5番と22番
高校生の時。中森明菜さん似の叔母が、ハワイ旅行のお土産にシャネルの香水を買ってきてくれた。
5番と19番と22番。
ゆみ、どれがいい? と聞かれたとき、シャネルの5番がなんたるかも知らない子ども心ながらに、この香水はまだ私には早い、と思った。
その時、選んだのは22番。男勝りな私にはずいぶん甘くフェミニンな香りだったと思う。
僕は勉強ができないの秀美くんの言葉に感化されていた私は、大学時代はずっとそれをつけていて、まだ日本では非売だったから、海外に行く友達がいるたびに買ってきてもらっていた。多分、6、7本くらい使い倒したと思う。
当時私は、視力が弱かったり、目が見えなかったりする人たちの朗読劇のサークルに出入りしていた。
目が見えない分、耳が鋭くなるのだと聞いた。彼/彼女らの朗読は、言葉が鮮やかに立ち上がって、目を閉じると物語の景色が見える。
鋭いのは耳だけではなかった。「ゆみちゃんが来ると、匂いでわかる。ゆみちゃんが着る服からはいつも同じ匂いがする」と言われた。
香水をつけていない日でも、クローゼットの中で飽和した香りがそこかしこに染みついていたんだと思う。
大学を卒業してだいぶたったとき。あれは、丸の内線だったか、有楽町線だったか。電車の中で友人とおしゃべりをしていたら、とつぜん声をかけられた。
「ゆみちゃんですか?」
って。
振り返ると、彼は白杖を手にしていて、あ、朗読劇の人だって、すぐにわかった。
なんでも、私の匂いが乗り込んできて、そのあと私の声が聞こえたから、声をかけてみたという。
彼は全盲で一度も私の顔を見たことがない。でもこの東京のカオスの中で、私のことを見つけてくれたんだ、と、思った。
そんなことがあって、なおさら、22番が手離せなくなった。
あれから15年、16年くらい経ったかな。
最近は、その香水をつけることも減った。自分がその香水が似合う年齢を追い越してしまったと思うからだ。手持ちの服の中にも、あの匂いを覚えている服は、もう数えるくらいしかないと思う。
それでも、まだ、半分くらい残っている香水のボトルは捨てられない。
先日、MANGA MEETS CHANELの展示を見に行った。
クリエイティブがクリエイティブを叩き起こしている。
隅々まで鍛え抜かれた空間に身を置くと、創作が、人をこんなにもエンパワメントすることを知らされる。刺されるような思いで、その矢印を受け取っていた。エネルギーの矢印が、ちゃんと、見えた。
帰り際にシャネルの5番をお土産にいただく。
あの時、早すぎると思った香りが今は、素直に、欲しいなと思う香りだった。
翼だな
すくっと芯が立っているクリエイティブは、翼をくれるな、って思う。
ちゃんと、きっちり、クリエイティブなことをしたいなって、思った。
シャネルの5番には、やっと追いついた。
シャネルの5番的な仕事はなんたるかも、やっとわかるようになった。
これからだ。
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