小説:見える人 3-2
「もうヤバいぞ。今度のはほんとにヤバい。マジで全員がお前好みなんだぜ。完全にストライクゾーンだ。どこ振っても当たるようにできてる。ま、こりゃいわば接待だな。接待合コンだ」
顔を寄せ、小林は酒臭い息を吹きかけてきた。それはいいとして「全員がお前好み」というのは気になる。一応だけ、僕はこう訊いてみた。
「それで、俺のタイプってのはどういうのだ?」
「そりゃ、派手目で、こう、メイクもばっちりって感じの、それでいて乗り切れてないような、ちょっと田舎くさい子だろ? ああ、あと、すこし馬鹿っぽいってのもあるな。背は低く、年は若い。二十代じゃなきゃ駄目だ。これは絶対だ。違うか?」
躊躇することなく小林はすらすらとこたえた。確かに要約すればそういうことになるのだろう。ただ、引っかかりはする。
「じゃ、今度の合コンは全員そういうのが来るってのか? 派手目だけど乗り切れてない、田舎っぽくて馬鹿っぽい、小柄な二十代ってことか?」
あえてそう言うことで僕は気づきの呼び水をあたえたつもりだった。しかし、小林はこともなげにこう言った。
「ああ、その通りだよ。全員が派手目で馬鹿っぽい二十代だ」
僕は額を覆った。でも、諦めるしかない。暗澹たる表情をしてるのにも気づかないのだからまったく話にならない。
「五人来る。そのうちのひとりは、ほれ、この前と同じ子だ。俺が昔つきあってたネイリストの友達だよ。そいつにオーダーしといた。若くて、ちっこい、派手目な子がいいってな」
「ちょっと待て。この前のときと同じ子が来るってのか?」
「ん? ああ、そうだけど?」
僕たちは居酒屋にいた。「急遽執り行う」と言っていた同期会が実現したのだ。
「なんだよ。どうした? ――おい、まさかあの子を狙ってんじゃないだろうな。ありゃ、よしといた方がいい。顔があまりよろしくないだろ? お前はもっと上を狙える人間のはずだ」
喚き声がしてるあいだ僕は手をあげつづけた。「すこし黙っててくれ」と示したつもりだ。考えていたのは、そうであるなら鷺沢萌子のことも聴けるんじゃないか? ということだった。「顔があまりよろしくない子」とあの女にはなんらかの繋がりがあるはずだ。もしかしたらどこにいるか知ってるかもしれない。
「なんだよ、固まっちまって。――あっ、そうだ、清水、お前に訊きたいことがあったんだっけ」
小林は本来の目的を思い出したようだ。もしくは、どこまでも酒の肴にしようという肚づもりがあるのだろう。
「ん?」
「お前の部署に新しい女の子が入ってないか? 背がえらく高くて、やけに地味な子だよ」
「ああ、あの子な。ふた月ばかり前に来たんだよ。よくは知らないけど、どうも縁故採用らしいな」
「縁故採用? 偉いさんの子供とか親戚とかか?」
「だから、知らないんだって。ちょっと前まで別の会社の総務にいたんだそうだ。だけど、本人がああだろ? あまり自分のこと話さないんだ。話しかけても『はい』と『いいえ』くらいしか言わないしな。ほんと、ああいうのは最近めずらしいよな」
別種の下らない話をしていた二人も顔を向けてきた。経営企画の望月は「めずらしいってなにが?」と訊いている。
「なんて言うのかなぁ。ま、簡単にいえば暗いんだよ。いつもどんよりしてる。小林も言ってたけど背がえらく高いんだ。佐々木とそこまで変わらないんじゃないか? ま、それくらいデカいんだ。しかも、クォーターらしいんだ。それなのにってのも変だけど、まあ暗いんだよ。こう、髪がいつも頬にかかってて、たいがいはうつむいてる。目を合わそうともしないし、ずっとひとりでいるよ。昼休みもぷいっとどっか行っちゃうしな。うちの女子どもも持て余してる。いや、入って間もないから、そのうち馴れるかもしれないけどな、お互いに」
なんのためかもわからない沈黙が訪れた。あの女を知ってる三人は背中を震わしてる。知らない二人は首を竦めた。
