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マルハラ。ってなんじゃ?

「マルハラ」について、解せないところがある50代のオジサンです。最近の若い人たちは「句点」が怖いらしいですが、意味が分からないのはオジサンだからでしょうか。日本語には句読点というものがありますが、LINEやメールなどで句点「。」を使うのがハラスメントだというらしいのです。

友達同士で勝手に言うのは放っておきますし、好きにすればいいと思うんですが、社会現象的に「。」が怖いってなんスカ?どちらかというと逆ハラスメントなのではないかと思うわけです。

で、派遣で来てくれている若者女子のメールを見てみて驚きました。業務のメールなのに「。」が付けられていない。え?それ困るんだけど。相手が読みにくくないですか?その子はすぐに修正してくれましたが、基本「。」って怖くないですか?と言われました。何?何が怖いの?それ本気で言ってる?というレベルです。理解できない僕が悪いのか?何?「。」が怖いって・・・逆に怖いんだけど。

「不適切にもほどがある」というドラマで宮藤官九郎が言わんとしていることはそういうことなんだろうなと。セクハラ、モラハラ、マタハラ、パワハラと、今はハラスメントに溢れてます。それ自体は大切だと思うし、それで辛い思いをしたり、うつ病になってしまうケースもあります(僕も被害に遭いましたし)。

ただ難しいのは「ハラスメントはやられた側がそう思えばハラスメント」という原則。これってものすごく曖昧なくせにめちゃめちゃまかり通ってますよね。若者たちの常識で「。」って怖い~。マルハラですよ~。なんて言われてもそれって若者社会から強制的に共感を押し付けられてるようで、年寄り軍団からすれば「逆マルハラだよー」と思うわけです。

基本的に「言葉」なんてものは時代と共に変化していくものだから、それはそれでいいと思うんです。「早急」を「そうきゅう」と読んでも別にいいし、「美味しい!」が「ヤバイ」になってもいいとは思うんです。それが言葉というものだから。ただそこにハラスメントが入り込んでくるのはどうかと思ってしまうんですよね。「若者が怖がるから【。】を使うのはいかがなものか。ハラスメントだ」なんてのは下の世代からの暴力としか思えない。

オジサンたちは絵文字が上手く使えなかったり、LINEの返事が堅苦しかったりするかもしれない。でもそれは若者たちを怖がらせるためにしてるのではなく、文化が分からないからそうなってるだけだし。それをいちいち笑いものにされるのもオジサンとしては非常に不愉快で悲しいわけです。

むしろハラスメントという言葉がある種の暴力だよなあ、とつくづく思っています。もちろん本当におかしなことをしてる上司や先輩もいるでしょう。そういう人に「それはハラスメントです!」としっかり抗議できるようにするために、「ちょっとキモイ」とか「それイヤじゃね?」的なことをハラスメントと名付けるのはもったいないと思います。

少なからず世の中は「文章」で作られていることも多々あるので、将来の日本語がどうなってしまうのか、ちょっと心配ではある。僕は若者用語は面白いと思うのでどんどん作って欲しいと思っていますが、これまでの日本語を否定するのは違うんじゃないかな、と感じる今日この頃です。ギャフン。

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