殺人企業:第3話【週刊少年マガジン原作大賞】
営業終了後―。
閉店作業を終え、店の奥の客席で、手塚さんと私はゆいを待っていた。
私は瞳を閉じ、心の中で謝罪の言葉を繰り返し練習していた。
(ちゃんと誠意を持って謝れば関係は修復出来るかもしれない………)
今となっては、その考えの甘さに反吐が出る。
店が終わってから、わざわざタクシーで向かって来る程、彼女は私に謝らせて優越感に浸りたかった事に何故、気付かなかったのだろう………
カランカラン………
扉が開くと共に「失礼します」の声が聞こえる。
ゆいが来た事を意識すると緊張が走る。
私は喉の渇きを感じ、一先ず、お茶を飲んだ。
「お疲れ様です」とだけ言うと、ゆいは手塚さんの隣に座り、煙草に火をつけ始めた。
「ゆいさん…今日は時間を作って頂き、有難うございます」
私はまず時間を作ってくれた事に頭を下げた。
「本当は今日、来たくなかったけどぉ…手塚さんに言われたから来ました」
ゆいは煙草の灰を灰皿にトントンと落としながら言った。
あくまで私とは目は合わさない。
「ゆいさんのお客様のバースデーの事だけど、私の配慮が足りない為に不快な思いをさせてしまい、申し訳ないです」
「どーせ、凛華さんは美咲ちゃんや瑠璃さんさえいればいいんでしょ?私はヘルプ要員だって思っているんでしょ?」
思ってもみない事を言われて私は驚いた。
すぐさま…
「そんな事ないです!ヘルプ要員だなんて思ってないです。だけど、そう言う風に誤解させていたとしたら、ごめんなさい」
「もういいです。私、辞めます!!」
私の言葉には聞く耳を持たないと言った感じで彼女は『辞める』の切り札を出して来た。
次の瞬間、手塚さんが口を開いた。
「ゆいさん、凛華さんは社長として間もないし、まだ慣れない事も多くて、ゆいさんに迷惑かける部分もあるけど、勉強中の身だから今は大目に見てくれないかな?」
「お店は好きです。手塚さんや瀬名君や久我さんがいるから頑張れる」
ゆいは私以外の経営陣は好きと言うのをアピールして来た。
「お店は気にしないの。自分の為に頑張ればいいんだよ」
「手塚さ~ん、それでもぉ~こんなに頑張っているのに…お店に来るのもストレス!!」
ゆいは自分の独壇場といった感じで勝ち誇ったかの様に手塚さんに笑顔を向ける。
私には大嫌いオーラ全開。
何がそんなに嫌われたのか分からないが一つだけ言える事があった。
ゆいは、こういう人間だと言う事。
誰か嫌いな人間を作って叩く性格。前は莉愛がターゲットだった。
そのターゲットが私に回って来ただけだ。
きっと、誰かを叩いたりして自分のプライドを保ちたいのかもしれない。
私は悪い部分は人として謝る必要があったので謝った。
けれど、関係修復は難しいと思った。
ゆいが手塚さんと話して笑顔になっていくと私とは話す事はないといった感じで明らかに存在を無視しだした。
私はその場でどうしていいのか分からないでいた。
自分の店であるにも関わらず、他人の家にいる子供の様に何とも居心地が悪かった。
「凛華ちゃん」
今回の件とは特に関係が無かった久我さんが離れた席から声を掛けて来た。
「話も終わったのかな?だったら、送り出るから一緒に乗って行ったら?」
久我さんの一言により、私はちょっと助かったと思い、そそくさと店を後にした。
きっと私が出て行った後、彼女は私の悪口で華を咲かせるだろう。
気分は良くなかったが、今後どうしようか考えていた。
ゆいに謝ってから数日後…
「凛華さん、ゆいさんに謝ったんですか?」
私を心配して美咲ちゃんが話し掛けて来た。
美咲ちゃんの表情から、この後、あまり良い話を聞かない事は容易に想像出来た。
「うん。私の配慮が足りなかったし、不快な気持ちにさせちゃったからね」
「ゆいさん、凛華さんが謝っても意味無いですよ。未だに、バースデー事件の事、文句言っていますし…」
(女って……本当に嫌だな。)
思わず、私も女だが女の嫌な部分を見た気がしてうんざりした。
謝って仲直り出来るのは子供の頃の特権なのかもしれない。
大人になると謝っても確執が無くなる訳ではない。
もう私の堪忍袋の緒も限界だった………
終わった話まで陰で言われている事で私の中の彼女への優しさが消えていった。
(もう…無理だ……どうにか辞めさせる様に持っていかないと………)
ゆいを辞めさせる場合、私以外の経営陣の許可が必要なので、私は内密に事を進める事とした。
その数日後ー。
私は友人である真田君にLINEを入れた。
女の子を辞めさせたり、引き抜きが得意な人はいますか?と。
第四節:土井さんとの出会い
真田君にLINEを入れて一週間ほど経った頃だろうか。
引き抜きや女の子を裏で辞めさせる事が得意な人を見つけたと連絡が入った。
真田君の仕事の速さに感謝し、私は直ぐにLINEに返信した。
「有難うございます。いつ、その方と打ち合わせ出来ますか?」
「調整してみますね」と返信が来た。
持つべき者は友人。
その言葉の通り、真田君は元々の友人だが人脈が幅広く、この様な事を頼む相手としては適任だった。
一週間後―。
私はお店から電車で30分ほど離れた駅まで出向いていた。
お店の人間に、ゆいを引き抜いて貰う話をしている所を見られる訳にはいかなかったからだ。
改札を出るとすぐに真田君が待っていた。
「お疲れ様です」とお互いに言うと、駅の人混みを避ける様に端の方に寄る。
「今日、会わせてくれる人は真田君の知り合いなんですか?」
「んー…僕の部下の旦那さん。都内でキャバクラの部長をやっているみたいで、この業界、長いみたいですよ」と簡単に説明してくれた。
ただ…真田君自体、会うのは初めてらしい。
「ちょっと電話しますね」と言うと真田君は電話をした。
暫くすると…
背は高くないが黒いスーツに厳つい見た目の男が電話で話しながらこちらに向かって来る。
(あの人かな??)
