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L'Rain ロレインに首ったけ!!【洋楽】

まず、名前が読めないのだ。

L'Rain。

読めないからミステリアス、だからなんだって話で、ミステリアスなものに惹かれなければ生きていけない性格ではない。むしろミステリアスなものは、シャイが裏目に出ただけで浅い、なんてことも多いから大して期待はしていない。

L'Rain。

だから読み方も知らずに音楽を聴くことにした。

 "Fatigue"というのが最新アルバムである。

ニューヨークはブルックリン出身、マルチ・インストゥルメンタリストで、そのスタイルはジャンル・ベンディング。ここぞとばかりに並べた横文字。多楽器奏者、と記そうかなんてどうしても迷えなかった。

マルチ・インストゥルメンタリストにはメンタリストが含まれている。楽器も操れるし、人の心も操れる。素敵である。そんな彼女の本名はTaja Cheek。タジャ・チーク。

寝起きのネオ・ソウル

チャラけた言い方をするならば、彼女の音楽は、寝起きのネオ・ソウル。その寝起きというのが、あまり良くはないのだ。悪夢に魘された結果、夢と現実の境目が分からなくなっているような。

"Fatigue"二曲目の"Find It"。ドロドロとした混沌が、なにか途中から開ける感じがある。その結果植物園や日の光を感じさせる曲だと思った。

しかし開けたはずの混沌は、曲の後半で再形成されてしまう。一筋縄ではいかない曲を作りやがるぜ。

悲痛な人の声がする。ホーンなんかも鳴って、不安を掻き立てられる。オルガンの音色も、なんとなく不気味である。Kendrick Lamarの"For Free"のイントロを彷彿とさせるようなコーラス。

うって変わって、この"Two Face"という曲はシンプルにドープだ。説明要らずで身体が動いてしまう。"Fatigue"というアルバムの中で、最もダンサブルな曲だと言えよう。やはり分かりやすいビートだからだろう。曲が始まってすぐにインパクトが伝わってくる。14曲中の10曲目、アルバムの一つのクライマックスであるが、この曲に差し掛かった辺りではもう、悪夢を手懐けているのかもしれない。カオスを弄んでいるような気配さえ、感じられた。

曲順は前後してしまうのだが、このBlame Meという曲は、柔らかい膜のような存在だった。

You were wasting away, my god
I'm making my way down south

という歌詞が繰り返されるのだが、頭がおかしくなるというよりも、聴くたびに馴染んでいくような印象さえある。やはり、狂気というのは日常から遠いところにあるものではない。日常の中に常に潜んでいるのだと、改めて考えさせられた。

Anna Wiseがバックグランド・ヴォーカルを務めているというのも、興味深い。今作に関わっている人として、僕は彼女以外に知らないのですが。彼女もまた、繊細な声使いとしてもっと注目されるべきだと思う。

生活音

"Fatigue"というアルバムの特筆すべき点としては、生活音がちりばめられている、ということも挙げられる。

"Need Be"という曲では、ピアノの音色の下に洗い物の音が隠されているし、前述の"Blame Me"では母親からのヴォイスメールが聞こえる。

生活に根差していること、あくまで個人的であること。L'Rainというアーティストを理解する上で、見落としがちながら重要になファクターかもしれない。確かに夢見心地な印象のある音楽だが、劇的というより、生活に根ざす不安を表現している気がする。

また、この曲を含めて奇数番曲は1曲目の "Fly, Die"を除いて1分以内の短さとなっている。と書いてすぐに気が付いたが、"Need Be"は1分と2秒であった。ごめんなさい。でも他の曲は本当に20秒以下とかそんな短さ。

インタールードというのかスキットというのかもはや分からないけれど、そんなのが多い。もはやそれは「間奏曲」の本質から外れているというか。しかしたとえ20秒以下であっても、ひとつの曲として独立しているのは興味深い。カニエ・ウェストの"Late Registration"なんかも、アルバム内にSkitが何個もあったような。

Pitchforkの評価

ピッチフォークは、L'RainのFatigueに8.5という高評価をつけた。Best New Music入りを果たしたわけだが、個人的にはピッチフォークとは馬が合ったり合わなかったりなので、正直気にしてない。けれど、こと新人アーティストに限っては、ピッチフォークが認めてくれたことは、1ファンとして素直に嬉しい。

Cheek’s second album, once again looks inward, but this time allows more light into the corners.

(二作目の今作もまた内向的ではあるが、前作に比べ細部に光が宿っている)

この批評に関しては、ごもっともだと思った。どれだけ暗くてもいい。どれだけ流血したっていい。少しでも希望を感じさせてくれるなら、それでいい。どんな芸術であれ、誰かに希望を与えるためにあると、僕は考える。

疲弊と希望

この"Take Two"という曲で"Fatigue"は幕を閉じる。この曲も、やはり不安をまとった音楽ではあるものの、希望を感じさせてくれるのだ。

“I am not prepared for what is going to happen to me.”

というフレーズを、L'Rainはオートチューンも使って繰り返すのだが、やはりミニマリズムな形式をとりながらも、スケール感の大きい音楽に仕上がっているのが素晴らしい。一瞬ドリームポップを彷彿とさせるような、淡くて大きな光を想像できるのが、この曲の美しさであり、この曲で幕を閉じる"Fatigue"というアルバムの美しさである。

そんなこんなで、最近発掘したばかりのL'Rainというアーティストに、首ったけである。エクスペリメンタルなのだが、シューゲイズの要素もあるし、R&B好きがハマれるし、結局はポップに落とし込まれてるとも思うし。レーベルのMexican Summerという名前も良いし。ところで、L'Rainの読み方はロレイン、だと思う。

はてさて、"Fatigue"というタイトルは何なのだろう。何なのだろう、っていう疑問がまず何なのだ、と言われそうではあるが。fatigueは、疲れ、疲労、疲弊、倦怠感を意味する言葉。疲れている割に、希望が見いだせる。そういえば人生って、そういうもんだったね。なぜかすんなりと納得してしまった。疲れる割りに、希望に満ちている。人生は、前を向くしかないのである。

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