな笑みを向けるナギ。
そっと俺の耳に口を近付けてーーー
「あの時の言葉、もう一度言って?」
そう囁かれ、俺はさらに顔を赤らめた。ナギは愛おしさ半分、悪戯心半分と言った表情を浮かべる。唇が触れるまで、あと少し…。
頬を挟んでいたナギの手が、ゆっくりと下へと動いた。その動きに意識が持っていかれる。首を過ぎ、肩に触れ、次にーーー俺は羞恥心を捨ててた。
ナギの手を掴み、抱き寄せる。ナギはバランスを崩してよろめくと、俺へと倒れ込んだ。抱き込むように受け止め、俺は仕返しとばかりにナギの耳元でリクエストに応える。
「ずっと離さない」
ナギは赤面し、後に懇願する様に謝ってきたが、俺の心は既に決まっていた。
後で覚えていろよ、と。

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