私達、水商売の人間はちょっとした仕草で夜の仕事の人間かそうでないか、ある程度は区別が付く。
だけど、その男性は水商売を経験していない人が見たとしてもTHE・水商売という風貌だった。
私は彼を見て、俳優の竹●直人に少し似ているなと思った。
それが私の彼の第一印象。
早速、合流した所で私達は近くのファミレスに入る事にした。
内容が内容だけに狭く静かな喫茶店では話しにくかったのでファミレスにしたのだ。
「初めまして。凛華です」
「土井です」
紹介された男性は土井と名乗った。
私は簡単に今回の依頼内容を、ゆいとの話を交えて説明した。
「凛華さんは社長さんなんですよね?クビに出来ないんですか?その女の子」
確かに社長なら従業員をクビにするもしないも自由だ。
「共同経営なんです。あと、地域的に女の子が中々入って来ないのもあって…下手に辞めさせられないんです」
四人での共同経営である事とバースデー事件について話すと、二人は社長である私が頭を下げた事についてビックリしていた。
「社長に頭を下げさせるって…凛華さん、雇われ社長ではないですよね?」
「いいえ。株主は100%私です」
二人は私のこの状況を不思議な顔をして見ていた。
「私の希望としては半年、ゆいさんを引き取って頂ければと。その間に私は新しい女の子を探すので」
新しい子が入って来ても粗探しをして足を引っ張る事から、ゆいを先に追い出す必要があった。
「ゆいさんに接近するにはお店に客として来て頂く必要があるので…その分の経費は私が持ちます」
「成功報酬は?」
私は「一本で」と言った。
その言葉を聞くと土井さんは急に眼の色を変え「任せてください!!」と力強く答えた。
その表情から彼がすごくお金が好きな人なんだろうなと思った。
お金が嫌いな人なんていないだろうけど。
お金で解決しようとするなんて私も終わっているなと思っていたが、これが平和的な解決方法だと自分自身に言い聞かせた。
けれど、それはきっと言い訳。
きっと…私は上手くやりたかったんだ。
キャスト時代と同じ様に皆で仲良く仕事が出来る様に……
いつでも笑顔で、女の子から慕われる優しい凛華でいたかったんだろうね………
日曜日。
この日は土井さんがお店に現れる日だった。
私は上手いくか気が気でなかった。
だけど、その様子を周りに感じ取られてはいけない。
だから、至って普段と変わらない様に行動していた。
暫くすると…
「ご新規で1名様。ピアニッシモ」と無線から秋山の声がした。
「了解!8卓に案内して」と伊能君が無線に答え、アイスとボトルのセットを用意する。
新規で一名と言う事は土井さんが上手く客引きに引っかかったって事だ。
良かったと思いつつ、店に来た客の姿を見るまで安心は出来ない。
この辺り一帯は色々なキャバクラが乱立する事から、目当ての店があって客引きに聞いても違う店に連れて行かれる事なんて日常茶飯事だからだ。
酔っ払い相手だから仕方ないのもあるけど。
秋山が一階に土井さんを入れる可能性もあった。
土井さんがウチの店に辿り着けられるかが、ゆいを引き抜く上で重要だ。
カランカラン・・・
「いらっしゃいませー」と伊能君の声がした後…
「凛華さん!ご新規で1名ね!」
「了解!」
「何か知り合いの紹介で来たみたいだから、良くしてあげて」と秋山から無線が飛んで来る。
「了解」と応答すると私は伝票に一名と記入した。
ヴーッ・・ヴーッ・・・
携帯が鳴る。
画面を確認すると「無事に店に着きました!」
土井さんからのメールだった。
この時、これから起きる出来事に私は期待せずにはいられなかった。
ゆいを引き抜いて貰えば、きっと解決する。
この時の私はそう思っていた。
毒の芽さえ摘んでしまえば、あとは綺麗な花だけになると思い込んでいたんだ……
今思えば、最初からこの店は毒で覆われていたのかもしれない……
私はその毒の沼に嵌っていった……
気が付いた時には後戻りが不可能な程に……
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