「それって怖い話じゃないよな? その子は実在してるんだろ? お前たちだけに見えてるんじゃなく」
「まさか。っていうか、あんな背の高い女を見たことないなんておかしいぜ。目立つはずだけどな。エレベーターで出会してみろよ、たいがいの人間より頭ひとつ分は出てる」
「存在感が薄いんだよ。背が高いのを気にして目立たないようにしてるんだ。だから、気づかなかったんじゃないか?」
吐き捨てるように僕は言った。唇は自然と歪んでいく。
「ああ、そういう感じだ。隠れるようにしてるもんな。――だけど、なんであの子の話になったんだ?」
「その子が佐々木を狙ってんだよ。この前もずっと見つめてた。そのあとで『重要な話』があるって言われたらしい。ま、コイツはああいう地味過ぎる子が嫌いだから聞かなかったみたいだけどよ」
「ふうん。佐々木こそ目立つもんな。背はうちの会社で一番高いだろ? それに顔もそこそこだ。それでどうしてモテないか不思議だ。――ん? いや、この前彼女ができたんじゃなかったっけ? そういう噂を聞いたぜ。佐々木が妙に浮かれてる。仕事もしないで帰るって」
「やめとけよ、かわいそうだろ。また振られたんだよ。そいで、カレーもハンバーグも食べられなくなっちまったんだ。それくらい傷ついてるんだよ」
僕は思いっきり頭を張った。他の三人は「カレーもハンバーグも食べられない」というのがものの譬えなのか実際そうなのか解せないといった表情をしてる。
「だけど、ほんとに不思議だよ。どうしてこうまでモテないか不思議だ。ごくたまに彼女みたいのができるだろ? それでも長続きしないんだよな。うん、まったく不思議だ」
「こいつは呪われてるんだよ。モテない呪いをかけられてる。もしくはセックスがありえないくらい下手かだな。でも、大丈夫だ。今度の合コンこそ呪いが解けるきっかけになる。この俺がそうさせてやる。セックスの方は、――ま、そっちは自分でなんとかしとけ。風俗にでも通いつめるんだな」
笑いながら小林はレモンサワーを呷った。けっきょくその話に戻るのだ。
それからもぐだぐだと下らない話がつづいた。すべて愚痴や陰口みたいなものだ。上司どもは「あのデブ」だの「ハゲ野郎」と呼ばれ、それでも誰について言ってるかすぐにわかった。
「そういや、お前らんとこのハゲ、あいつのとこだけ蛍光灯がよく切れないか?」
「ああ、確かにそうだな。ありゃいったいなんなんだろうな。下手すると月一くらいで切れてる気がするぜ。ハゲてるから反射してんかな?」
「うちでも困ってんだよ。付け替えるくらいは幾らだってするけど、あのハゲ、最近それに腹たててるんだ。この前なんかは『わざとすぐ切れるのつけてるんだろ』なんて言ってきた。被害妄想だよ。そんなふうに考えるからハゲちまうんだ」
そのやりとりを聞いてると街灯のことが思い浮かんできた。小林は訝しそうな顔をしてる。
「なんだ、お前、ハゲの蛍光灯が切れる理由を知ってるのか?」
そんなの知るわけもない。知らないし、知りたくもない。特定の人物と電球なり蛍光灯なりが切れるのに特別な結びつきがあるか知りたいだけだ。
「いや、そういうことってあるんだなって思ってさ」
「あるらしいぜ」
経理の沼田が口を挟んできた。ちょっと得意げな表情をしてる。そういうタイプの人間なのだ。
「『パウリ効果』っていうんだけど、近づくだけで機械を壊しちまうのがいるらしい。パウリってのも人名だ。そいつが近づくだけでいろんな機械が壊れちまったんだな。だから、営業のハゲもその手の人間なのかもしれない」
「ほう」
僕以外の三人は口を揃えてそう言った。ただ、微妙な顔つきになってる。落としどころはそこじゃないのだ。
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