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岐阜に出版の灯をともした成美堂・三浦源助

山は近きによりて見るにあらず。少し離れて見るべし。

な~んてえらそうに書いちゃったけど、要は山の全貌は麓からは見えない。少し引いてみることで、その姿のありようがわかると思うんだけど、違うかな? 故郷についても同じことが言えるような気がする。

先日、仕事で三重県の津市を訪れた。私の住む場所からは高速使って2時間ぐらい。県庁所在地だからそれなりに大きな町だ。何より三重には海がある。海なし県の岐阜に育った私にはそれがうらやましくて仕方がない。実は母の実家は三重なのだが、残念ながら山奥である。

さて、津に言った理由は日本で初めて本格的な五十音引きの国語辞典「和訓栞(わくんのしおり)」を作成した谷川士清(たにがわ ことすが)についての取材だったのだが、士清先生もすごい人だけど、子孫はもっとすごかった。大望を果たす前に先生は亡くなってしまったので、発刊は子孫たちの仕事になったのだ。全93巻82冊を110年間かかって刊行したというのだからこれはもう執念としかいいようがない。

士清先生については本当にもう少しその業績が認められてもいいと思うのだが、松坂に本居宣長がいるせいか、知名度はほとんどない。宣長の先生なのだが・・と、まあそれは今回はおいといて・・

「和訓栞」は何回かに分けて発刊されているのだが、最後に発刊したのは「成美堂」という岐阜にあった出版社だったところが、私の目を引いた。

そこで「成美堂」について少し調べてみた。主は三浦源助という。デジタル版日本人名大辞典+plusによれば、天保2年岐阜に生まれ、版元兼書店の成美堂はじめ「輿地誌略(よちしりゃく)」(内田正雄編)や「草木図説」(飯沼慾斎著 牧野富太郎増訂)などを刊行・出版したとある。

「輿地誌略」は明治時代、師範学校の地理の教科書として使われていたもので、鮮やかな挿絵がとても美しく、明治の三書(ほかに「学問のすゝめ」「西国立志編」)と呼ばれたのだそうだ。「草木図説」を著した飯沼慾斎は三重県亀山の出身で、後に大垣で医師として開業。日本で初めてリンネの分類法で植物図鑑を作り、岐阜県初の人体解剖を行っている。とまあ、そんな書物をバンバン(かどうか知らないが)発刊したのだから、これはすごいではないか!

「和訓栞」をなぜ、伊勢ではなく美濃の出版社で出したのかはよくわからないが、この頃、谷川家はほとんど財産らしいものは残っておらず、家も売り払って自分たちは長屋に移り住んでまで先祖の遺した辞典刊行という仕事をやってのけた。ボランティアの人に聞いた話では、津にも版元はあったが、規模的にあまり大きくなかったらしい。その点、岐阜の成美堂は美濃和紙の生産元である美濃市にも近く、版元としての規模が大きかったからではないかということだった。

三浦源助についてもう少し調べてみた。笠松出身の米穀商で明治初年の県知事のすすめで開業した。主に教科書を取り扱い、最盛期には全国に販路を持ち、100人あまりの職人を抱えていたらしい。店舗は岐阜市米屋町にあったが、明治24年の濃尾大震災で焼失し、同市多賀町に移った。

現在、教科書を取り扱っている「岐阜県教販」という会社があるが、これは「成美堂」の後身である。また、東京にある「河出書房新社」は成美堂の東京支社から独立したものである。英語の教科書の版元である東京の「成美堂」は岐阜の成美堂の名前を引きついたものなのだそうだ。

こうやってみていくと、教科書についてのノウハウはもっていたわけだから、辞典を刊行できたのもうなづける。

今の岐阜で「成美堂」のことを知っている人はほとんどいないだろう。岐阜(山県市)からはかの「丸善」の創業者・早矢仕有的が出ており、20年ほど前までは大衆書房という本屋が岐阜市にあった。おそらく発刊などもしていたのではないだろうか。

私の父は、「岐阜の本屋は大衆書房や自由書房や」といっていた。どちらもすでになくなってしまったが・・

web全盛の世の中。ライターの仕事も今はほとんどがwebである。コロナのおかげで取材までズームになりそうな勢いだ。

確かに情報発信の速さはwebに勝るものはない。しかし、出版の役割は情報発信だけではない。発信する情報の多くはほとんどがすぐに消えてなくなるものだ。生まれるのも早いが、消失するのも早い。そんな情報なら確かにwebで十分だ。

紙に文字で穿たれたものはもっと普遍的であるべきだろう。時代が変わっても読み継がれていくもの。消失するどころか読むほどに人の心に深く降りて行って感動を呼び起こすもの。そうしたものを生み出すのが出版の仕事ではないのか。かつて岐阜にはそうした出版人がいたのである。

街を好きになるには、まず街を見直すことから。浮かんでは消えるうたかたの楽しみばかりを追うのではなく、もっと根っこのあるものをつかむことだと思う。

#この街がすき

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