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羽をもがれた妖精は復讐を謡う;小噺

 ルカは着の身着のままアルカナに来た為、暫くの間は本部内にある仮眠室で寝泊りしていた。
手持ちの金しか持っていなかった事もあり、給金を前借りして必要最低限の生活必需品は購入していた。
そして漸く、前借り分の返済と部屋を借りるまでに至ったのである。
興味本位で内見についてきたナギが「大丈夫?」と心配そうに尋ねた。
「部屋の中はリノベーションされたばかりで綺麗だけど、不便じゃないか?」
確かに、何件か見たがどれも火炎の国の中央都市・炎威から電車で一時間くらいかかる。
さらに最寄駅からも離れており、交通の便が少々悪い。
「風呂トイレ別、シャワートイレ、室内乾燥機……炎威だったら月8万くらいかな」
ナギは「ここは幾らだっけ?」と聞いたら、俺が答える前に不動産屋が「管理費込みで6万円です」とニッコリ。
「やっぱり交通の便が悪くて、部屋は良いんですがなかなか埋まらないんですよ」
近くに学校でもあれば、学生が借りてくれるんですが、と付け加える。確かに、最寄駅からここまで車で20分くらいかかった。しかもバス停も遠い。
が、それは俺には関係ない。
「ここにします」
そう言って、俺は住処を決めた。
 引越し当日、元々物が少なかった事もあり荷解きは早々に半日以内に終わった。冷蔵庫や洗濯機と言った家電は元から付いており、大型の買い物と言えばベッドくらいである。
「お疲れ様、片付け終わった?」
と、ナギが夕方頃に訪ねてきた。手には引越し祝いを持っている。
「夕飯まだだろう?」
と言って取り出したのは、蕎麦だった。
 ローテーブルでナギと向かい合い、ズズッと冷たい蕎麦を啜る。しっかり咀嚼して飲み込むと、俺は聞いた。
「引越し蕎麦って、近所に配る物じゃないのか?」
「本来はね」
そう言って、ナギはかき揚げに手を付けた。麺汁を染み込ませ、パクリと一口。「桜海老入りにして正解だな」とご満悦だ。
「昔は近所への挨拶の時に配っていたらしい」
「どうして蕎麦なんだ?」
俺は薬味を追加する。少し七味を入れ過ぎたが、まぁ許容範囲だ。
ナギは「うーん…」と少し考えてから答える。
「確か、安価であった事と『近く=(イコール)そばに』引っ越してきたって意味をかけたって聞いた事があるな」
「なら、年越し蕎麦は?」
「それは『蕎麦のように細く長く過ごせるように』って事と、蕎麦は切れやすい事から『今年の苦労や不運を綺麗に切り捨てて、新しい年を迎える』って理由だった筈」
まぁ、切れやすさは繋ぎの配分で変わるんだけどな、と付け加える。
ナギは蕎麦を啜った。汁(つゆ)が飛ばない様にする為、音は立てない。
「年越し蕎麦なんて地域差があるし、引越し蕎麦は『引越したら食べる』って思っている奴の方が多いんじゃないか?」
「時代によって、意味が変わるって事か」
そう言いながら、俺はとある事を思い出した。
確か『白羽の矢が立つ』と言う意味も、時代によって意味が変わったと聞いた事がある。
今は『抜擢される』と言う意味合いが強い。だが、本来はーー生贄、人身御供の犠牲者に選ばれる事を指すのだ。
「変わらない物なんてないのさ」
それが良くなるのか、悪くなるのかは別として。

まるで締めくくるかの様にナギは言ったのだった。

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