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八日目の蝉


「すいません、分かりません」


「分からなかったら、すぐに調べなさい。
分からないことが多いほど大人になったら困るよ。
じゃあ、また来週。」


俺は中学生の塾講師をやっている。

自分自身もうアラサーだが、
同年代の友達と比べると収入は低い方になる。

悲しいが、中学生までにしかデカい顔ができない大人になってしまっていた。笑

まぁ、この歳になると比べるということがナンセンスだし、(言い聞かせてるかも)
俺は俺なりに平凡に生きていこうかと思う。

仕事自体は大変だけど、
若い世代と話すのは楽しいもんだ。(好かれてるか嫌われてるかは分からないけど)


俺は家に帰ると、
すぐに冷蔵庫から出した缶ビールを開けた。


俺は缶ビールを飲みながらインスタのタイムラインで大量に流れてくる偉人の名言を見ながら、どのタイミングで生徒に言ってやろうかと考えるのが好きな時間だ。

俺は携帯を鞄から取り出し、そういえば今日携帯触ってないなと思いながら画面を見た。

母親から着信が大量に来ていた。

俺は普段、母親とはメールのやりとりしかしないので、瞬時に嫌な予感がした。

急いで折り返すと、
俺の直感を余裕で上回ってくる内容だった。


妹に難病が見つかり、
余命一年と宣告されたということだった。


俺は数秒記憶が飛んだ。


母親と2時間近く話し、再来週に家族全員で会うということになった。


俺は今までに味わったことのないほどの脱力感を感じていた。

そして気づけば、朝方まで妹の難病を調べていた。


確かなことは、
この難病の診断からの1年以上の生存率はほぼゼロだということだけだった。


俺はその後しばらく何もしなかったが、
体を動かした方が気が紛れるのではと思い、結局一睡もせずに
外へ出ることにした。


今日が休みなのがまだよかった。
仕事なんてできる気がしない。


俺はただ歩き続けていた。


気づけば家から10キロ程離れた小さな山のふもとまで来ていた。


山でも登るか。


もう9月半ばで山は少し寒いくらいだったが、
その気候が逆に俺の精神を安定させ始めていた。

俺は脱力感は変わらずとも、
気持ちはだんだんと落ちついていってるのが分かった。

周りも見え始め、
自分のペースで歩き始めていた。


そろそろUターンしようか、と思った時だった。


蝉が羽化している瞬間を目の当たりにした。


と、
同時に俺は小学五年生の時の夏休みを思い出していた。

俺は初めて実家の近くの公園で蝉が羽化するところを目撃して、衝撃を受けた。

こんなにも蝉の羽化って神秘的なんだ、
まるでセレブィじゃないか、、、


こんなに美しいのに1週間で死ぬハズがない!!


俺はそう思って、夏休みの自由研究は
「蝉は本当に1週間で死ぬのだろうか?」にした。

俺は蝉を虫カゴに入れ、
実家で世話することにした。

妹は大の蝉嫌いで、ひたすら文句を言っていた。
俺は余りにもうるさかったから蝉を妹の顔まで持っていったら、
初めてガチギレされ、後にも先にも初めて妹に全力でぶん殴られた。

そしてそんな蝉は7日目の夜にきっちり死んだ。

だから俺はその日から人一倍、蝉は1週間で死ぬものだと思っていた。


そんな俺も
アラサーになった。

今思うとたった一匹の蝉が1週間で死んだってだけで決めつけるのはよくないな、
と思える程の余裕は身につけたと思っている。

俺は羽化した蝉をつかむと、
帰り道のオモチャ屋で虫カゴを買い、
家に帰った。




俺は単純にこの蝉には、
長生きして欲しいと思った。



翌朝、蝉に餌をあげ俺は塾に向かった。

家に帰ると、蝉が生きてることにホッとし、
夜用の餌をあげた。


3日目からだった。

俺は明らかに精神的に追い詰められていると感じたのは。


俺は、常識を破る証明がただ欲しかった。



それでも、常識だって別に当たり前なことではない。

別に今日死ぬことだってあるし、
なんなら今この瞬間死ぬことだってあり得る。

いや、
常識を破ったところで?

1日?

2日?

奇跡的に1ヶ月?

俺は、蝉を世話し始めたことを心底後悔し始めていた。


6日目から蝉は生きてはいたが、
俺の精神はかなりやばいところまで来ていた。


7日目、
俺は仕事を休む連絡をした。


俺は目の前の蝉を見ながら、平常心を保てているつもりで強く願った。



せめて、1日でも長く生きてくれ



そんな7日目の夕方


出張で明後日まで福岡に行ってると思っていた彼女がいきなり帰ってきた。

ガチャ


「あれ、何でいるのー?
仕事は?」


「精神的にちょっときつくて、」


「まあ、そうだよね。

はー、疲れた。はい、福岡のお土産。

え、てかなにこのセミ?」

「、、飼ってる」

「飼ってる⁈ セミって飼えるの?
レアなやつ?」


「いや、普通のだけど、
長生きしてもらいたいなと思って、」


「長生き⁈ セミに長生きしてほしいとか言う人始めてなんだけど、
え、てかセミってそもそもすぐ死ぬじゃん」

「、、いや、死ぬかもしんないけど、そんな軽々しく死ぬとかやめてくんないかな」

「どういうこと??
話が全く読めないんだけど」

「ただ、証明したかったんだよ、
蝉が長生きしたら、
妹も長生きすんじゃないかって、」

「いや、君、かなりやばいよ⁈
セミはセミじゃん!

1週間で死ぬよ!セミなんだから!
虫と人間全然違うでしょ⁈」

「、、、たしかに」


「てか、妹かわいそ過ぎでしょ!
どうやったら虫と人間リンクすんの⁈

セミは寿命で死ぬの!妹は病気だけど、
まだ分かんないの!
人間の医療は日々進化してるでしょ!」

「、、、たしかに」


「てかなんなのこのセミは!
かわいそうでしょこんな狭いとこで!」


彼女はいきなり家の窓を開け、虫カゴも開けた。

すると、瞬く間にセミは外に飛んで行った。


・・・


「あんだけ勢いよく飛んでったんだから、まだまだ生きそうじゃん」


「、、、たしかに」


俺はその一言を発した瞬間、
涙が溢れていた。



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